「太陽の塔」…
幼き日の妹が、その様から「ペンギン」と呼んでいた「巨像」…
今の私にとってのそれは、故郷を表すアイデンティティーの象徴に等しい…
私にとっての「パワースポット」…
それは、この「巨像」の足元にある…

…「太陽の塔」に足は無いんですけど。。。//




さて、本文です、、、>

先週末(9/10)、名古屋パルコにおいて開催中の岡本太郎生誕100年を記念する特別展を訪れた。
(川崎まで足の伸びない私にとっては願ったりのイベントである。)

目的であった「若い夢」他、多くの作品に触れる機会を得て、氏の作品からみなぎる「パワー」の一端を分けていただけたような、充実した一刻を過ごすことができた。

多くの作品が初見の品であった。

その中で、ある一つの作品に深い興味を抱いた…


「坐ることを拒否する椅子」

この「椅子」には実際に座ることができた。

その座面には、おおよそ座るには適さない凹凸を含んだ「眼球」が二つ備わっている。

解説によると、
「ゴツゴツとした抵抗感、ぎょろりと睨む眼。その眼は、安楽に流れることを拒否し、つかの間の休息の後の新たな行動を座る人に促している…」
とのこと。

その「椅子」から、私が想い浮かべたのは(やはり)「高柳明音」のことだった…


「フラゲ」握手会前のブログにて綴られた言葉…

「ゴールで止まることを意識していると、何処かで気が抜け、ゴール前には力が抜けてしまっている。」

「仕事で全力疾走していると、休みで急に止まろうとしてしても、逆に疲れてしまう…」

…それはまさに「安楽に流れるを拒む」姿、、、

(彼女が垣間見せる「ストイック」なまでの疾走感…時に(私の)『永遠のカリスマ』尾崎豊(の10代)をちらつかせる…とは言い過ぎだろうか(笑))


岡本太郎作品の「顔」に現される「太極主義」…

明音における「太極」…

表面の「可愛らしさ」…
それを支える「ストイック」な姿勢…


やはり私が彼女に惹かれるのは、その「愛らしさ」の裏にある「姿勢」を感じられるからこそなのだろう。



最近は過分に「女」を感じてしまう瞬間もある…

(私の中で)明音の「無双化」が止まらない今日この頃である!















……なんだこの終わり方(笑)


※「坐ることを拒否する椅子」(ミニチュア)


ダムとガンバとKⅡと・・・-11-09-11_002.jpg




※週末予定
17(土)全握モリコロ
18(日)万博記念公園&実家に顔出し

…岡本太郎に高まったが故、新旧万博公園連戦!(笑)

けど、雨だと見送るかも…です、、、。