ある朝、何かの気配を感じて

目を向けると、淡い白金に光輝く

白い猫が、足元に座っていた


モコのケージの前に行き

こちらを、じっと見つめている

モコと一緒に、同じ表情で

同じ眼差しで、静かに佇み

私を見つめている



私が11歳の年、2人目の異母妹が

生まれた。継母は、私には見せた

事の無い顔で、世話をしていた


3歳下の異母妹には、障害があり

いつも、苦々しい顔で世話をして

躾の為に、手を上げる事もあった


私はいつも、継母の顔色を伺い

機嫌のいい時に、話かけていた

そうしないと、無視されるからだ


末の異母妹が、小学生の冬

近所の子と、家の前で遊んでいて

屋根からの落雪の、下敷きになった

発見時に、異母妹は、その子に

覆い被さり守ろうとしていたらしい


継母は、身体中、青紫色になった

異母妹の名を呼び続け、泣きながら

風呂に入れ、温めていた

父は、病院へ連絡したり

準備をしたりしていた


私は、少し離れた所で見ていた

ただ、観察者として彼らを見ていた



継母は無口で、物静かな人だった

いつも優しく接してくれたが

決して、私に触れる事はなかった


一度だけ、外出先で、私の手を

引いたが、すぐに、熱い物に触った

かの様にさっと手を離した


祖父母が、旅行で不在の夜は

布団の横に寝そべり

黙って本を読んでいた

早く寝て欲しいのだろうと、継母に

背中を向け、寝た振りをしていると

チラッと顔を見、静かに出て行った


真っ暗な部屋の中、私は泣くことも

眠ることもできず、ただずっと

天井の染みを見つめていた。染みの

中に人の顔の模様を探しながら



子供が2歳の時、夫が交通事故で

内出血を起こし、ICUに入った


夫の両親に連絡したが、北海道に

旅行中で、すぐには、帰れそうに

なかった


継母に電話で事情を話し、子供を

家で寝かせて欲しいと頼んだが

夜中だし、眠いからと断わられた


入院の手続きを終え、帰ろうとした

頃に、父と継母がやってきた

父に、何故連絡しなかったのかと

責められた。継母の方を見ると

父の後ろに隠れ、横を向いていた

こちらを見ようともしない

義父母から、連絡が行ったのだろう


今はもう、落ち着いたから大丈夫

御礼を言い、帰ってもらった


彼らに望むことなど、何もなかった

ただ少しでも早く、子供と2人

暖かい布団で眠りたかった


ある日、継母から、継祖母が

亡くなったと電話があった

葬式の日を聞くと、もう終わった

と言う。それも、数ヶ月前に


私は何も知らなかった

父も何も言わなかった


私は、継母と継祖母を、本当の母と

本当の祖母だと思い、生きてきた


反抗期の頃、継母だから

言う事をきかないのかと

泣きながら頬を叩かれた

私は嬉しかった。本当の娘だから

叱られたのだと思ったから


全部私のせいだ。全部私が悪いのだ

私は娘でも家族でもないのだ

彼女にとって、私は他人だった


私だけが、家族なのだと

信じていただけなのだ


父方の伯母が、成人のお祝いを

渡しに来てくれた時に

実母の話をし始めた


実母は、私がいると、足手纏いに

なる。兄さえ居れば、いいからと

私を置いて、家を出たのだと言う


実母に、その話をすると、酷く

怒りだした。役場にも、学校にも

相談に行った。家にも何度も行った

祖父母はいずれ、先にあの世に行く

のだから、この子を返して欲しいと

頼んだのにと言う


実母は、私と兄を連れ、実家に身を

寄せた。親戚が荷物を取りに行く時

3歳の私は、車に乗りたいとせがみ

一緒に父の家に行ったらしい


作業中、祖父母は私を部屋に

閉じ込めてしまった

結局私は、父に引き取られ

祖父母に育てられた


継母にとっては、晴天の霹靂

だっただろう

父と子供と、3人で暮らす未来を

夢見ていたのに

祖父母と、前妻の子と一緒に

暮らすことになったのだから


社員旅行で、山沿いの温泉に行った


崖の近くの、遊歩道を歩きながら

そっと、下を覗きこんだ瞬間

腕を掴まれ、後ろに引かれた


後でまた来ればいい。そう思い

旅館に戻った


あれは多分

アルフレッドだったのだろう


もう限界だった。会社を辞め

家に引き込もった



静かに、私を見つめる

2匹の眼差しに

忘れていたはずの心の闇が

走馬灯のように

現れては消えていく


まるで、汚れた水の入った器に

新しい水を入れ続けると、いつしか

水が入れかわり、綺麗な水が

溢れ出すかのように

荒ぶる心が、静かになっていく



家に引き込もっていた頃、2匹の

猫がいた。黒キジのチビと

黒猫のクロ。2匹は、全身全霊で

私に伝えてくれた


あなたが大好き

あなたがいるだけで嬉しいと


毎晩1人と2匹で、川の字になって

眠った。2匹は、朝が来るまで

一緒にいてくれた


それは幼い私が

ずっと欲しかった、温もりであり

叶わなかった、夢だった


朝目覚めると、人間の様に枕に

頭を乗せ、顔を寄せて眠るクロと

チビがいる。安心しきって眠る

2匹を見ていると、心の深い奥から

暖かいものが溢れだしてくる


その暖かさに全身を包まれながら

私もまた、夢の中へと戻って行く



月に1度、猫砂と猫缶を買いに行く

2匹の世話をし、家事する。たまに

外に出て、走り回り遊ぶ2匹を見る


1日1日を、塗り潰すように

生きているうちに、この人生を

最後迄、生きてみようと思った


チビとクロが、生きながら死んで

いた私を、光の下へと連れ出して

私を再生させ、復活させてくれた



突然、白い猫から放たれている光が

大きく広がり、部屋中に満ちていく


その柔らかく、暖かな光は、今迄

共に暮らした、動物達の姿へと

変化していった


猫、犬、鳥、魚、ハムスター

兎達が、ふわあっと、目の前に

現れた。白い猫を真ん中に、まるで

集合写真を撮る様に、行儀よく

並んで座り、私を見ている


皆んな笑顔で、柔らかく優しい

光を纏っている


嬉しくて、嬉しくて、泣き出しそう

になった瞬間、ハッと思い出した


この子達は同じもの。同じ1つの

エネルギー存在が、様々な形の器

に入っているだけだ


それは、懐かしい友の、ベガの

友達の分け御霊なのだと


雨上がりに、霧がさあっと消えさり

美しい虹が、その姿をゆっくりと

現す様に、懐かしいベガの記憶が

目の前に蘇ってきた