若い頃から、様々な怪異の経験を

して来た為、今世は独身で生きる

つもりだった。だが天の采配により

良縁を頂き、結婚する事が出来た


半年程たった頃、数年振りに、怪異

の気配を感じた。直感的に、悪い者

ではないとわかり、家事を続けた


目を上げると、白く柔らかな光が

室内に満ちていた。それはゆっくり

と小さな光の固まりとなり、次第に

人の姿を取り始めた


黒い細身のスーツに白いシャツ

濃紺のネクタイ

細身の身体に丸い顔

少し長めの柔らかそうな髪

幼子のような黒目がちの瞳


目が合った瞬間、にっこりと

人懐っこい笑顔で話かけてきた


こんにちは。私は貴女の子供として

生まれる予定の者です

どうか宜しくお願いします


突然の事に、驚いている私の顔を

見て、もう一度にっこり笑うと

静かに消えていった


面倒だとしか思えず、誰にも話さ

ないことにしようと心に決めた

その後は、何事も起きないまま

4年の時が過ぎていった


ある時、ツアー旅行に参加した

宿泊施設の庭で、知人が夕涼み

をしていたので、声をかけた


挨拶をしたあと、彼女が笑顔で

話し始めた


貴女お子さんまだよね。貴女の子供

になる約束をした男の子が、ここに

いるのよ。お母さんの準備が、まだ

出来てないから、産まれられないっ

て言っているわ。早くお迎えしてあ

げてね。男の子と女の子の2人と

約束して来たのね


彼女はいわゆる霊能者だから

本当の事を言っているだけだ

でも急にそんな事を言われても


苦笑いしながら、適当に返事をし

すぐに部屋に戻った


彼女に悪意はなかった。小さな子供

が母親に、お友達がこんな事言った

と話すかのようだった


けれど、余りにも無神経な発言に

怒りが沸々と湧き上がってきた


ふっと、昔見たホログラムを思い

出した


私のせいで産まれられないんだ

私が悪いんだ。心が重苦しくて

何もかもが面倒になり、なかった

事にしようと決めた


いつもそうして生きて来たのだから


私は、機能不全家庭で育った

幼い頃、継母が障害のある妹を躾

るために、大声で怒鳴ったり、手を

上げる姿を見てきた


私は祖父母に育てられ、継母との間

にスキンシップは一切なく、必要最

小限の会話しかなかった

私は全てのストレスを妹に向けた

継母がしているのだから、自分も

やっていいのだと思っていた

そこには、罪悪感などなかった


若い頃経験した怪異現象によって

私の魂の根っこに巣食う、他者への

残虐性や無慈悲さが、炙り出された


私は私が怖かった。今世もまたそれ

が現れた自分が心底怖かった


だから子供を持つ事も、育てる事も

怖くて仕方なかった

考えるだけで、身体が震えた

どんなに反省しても、罪の意識は

私の中から消えなかった


清らかなる者を、魂を汚してしまう

穢れにまみれさせてしまう

その思いは絶えず私に纏わりつき

離れることはなかった


結婚から7年が過ぎて行った


ある日目の前に、再びあの光が

現れた。目を凝らすとそれは

白龍に乗る観音様の姿となった


白龍は、その背に観音様を乗せて

優雅に身をくねらせ、部屋の中を

泳ぎまわる。あまりの美しさと優美

さ、高貴さにうっとりと見とれた

暫く美しい御姿を見せて下さったが

静かに消えてしまわれた


美しい残像が消えぬうちにネットで

調べたら 騎龍観音様だとわかった


その数カ月後、今度は目の前に

壁一面の大きさの、白龍の顔が

現れた。その白龍は、大きな黒目

で私を睨み、一言 禊げと告げ

静かに消えていった

その言葉は、細胞のひとつひとつ

が泡立つ様に、水面に波紋が広がる

様に身体に染み渡った


当時腰痛があったので、エネルギー

整体を受けた。とりあえず身体を整

えることにしたのだ


骨盤の辺りを押された時、ブワッと

ビジョンが見えた


中世ヨーロッパの街並みと、広い

石畳の道。粗末な服を着た親子が

歩いて来る。右手に薬草の入った

カゴを持ち、左手で幼い男の子の

手を引いている。暗い表情で、周り

を酷く気にしている


場面が変わった。街角で数人の女性

に笑顔で薬草を手渡している

朗らかな笑い声が響く


場面が変わる。建物の影から数人の

甲冑姿の男が現れ近付いていく


母親が、燃え上がる炎の中、声の

限り子供の名を叫んでいる。群衆の

中、かつての客達がいた。涙ぐみな

がら、炎を見ている。その瞬間今の

人生の知人達だとわかった


後日、別の知人にその話をした

すると急に泣き出し、ごめんね

助けられなくてごめんねと繰り返す


そうか、本当の事だったんだ


逃げ道を塞がれた様な絶望感に

何も言えなくなった



もう失いたくはなかった

私のせいで不幸になる姿を見たく

なかった。私では駄目だ。他の人

の元に産まれ、幸せな人生を送って

欲しい


失うくらいなら、初めから得なけ

ればいい

燃え上がる炎の中、叫び続けた女

は私だった

約束したのは、その男の子だった


その年の夏、婦人科を受診した。

妊娠してます。先生の言葉に声を

失う。その病院は、護国神社の

目の前にあった

天界は、私を逃がすつもりは無いの

だ。逃げられないのだと悟った


その一年後、よちよち歩きの息子

の手を引き、桜並木を見ていた


夫が急に、 今年のお正月に、神社

で子を授けると言われた、と話し

出した。本当かどうか分からず

話さなかったのだと言う


だから騎龍観音様が告知にいらした

のか。神の子を宿らせる為に、魂と

肉体の穢れを祓えと、あの白龍は

告げにきたのだ


神様から授かった子供だという

事実は、重荷でしかなかった

けれど息子はとても可愛く、こんな

幸福があるのだと、歓びに胸が

震えた


成長の過程で、歓びも苦しみも

あった。けれど一つ一つ克服し

息子は大きくなっていった


何度も激しくぶつかりあったが

その度に、閉ざされた私の心は

少しずつ開かれていった

感情を押し込み、なかった事にせず

表現する事を学んだ。怒りは、表現

すれば消える事も、隠してもいつか

は暴発する事も学んだ


息子は私のコーチだった。何度も

根気強く相手をしてくれた

お互いに、サンドバッグとなり

ながら、感情との付き合い方を

学んできた


私は彼に救われた。魂の牢獄から

もう出て行く時が来たのだと

教えてくれた。闇の中から光の中

へと手を引き連れ出してくれた


遥か昔、私はアンドロメダの

黒豹型宇宙人だった

ある時、創造主による、新たな惑星

文明実験が始まると知った

それは宇宙中にアナウンスされ

志願者達は、その惑星を目指し

旅立った。星の最後の時が来るまで

ありとあらゆる文明実験を行う

特別な星だ

かつてないダイナミックな魂の

進化実験を行うのだ。宇宙中の様々

な宇宙種族を集め、調和させ、融合

させる。気の遠くなるような実験だ

あらゆるデータを集め、さらなる

宇宙の進化を促すのだ。要となるの

は、大胆な、様々な感情表現による

実験から得られるデータだ


彼は地球運営部の一員だった。代表

者として、地球へのウェルカムパー

ティでスピーチをしていた

私達は、共にこの偉大な実験を成功

させようと約束を交わした


彼はこの星で、最初の友となった

気の遠くなりそうな時間を、共に

歩み、今彼は、私の息子として

私の魂を導いてくれている


私達は永遠に友達なのだ