相変わらずの日々に、いい意味でも悪い意味でも慣れきってた。
またいつ父にばれて、怒鳴り声が、暴力が、と、ひやりひやりとしながら。
時々起こる父の怒り爆発日。
時々、そこにじいちゃんも加わり、気付くと母の顔にアザ、泣いてる姿。
父がお婿さんで、じいちゃんと仲悪かったのもあって、2人でお母さんを同時に、という事はなくて、時間差だった。
まず父が母がまだ宗教を続けてる事に気付き、怒鳴ったりして、それがじいちゃんに聞こえて、
あ、まだやめてなかったのか!!と気付き、
父と母がひと段落した次の日、父が仕事に行った後あたりに、じいちゃんが来て、母をぶつ。みたいな。
怖かったし、もどかしかった、苦しかったけど、瞬間瞬間に飲み込んで処理したふりをして。
次の日になればまた同じ毎日がやって来て、平気でいれた。
私が父やじいちゃんの暴力を受けていたわけではないから、その怖さはなかった、痛い思いをしていないし。
(じいちゃんにぶたれたのは子供の時の1回だけだったけど、その時の恐怖や怒りは30歳くらいまでひきずった。それは、ばあちゃんの事もずっと暴力と怒鳴るところを小さい頃からみてたから、それを許せないのもあった、ばあちゃん大好きだから)
でも、あの怒鳴り声や音は、本当に逃げたくて逃げたくてどうしようもなかった。
母に対して、さっさと辞めてくれと思ってたし、母を誘った人の事、宗教自体にも、その教祖に対しての憎しみ、憎悪みたいなのは常にあった。許せなかった。
思い返すと、私たち家族よりも宗教を優先して時間を割いてる母の事が1番許せなかったかもしれない。
寂しかったし、悔しい思いが強烈で。
宗教優先で、迎えに来てくれなかった時、宗教優先で、お金は私たちに使ってくれなかった事、
母なのに?私の母なのに?親なのに?
答えは出ない、解決しないまま、19歳になったある日、
母から韓国に一緒に行って欲しいと言われた。
ゆみには、見てほしい、知ってほしい、同じ女だし、ゆみにしか言えない、みたいに言われた。
宗教の本拠地、韓国。
矛盾してるけど、憎たらしい母だったけど、同じ女同士だし、
母がなんで宗教にすがってるのか、その理由は感じてたし、母の妹が亡くなった事も凄く強烈だったから、母も、母なりに苦しんでる、苦しい、もどかしい気持ちがあるのは、みていて分かってはいたんだよね。だから、行ってあげないと、みたいに思ったんだと思う。
母の幼少期のトラウマや親に愛されなかった事、寂しかった事が根本にあるのは分かってたから、
お願いされて、かわいそうになっちゃって断れなかったし、母がなんでこんなにはまってて抜け出せないのか、私は知る必要があると思ったから、
行って確かめようと思ったんだよね。
どんな場所でどんな人達がいるのかって。
本場ではどんな事が行われてるのか。
それと、あとは単純に韓国に行ったことがなかったから、行ってみたかったのもあった。
好奇心かな、若かったし。
こうして、久しぶりに昔の事を思い出して書いて、なんの意味があるのか分からないんだけど、
誰か、同じような体験した人っていると思うんだよね。
そういう人の、なにか力になれたらいいなぁって思う。
今その渦中の人もいるだろうし。
だからって、リアルに、どんな助けができるのかは分からないんだけど。
でも、同じような人がいるんだ、って知れるだけで気持ちが楽になったりするもんなんだよね、不思議と。
私は、誰にも話せなかった事、少し苦しかったし、話しても分かってもらえないと思ってたし、恥ずかしいと思ってた。
母は母だし、大切な事には変わりないんだけど、憎たらしい!って気持ちもあって、あべこべっていうか。
思いっきりクソババアって言ってたのに、思ってたのに、他人に言うには、可哀想っておもったり。
むかついても、母だから。
でも、同じような境遇の人になら話せてたかなって。
理解してもらえるって、分かってたら話せて楽になれる部分もあったかなって。
それは、私の勝手な思いなので、置いておいたとして。
今日も、ただ書いてみた。
次は、韓国に着いてからの話を書いてみる。