一日目は原城跡、目の前の宿に宿泊。
宿泊記はまた後で
※実は宿泊記、結構溜まってます


宿泊したホテルにあった日の出情報。
残念ながら曇り空だった。
5時半過ぎ
ホテル前の一本道を上っていきます。


左折して本丸方面へ。


前日、遺産記念館で情報を仕入れていたので
「人骨が沢山発見された場所だろうか」
とか考えるけど
この城跡全域が主戦場だったんだよね。

一揆軍の亡骸は、幕府側のお達しで
葬ることが許されず
しばらくの間は野ざらしだったらしい。
倒壊された遺跡の発掘時に
人骨も大量に発見されている。

この場所。
「あれ?」って、
「うーん どっかで見たよな」
知っている気がしたんだよね

情報誌等で原城跡の案内で見かける天草四郎像。

島原湾が見渡せる場所へ行ってみると…

茂みの中に
海に向かって立つ像が三体あった。

仏像というより神様みたいな感じだった。
さて、ホテルへ戻ろう。

前日、散歩がてら調べておいた道で
海岸沿いに帰ることにした。
お腹すいたな!
ささ、朝ごはん
島原の乱一揆
原城では
キリシタンが立て籠って幕府側と戦った
というイメージがあった。
実際には迫害されていたキリシタンだけでなく
前城主の家来、重税に苦しんだ農民とか背景は様々。
また、自分の妻子を手にかけて(幕府側に捕まると拷問を受けるので)参加した者、妻子と共に参加した者など
参加した状況も様々で
籠城中には裏切りも起きていた。
一揆軍は原城において約3か月に及ぶ籠城の末、
幕府軍の総攻撃により寛永15年2月28日(1638年4月12日)に陥落。
老幼男女の別なく皆殺しに(3万千とも2万7千ともいわれる)
亡骸の下に身を潜めていた者も全て引きずり出して徹底的に全員を殺害。
幕府軍側も約8,000人の死傷者を出した。
※かの宮本武蔵も幕府軍に参戦していたという
前日は濃霧の中、雲仙を走ってきた。
一度通ってきたからもう行かないよね、と思っていたけど…
様々な情報を知ったからこそ
もう一回行くことにした。
島原半島なんて中々来れないし、
まぁ、昨日より天気は良さそうだしね

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