近所の動物病院の先生は、とても
優しくて、いつも愛おしそうにモコ
に触れながら、診察をして下さった
だから、わざわざ遠くから通う
うさ飼いさんもいた
その人が以前通っていた病院は
飼い主に厳しく、耐え切れず
ここに来たという
ここの先生は、専門ではないけれど
うさぎを診てもらえるし、優しい
からと、涙ぐみながら話してくれた
だから、最後までこの先生に診て
もらえて良かったと思っていた
なのに、その先生だったら、モコは
助かったかもしれない
怖くても、厳しくても、モコを守れ
たかもしれない
私が判断を誤ったから、死んだんだ
その考えが、いつからか、頭から
離れなくなっていた
こんなに執着したら、モコに心配を
かけてしまう。やっと不自由な身体
を脱ぎ捨て、自由になったのに
私の中の罪悪感は、いつまでも
私の中から消えなかった
あの冬の日、生まれ変わったモコを
見て、恐れと歓びの間で、心が2つ
に引き裂かれそうになった
どちらの道が正しいのか、自分の
判断は正しいのか。別れ道の前で
立ち止まり、身動きが取れなく
なっていた
モコは、私達を選んだ。再び私の
娘となり、私を導いてくれた
歓びの道を行けと
貴女、男の子と女の子の2人と
約束して来たのね
そう聞かされたあの日から、ずっと
女の子との約束を、守れなかったと
思っていた。けれど私は、小さな
うさぎの姿をした娘を育てたのだ
私達は皆、大宇宙の根源の愛の神
から生み出された
宇宙も、星も、人間も、動物も
植物も、鉱物も、魚類も、虫達も
菌類も、微生物も、皆、神の子だ
私達は皆、光の兄弟姉妹なのだ
私は、人の姿、動物の姿に囚われ
ていた。なのに、モコは、初めの
約束を守り、私の娘として、私の
元に来てくれた
そして、息子と共に、私を魂の牢獄
から、尽きることのない罪悪感から
光の世界へと、引き上げくれたのだ
今度こそはと、モコをお迎えする前
に、ネットや本で情報を集め、以前
聞いた病院へ、検診に連れていった
モコは生後4週だと、医師に伝える
なり、こんなに小さい子を買ったの
かと叱られた
私は業界の闇など知らなかった
随分小さいとは思ったが、どこも
同じ月齢の子ばかりだから、そう
いうものだと、思っていたのだ
私が買ったせいで、お店は、より
小さい子の方が売れると判断する
私は、これから生まれて来る子兎
の生命を危険に晒し、また、生命
を奪うことに加担したのだと
強い口調で責められた
モコがいたから、生まれ変わった
モコが、また私達を選んでくれた
から
決して口には出せない言葉が、胸の
中で渦を巻く
あなたのような無知な人には、兎を
飼ってほしくはなかった
医師が吐き捨てるように私に言う
あの人も、死の淵にいる我が子の
前で、きっと、強い言葉で責めら
れたのだろう
私は、一体どうすれば良かったと
いうのか。再び背負わされた罪の
意識に、身体は鉛のように重く
車に乗り込んだ途端、涙が溢れ
止まらくなった
私はまた闇を選んだのだ。光では
なく、闇を選んだのだ
私はまた、生命を奪う者と
なってしまったのだ
幼いモコにとって、車で2時間の
移動と環境の変化が、かなりの負担
となり、次の日、酷いスナッフルに
感染してしまった
くしゃみが止まらない。兎は鼻呼吸
をするから、口呼吸だと上手く息が
できない。ごはんも食べないで
ぐったりしている
週一で通院し、2カ月近くかかり
やっと完治したが、次は片目が
開かなくなった
また通院し、2日程で治った
その度あの医師に会わねばならず
心も身体も疲れ果ててしまった
私のせいで、モコにまた辛い思い
をさせてしまった
家に来てから2カ月目には、元気に
ジャンプしたり、走り回ったり出来
るようになった
ぼんやりモコを見ていたら、ふっと
アルフレッドの声が、胸の奥から
響いてきた
モコは貴女の罪悪感を取り除く
ために、再びやってきたのだと
モコが虹の橋を渡った後、毎日
のように、自分を責めていた
夜泣いていると、時々光のモコが
来てくれた。憐れみと、慈しみの
眼差しで、静かに私を見ていた
情け無さと、それ以上に、モコが
来てくれる歓びに、罪悪感も後悔も
手放せずにいた。それこそが、モコ
と私を繋ぐ、細い糸だったから
愚かな私は、小さな兎に
救いを求め、しがみついていたのだ
小さな兎の中に宿る、絶対的な愛の
光の前で、私は、あまりにも小さく
愚かな存在だった
ある日、また罪悪感が湧き上がり
モコに、繰り返しごめんねを言い
続けていた。突然、懐かしいモコ
の声が、胸の中に響いてきた
また生まれ変わればいい
素っ気ない言い方に、もっと優しく
言えないわけ?と言い返してしまい
自分でもおかしくて、ひとしきり
笑ってしまった
モコは、私がケージの掃除をして
いる時、いつも真後ろにちょこんと
座り、作業を見守ってくれる
終わったよ、と声をかけると、嬉し
そうに駆け寄って来て、頭を擦り
よせてくる
その日は、いつもと少し、様子が
違っていた。いつも通り真後ろに
いたのに、私の右側に座り、私の
顔をずっと見上げ、目線を合わせ
ようとしてくる
どこか具合が悪いのかと思った瞬間
周りの空気が、ゆっくりと揺らいだ
この感じは覚えがある。そう思う
間もなく、私とモコは、黄金色に
光り輝く美しい水面の上にいた
そこは、全てが眩しく光輝く
とても美しい世界だった
微小で繊細な、光の粒子が集まって
は散り、収束し、拡大する。揺蕩い
流れ、現れ、消える。それは、空に
なり海となる。海は空となり、再び
光へと還る。大地は空に、空は大地
となる。大海は大河に、大河は大海
になる
激しさは静寂に、静寂は激しさに
全てが流転し、反転し、戻り、再び
流転する
一つ一つの光の粒子が、意思を持ち
楽しげに、その有り様を変えていく
それは、時の流れでもあった
遥かな上流に有る、源の光より
流れきたった愛の大河は、岩肌に
当たり、四方八方に、黄金色の光の
粒子を、波しぶきのように舞い散ら
せている
激しく、穏やかに、全てを与え
全てを押し流し、遥か下流へと
流れ去っていく
私達を包み、私達の中を、流れ
去っていく
私達は、ただ静かに存在し続けて
いた。互いを認識し合うことで
かろうじて、お互いの存在を
あらしめていた
モコが私を観察しているからこそ
私は存在していた
私がモコを観察しているからこそ
モコは存在していた
私達は、お互いを必要としている
からこそ、合意の上で、個として
存在していた。ただ有り続けていた
いつしか、私達の、形有る者として
の認識は薄れ、輪郭のみとなり
それすらも流れ去っていった
けれど、また現れ、はっきりとした
輪郭を示し、個として有り始めた
器としての私達は、誕生し、成長し
衰退し、消滅する
そして再生し、永遠の、時の大河の
中、その身を委ね、流転していく
決して逆らうことはなく
有るようで無く
無いようで有る私達は
お互いを、有ると認めなければ
大河の水の一滴として
再び流れ去っていくだけなのだ
私達の肉体もまた、日々新たな
細胞が、生まれては死に往く
一日たりとて、同じ存在では
いられない
全ては入れ替わり、数十年も経てば
もはや別人となる
それは、私は私で有るという
自己認識によって
成り立っているにすぎない
全てを与え、全てを押し流し
抗うことを決して許さぬ
無限の力である愛の大河
その源である、大宇宙の創造主より
流れ続ける、愛の大河の中の
一滴の雫、それが私でありモコだ
私達はかつて愛だった
そしてこれからも
永遠に愛で在り続けるのだ