粉箱生活日記 -17ページ目

オレンジリボン

図書館へ行ったら、
「11月はオレンジリボン強化月間」
という大きな貼り紙がしてあった。オレンジリボンの存在を初めて知った。
検索してみたら、児童虐待防止運動のシンボルだと記されていた。
次いで虐待の定義のようなものが書いてあり、読み進めると、当てはまる節が出てきた。
暴力だけが虐待ではない。
私が祖母から受け続けたものは虐待だったのか。

私は祖母からいじめられたという表現をしてきたけど。

私は鈍感で、祖母の機嫌が悪いだけなんだと思い、好かれようと努力し続けたし、祖母を好きである事をアピールしていた時期もあった。

改善はなく、あるきっかけで憎まれた孫だと気付き、そこから今に至るまで憎悪の対象でしかなくなった。
自分の馬鹿さ加減に呆れる。

祖母から受けた影響は大きく、いつまでも消えない。
祖母が死んだら消えるのかな。施設で寝たきりの痴呆老人は、今は何を思って生きてるのだろうか。

きょうだい

粉箱とは

色白という意味合いの言葉らしいです。


「まぁ、粉箱から出てきたみたいな子だねー」
母の知人の女性が私を表した言葉です。

ちゃんとした意味は違ってたりしてな。敢えて調べない。