こんにちは。

 

denkoです。

 

 

このブログは私の人生を

エネルギー(波動)の観点から

考察したブログです。

 

 

 

 

前回は圧倒的な自己肯定感があったおかげで

 

とっても人気者だった

 

幼少期について書きました。

 

 

 

 

それは小学校低学年まで続きました。

 

 

 

 

昭和44年4月

 

 

幼稚園に入園した私は

 

幼稚園に行きたくないと駄々をこね

 

無理やり乗せられた園バスから

 

降りたくないと泣きわめき

 

こまった先生が

 

他の園児をおろして

 

私一人のために

 

バスをもう一周走らせてくれたという

 

今ではあんまり考えれないことを

 

ほぼ毎日のように

 

してもらっていました。

 

 

 

 

ただこの頃から

 

他の多くのこどもがそうであるように

 

だんだんと他人と自分の分離を意識し始めた私は

 

幼稚園という広い世界に入ったことで

 

比較という意識が芽生えました。

 

 

 

相変わらず祖父母や叔母は可愛がってくれた。

 

もちろん両親も可愛がってくれた。

 

 

今当時の写真を見返してみると

 

とっても愛情を向けてくれていたのがわかる。

 

 

恥ずかしながら公開しちゃおう(笑)

レトロだ(笑)

 

 

 

とっても愛情を向けてくれてはいたんだけど

 

 

表現がね、、、

 

 

 

 

当時の私はThe 幼児体系

 

そして美人顔ではない。

 

 

 

それを母は

 

 

まんまる顔で鼻が上向いてる

 

ストレートに言ってた(笑)

 

 

その後に

 

でもかわいいよ

 

とは言ってたんだけど

 

そこは聞いちゃいない。

 

 

 

父は

 

The 幼児体系の私のおなかを見て

 

ドン腹

と言っていた(笑)

 

 

もちろん

 

ディスってたのではなくて

 

父母としては

 

愛情込めた表現だったんだけど

 

 

 

当時の素直な私は

 

それをストレートに受け取った。

 

 

 

私は真ん丸の顔で鼻が上向いてて

おなかがドン腹なんだ

 

可愛くないのかな?

 

 

と思ってしまいました。

 

 

 

 

 

それが幼稚園というたくさんの子たちと触れ合う場所で

 

幼稚園児の私から見ても

 

あの子可愛いな

 

っていう子はいるんですよ。

 

 

 

その子たちと自分を比べることをしてましたね

 

 

そしたらやっぱり母は言うんですよ。

 

○○ちゃんて美人だね

 

 

 

そりゃね

 

私がそう思ってるから

母が言ってたんだろうし

 

特に深い意味はなかったんだろうけど

 

 

そんなことを知らない私としては

 

 

 

 

ですよ(笑)

 

 

あ~やっぱり私は可愛くないんだ。。。

 

 

 

 

あとですね

 

洋服はすべて母の手作りだったんですが

 

母の好みで

 

スカート丈が異常に短いんです。

 

母の好みは

 

パンツ見えるくらいの方が可愛い

だったので。。。

 

 

あ、パンツって言っても毛糸のパンツ履いてたのよ(笑)

 

 

なんか他のことは違う自分の恰好がすごく気になった。

 

といってもスカート丈が短いだけなんだけど(笑)

 

なんかすごく気になったんよ。

 

 

 

周りとの比較が始まったその頃が

 

 

自己肯定感が下降を始めた頃でした。

 

 

 

 

 

ただ、まだ自己肯定感はかなり残ってたので

 

そこまで卑屈になることもなく

 

小学校に入学しました。

 

 

 

入学した小学校は3か月で転校し

 

そこから今も住んでいる町へ

 

家を買ってお引越しでした。

 

 

 

 

 

当時ねぇ

 

とっても夢見る少女だった私は

 

家を買ってお引越し

 

というだけで

 

豪華な邸宅を妄想し

ひとりでルンルン♪

 

実際に越した家が

 

想像とは違っていたので

 

異常にがっかりしましたね(笑)

 

 

 

 

そこでもまだ私が世界の中心感は残っていたので

 

まだ人気者でした。

 

 

いつも班長になり

 

班を決める時先生が

 

班長を並ばせて

 

行きたい班長のところに

 

集まらせるんだけど

 

私の班はいつも大人気でした。

 

 

 

ただ容姿に関するコンプレックスは

 

幼稚園から小学校という

 

さらにたくさんの人との出会いの中で

 

少しずつ大きくなっていきました。

 

 

 

決定的となったのが

 

私が引っ越してきたそのすぐあとに

 

引っ越してきた隣の女の子。

 

2歳下の子だったんだけど

 

線の細いかわいらしい子。

 

 

しかもバレエを習ってた。

 

 

あこがれのバレエキラキラ

 

 

 

 

白いタイツを履いて

 

髪をアップにして

 

レッスンに通う姿がうらやましくて

 

 

 

私もバレエ習いたい!

 

と母に訴えたんだけど

 

 

 

出来るわけないでしょ

 

の一言で却下。

 

 

 

 

 

その頃ピアノとそろばんを習ってたんだけど

 

飽きっぽいのでさぼりがちだったんですよね(笑)

 

 

母としてはこれ以上、、、と思ったんだと思う~

 

 

そしてもう一つ

 

 

その子がいつも持っていた

 

パンダのぬいぐるみが羨ましかった。

 

 

ロンロンと名付けていつもそのパンダを持ってる。

 

遊ぶ時も寝る時も一緒。

 

 

 

 

 

私はというと

 

相変わらずいろんなものを買ってもらってたので

 

たくさんのお人形やぬいぐるみを持っていたのに

 

その子が持ってるたった一つのぬいぐるみが

 

異常に羨ましかった。

 

 

 

 

そしてお兄ちゃんがいたのも羨ましかった。

 

 

 

 

もう隣の子は

 

私が持ってないものをすべて持っている

理想の子ですよ(笑)

 

 

私にとってね。

 

 

 

The ないものねだりてへぺろ

 

 

 

 

ありがちでしょ。

 

 

自分には何かが足りないと思い

 

足りないものを補ってくれるものが欲しいと思う。

 

それがあれば幸せになれるのに、、、。

 

 

当時の私にとって

 

それはパンダのぬいぐるみであり

バレエであり

お兄ちゃんだった。

 

 

 

もちろん

 

当時に戻って

 

その条件を与えられても

 

絶対に幸福感は得られないんよ。

 

一時的な喜びはあってもね。

 

 

 

私がほんとに得たかったものは

 

自分に対する絶対的な肯定感。

 

 

ほんの数年前までは疑うことなく持っていたそれ。

 

 

人はいつでもそれを求めてる。

 

それさえあれば

 

究極何もいらないんだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

あぁだんだんと下降していく

自己肯定感。。。

 

 

 

 

 

 

 

こうやって当時を思い出してみて

 

両親は確かに愛してくれてたのに

 

勝手に自分で誤解して

 

すねてたんだなぁとわかる(笑)

 

 

 

ただ子どもは

 

それをどうしていいかはわからないから

 

仕方ないのだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでお読みくださりありがとうございます。

 

 

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