目の前に、さっき見た光景が
鮮やかに蘇る。視界が暗転し
いつしか、あの女の子になっていた
私の目は、彼女と共に、ただ淡々と
滅びゆこうとする、世界を見ていた
かつてあれほど、賑わいに満ちて
いた街道は、僅かな食べ物を奪い
合い、殺し合う人々で溢れ
餓鬼地獄さながらとなっていた
私は見ていた、彼女と共に
人としての尊厳の中、生命尽きて
いく者達の姿を
鬼畜となり、生命をながらえよう
とする者達の姿を
再び視界が暗転し
私は、観察者となっていた
浜辺を歩く、大勢の男達と、白装束
を纏った、若い娘の姿が見える
体格の良い男が、娘の左腕を強く
掴み、引きずるようにして、浜辺
へと向かっている
娘は、必死に抵抗し、男の手を振り
払おうとするが、力ではとても叶わ
ない。思うようにならぬ娘に、業を
煮やしたのか、男は荷物のように
肩へと担ぎあげた
周りにいた男達は、決して娘を
逃さぬよう、幾重もの歪な円を描き
2人を取り囲み、歩いていく
猛り狂う荒波が、無数の腕を伸ばし
新たな供物を、掴み獲ろうとする
激しく吹き荒ぶ、海風の中、男達の
怒声も、砂を踏む足音も、漆黒の闇
に、飲み込まれていく
目をあげると、波の遥か上空に
一体の、巨大な龍の姿があった
男達は皆、娘に気を取られ、全く
気づく様子もない。いや、単に
見えていないだけか
そう思う間もなく、目の前に
ストンと、帷が降りた
完全なる闇の中、私はただ存在
していた。どれだけの時が、流れ
去って行ったのだろうか
再び光が、私を照らし出した
その瞬間、私はその龍となっていた
私は全てを思い出した
本来の姿を。龍としての、己自身を
私はただ、静かに見つめていた
声を荒げ、罵りながら、娘を連れ
ゆく男達の、醜悪な姿を
なんとしても、この場から逃れよう
とする娘の姿を
身体を貫く、静かなる憤怒に
身震いがする
我が身を覆う、鱗の1枚1枚が
怒りの炎に燃え上がる
それは鋭利な刃と化し、眼下を行く
男達を捉えた
肚の底から、煮えたぎるような怒り
が、吹き上がり、溢れ出す
一体誰が、そのような事を望んだと
いうのだ。いつ私が、そうしろと
命じたというのだ
全てを、燃やし尽くさんとする
激しい怒りに、身体がバラバラに
引き裂かれる。激しい痛みに
意識が遠ざかっていく
気づくと、人間の自分に戻っていた
目の前には、ライトに照らされた
見慣れた農道が続いている
あぁ、あれは、人身御供だ
あの娘は私だ。連れ去った男も私だ
そして、あの龍も私だ
封じたはずの、醜怪な記憶が
鮮やかに蘇る
それはまるで、獰猛な野獣のように
私に向かい、容赦なく牙を剥いた
麻酔もなく、切り裂かれ、腑を
引きずり出されるような、苦痛に
身体が震え、うめき声が漏れる
幾つもの生命が、交錯して行く
傷つける者と、傷つけられる者
与える者と、与えられる者
奪う者と、奪われる者
傍観者と、当事者
姿形を変え、立場を変えながら
因果は、静かに巡り続ける
運命という名の縦糸と、絶望という
名の横糸が、夜空を彩る星座のよう
に、インドラの網を織り上げていく
突然、夜の帳を引き裂くように
幼女の叫び声が、響き渡る
あの食べ物があれば
誰も死ななかった、と
もういい。もううんざりだ。何も
知りたくない。何も思い出したく
ない。もう嫌だ。もうやめろ!!
傍らで、私を見つめる観察者に
大声で、罵声を浴びせ続ける
声が枯れ、喉が焼き付くように痛む
声無き声をあげながら、泣き叫び
罵り続けた
星明かりひとつない、夜空の下で