彼女の瞳は、何も映そうとはしな
かった。彼女の耳は、何も聴こう
とはしなかった。彼女の唇は、何
も語ろうとはしなかった
いつしか彼女は、仄暗い水底で
静かに佇む、美しい幻となって
しまった
彼女の元には天の使いが、幾度も
舞い降りてきた
人の世での父親も母親も、彼女を
迎えにやってきた
そして誰よりも、彼女を慈しみ
最後まで守り抜こうとした老人も
彼女の手を取りにやってきた
けれど彼女は、誰の救いの声にも
答えようとはしなかった
誰の救いの手も、決してとろう
とはしなかった
固く閉ざされた心の鎧戸は
決して開かれることはなかった
ふっと白昼夢から目覚め、私は
今此処にいる私に、引き戻された
私の隣で、優しく相槌をうちながら
話を聞いてくれている、友人の横顔
をそっと見やる
胸の奥底から、揺るぎない確信が
じわじわと滲み出てくる。この人
こそが、あの少女なのだと
彼女はとても、明るく気さくな人だ
困った時には、すぐに駆けつけて
助けてくれる。本当に優しい人だ
けれど私は知っている。それは彼女
自身を護る為の仮面なのだと
私の傷は私だけのものだ。そして
彼女の傷は彼女だけのものだ
決して誰にも触れさせはしない
私の中の何かが、ゆっくりと
音をたてて壊れていく
グシャリと握り潰された果実から
果汁が滴り、果肉が崩れ落ちる
ように、心が潰れていく
言葉に出来ぬ思いが、波にさらわ
れる砂のように、私を海の中へと
連れ去ろうとする
この身を焼き尽くさんばかりの激情
が、私を私に還していく
今此処にいる友人は、あの日の少女
ではあるけれど、全く違う人間だ
友人という名の、新しい器の中に
あの日の少女の哀しみが
苦しみが、宿っているだけなのだ
喉が詰まり、息が出来なくなる
心の奥底で、かつての私が、龍で
あり湖であった私が、声を限りに
泣き叫んでいる。あの日の少女に
会いたいと
けれどどんなに願おうとも
決して叶うことはないのだ
私の祈りが聞き届けられることは
決してないのだ
私の中で観察者の私が、密やかに
囁きかける。もう何もかもが遅い
のだ。あの村はとうに滅んだ、と
私は私に、笑いながら答える
知ってるよそんな事。だって私が
やったんだもの
腹の底からこみ上がる、泣き笑いを
耐えながら、私は私を思い出す
私の魂は、一瞬たりとも忘れてなど
いなかった
あの日村を滅ぼしたのは、村人達を
一人残らず屠ったのは私なのだから
あの日私は、親神様の手によって
ましろと呼ばれる白龍の私と
まくろと呼ばれる黒龍の私に
真っ二つに引き裂かれたのだから