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kame-ing(どうしてそんなに・・・)

60歳過ぎて歩みをステップダウン あっという間の人生だったがゆえに残りの人生はのろくあせらず「この道寄り道回り道」です。

7月23日~29日・・・いわき市・会津若松市・南相馬市の仮設住宅へ行ってきました。猛暑の中でお年寄り・子供たちへ「熱中症対策?」に少しでも役に立てればと・・・

「カキ氷おじさん」人生初のカキ氷デビューです・笑!!手動式のハンドルは意外にも重く初日は被災者さんに助けられながらなんとか終えたもののその後も猛暑の中でヘトヘトの一週間でした。 でもたくさんの「笑顔」に出会えてへこたれることなく約900個のカキ氷(目標1000個)を無事終えました。
もっともっと続けたいという気持ちと猛暑の中の毎晩運転席での車中泊は一週間が62歳のジジィには限界?でした・涙 それとカキ氷用の製氷工場が震災と津波で破壊されて手に入れるのに苦労しました。移動中にも3分の1は溶けてしまいます・汗 帰還後に体重は3kg減量!ダイエットにはいいかも?

仮設自治会長さん・世話役さん・NPOさん・心良く受け入れてくださいましてありがとうございましたkame-ing(どうしてそんなに・・・)
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18日に避難者の皆さんと支援ボランティアとの交流会がありました。
避難してきて1年・・大熊町からの避難者の家族がいわき市の仮設住宅へ22日に「移動」するためご主人の挨拶・お礼の言葉がありました。

「移動」する・・・けっして福島に帰るとは言わない!帰るというのは大熊町の自分の家に「帰る」ことなんだからと、前日に私に会いに来てくれた時に「たとえ仮設住宅でも家族全員で暮らすことの大事さのため妻と娘たちのいるいわき市へ移動します」と話してくれました。

年老いた両親を連れていわき市へ・・・22日その日は笑顔で見送ってあげたいけどやっと親しくなって冗談も言える仲になったのにと思うとお別れがつらいです。
福島県南相馬市から山梨県笛吹市に避難してきて細々と小さな畑で野菜を作ってるオヤジさんがいる。40年農業一筋だったというオヤジさんは自ら研究して新種改良したダイコンのタネをもって山梨へきた。独特の強い辛みのある真っ赤なダイコンらしい・・・
9月中旬「山梨でなんとか育てたい」というオヤジさんの声に私は何かお手伝いができないかと思いが膨らみはじめ・・・
そしてようやく今月12日東京から脱サラしてきた農業一年生の青年に巡り会えた。まったくの通りすがりに畑で声をかけただけのその青年に福島の辛みダイコンを作ってみないか?と持ちかけた。青年は戸惑いながらもしばらくして心良く引き受けてくれた。
次に新種のタネができるのはオヤジさんの畑で4月初収穫のあと・・・オヤジさんはそのタネを山梨県に広めていきたい!という思いがある。小高地区は20km圏内でいつになるかわからないけど、それまではこの山梨でオヤジさんのダイコンを手伝おうと・・・。

18日畑の道路側に野菜の直売所をつくる日なので午前6時30分に出かけて9時オヤジさんの畑に着く。
事前に電話で知らせていた青年のことが大いに気になるのかオヤジさんは次々と話続け・・・そして「オレはもう帰らん、ココで頑張るしかねえ」と聞かされた・・・辛みダイコンや福島でやろうと思ってた野菜作りを山梨の人たちと一緒に広げていきたいと熱く語ってくれた。
新種の辛みダイコンの名前はまだ決めていない。
畑の世話人さんの提案で公募することになっているらしいがオヤジさんには「絆ダイコン!」にしようよっってあつかましく申し出た。真紅のダイコンだから少しひねりを加えて「絆・紅ダイコン?」
テレビの取材も到着して寒風が吹き荒れる中、黙々と作業がはじまりだしたので私はしばらくその場を立ち去り「負けじ魂」のオヤジさんの後ろ姿に胸を熱くし車を走らせた。。