「〇〇ちゃん、ダメ!」
「お母さんは今、弟くんのことで忙しいの。ちょっと待ってて」
 

障害のある子を育てていると、どうしても生活の中心は「手のかかる子」になります。
 

常に目を離せない。
ちょっとしたことでパニックになる。
夜も眠れない。
 

わかります。
本当に、痛いほどわかります。
 

毎日が戦場で、今日一日を乗り切ることだけで精一杯ですよね。
 

でも。
だからこそ、今回はこの話をさせてください。
 

そんなギリギリの毎日の中で。
私たちは無意識のうちに、もう一人の存在に甘えてしまってはいないでしょうか。
 

健常なきょうだい児のことです。
 

「あの子は自分でできるから」
「文句も言わず、弟の面倒を見てくれて偉いね」
 

そうやって、手のかからない存在として安心しきっている。
 

でも、その安心の裏側で。
小さな心が音もなくすり減っていることに、必死な親ほど気づけない。
 

これは皮肉でも批判でもなく、事実です。
 

一生懸命やっている親ほど。
目の前の緊急事態に全エネルギーを注いでしまう。
 

だから、「静かにしている子」の異変に気づく余裕がない。
 

先輩ママ・ケイコさん(仮名)から、先日以下のようなメッセージをいただきました。
 

「ケンサクさん。あんなに手のかからなかった娘が、ある日突然、学校に行かなくなったことがあったんです」

 

何かトラブルがあったのかな?
 

画面越しにそう思いながら読み進めると。
そこには、残酷な真実が記されていました。
 

それは、障害のある息子さんの療育や将来のことに必死だったケイコさんにとって。
目を背けてはいけない答え合わせだったんです。
 

今回の記事は、きょうだい児を育てているすべての方に、この先の話を読んでほしいと思っています。
 

「うちはまだ大丈夫」と思っている方にこそ、読んでほしいんです。
 

なぜなら、ケイコさんも、今きょうだい児を育てている私も、まさにそう思っていたから。
 

【第1章】ある日突然、娘が学校に行かなくなった
 

ケイコさんの娘さんは、重度の障害がある弟さんのことをよく理解し、
 

時には親のサポートもしてくれるような、優しくしっかりしたお姉ちゃんだそうです。
 

親からすれば「自慢の娘」であり、戦場のような障害児育児における癒やしでもありました。
 

「お姉ちゃんは大丈夫。放っておいてもちゃんと育ってくれる」

 

どこかでそう信じていたといいます。
 

……ここまで読んで、「うちも同じだ」と感じた方。
 

その感覚を、どうか覚えておいてください。
 

その日は、突然やってきました。
 

娘さんが高校生になったある朝
いつものように起きてくるはずの娘さんが、布団から出てこない。
 

「どうしたの? 遅刻するよ」と声をかけると。
彼女は布団を被ったまま、小さな声でこう言ったそうです。
 

「……行きたくない」
 

熱があるわけでもない。
理由を聞いても、ただ首を横に振るだけ。
 

ケイコさんは混乱しました。
 

「どうして? 昨日までは普通だったのに」
「学校で何かあったの? 勉強が大変なの?」
 

必死に原因を探ろうとするケイコさんに。
娘さんは、今まで見せたことのないような形相で、溜め込んでいた想いを爆発させました。
 

「弟がいるから、私は家にいても苦しい……」
「なんでうちは、弟が障害者なの!?」

 

その言葉を聞いた瞬間。
ケイコさんの頭の中は真っ白になりました。
 

これは「突然」起きたことじゃない。
 

私が気づいていなかっただけで。
中学、高校と上がるにつれて、娘の中ではずっと前から、何かが少しずつ、少しずつ溜まり続けていた。
 

学校でつらいことがあっても、家には「弟」という現実があり、親に甘えることもできない。
 

その孤独が、今日ついに限界を超えてしまったのだ、と。
 

「手がかからない」と思っていたのは、娘が何も感じていなかったからじゃない。
 

親に心配をかけまいと、自分の気持ちを押し殺して「いい子」を演じてくれていただけだった。
 

考えてみてください。
 

多感な思春期の女の子が、
 

「お母さんは大変だから、私は我慢しなきゃ」
 

と自分に言い聞かせ、逃げ場を失っていく姿を。
 

その事実に気づいたとき。
 

ケイコさんを襲ったのは、息子さんのパニックのときとはまったく違う、
深く、重く、どこまでも沈んでいくような後悔でした。
 

「あの子はずっと、助けてほしかったんだ。でも私は、あの子の沈黙を『大丈夫のサイン』だと思い込んでいた」
 

この言葉を、私は何度も読み返しました。
 

何度読んでも、胸が締めつけられます。
 

だからこそ、同じ後悔をする人を一人でも減らしたい。
 

その一心で、この記事を書いています。
 

【第2章】なぜ、「SOS」は親に届かなかったのか
 

なぜ、娘さんは限界を迎えるまで、親に「つらい」と言えなかったのでしょうか。
 

ここは本当に大事なところなので、しっかり読んでいただきたいです。
 

それは、娘さんが強かったからでも、鈍感だったからでもありません。
 

むしろ、「優しすぎたから」です。
 

障害のある子がいる家庭では、どうしても家の中の空気が「その子中心」に回ります。
 

その子がパニックを起こせば、テレビの音は消され、会話は中断され、親は血相を変えて対応に走る。
 

そんな光景が日常茶飯事です。
 

そんなとき、きょうだい児である子どもたちは、何を考えているのか。
 

想像してみてください。

あの子の頭の中を。
 

「お母さん、今すごく大変そう」
「私のことなんかで困らせちゃいけない」
「私がわがままを言ったら、お母さんが倒れちゃうかもしれない」
 

幼いながらに、家庭内のピリピリとした空気を恐ろしいほど敏感に察知し、自分の気持ちにフタをしてしまうんです。
 

「本当は寂しい」
「学校に行きたくない」
「もっと私を見てほしい」
 

そんな、子どもなら当たり前に持っていい感情さえ。
「今の家でそれを言うのはルール違反だ」と、飲み込んでしまう。
 

何度でも言います。
 

まだ親に甘えたい盛りの子どもが、です。
 

一方、私たち親はどうでしょうか。
 

目の前のパニックを鎮火することに精一杯で、静かにしているきょうだい児を見ると、こう思ってしまいます。
 

「あの子は落ち着いているから大丈夫」
「何も言ってこないから、順調なんだろう」
 

違うんです。
 

「手がかからない」ことと、「悩みがない」ことは、イコールではありません。
 

むしろ、親に心配をかけまいと必死に「いい子」を演じている沈黙を、私たちは「順調」だと都合よく解釈してしまっていただけかもしれない。
 

SOSが出なかったのではないんです。
 

「SOSを出せるような隙(余裕)」が、家庭の中に1ミリもなかった。
 

それが、この悲劇を生んだ本当の原因でした。
 

もし、これを読んで「ウチもそうかも……」と思った親御さんに、今すぐ伝えたいことがあります。
 

今日(明日)は「手のかからないほうの子」の目を見て、話を聞いてあげてください。
 

5分でもいい。
いや、3分でもいいです。
 

「最近どう?」
じゃなくてもいいんです。
 

「今日、何が楽しかった?」
でも、
 

「何か気になってることある?」
でもいいんです。
 

大事なのは、
 

「あなたのことをちゃんと見ているよ」というメッセージを、言葉と態度で伝えること

 

です。
 

それだけで、あの子の心の中にあるフタが、ほんの少し緩むかもしれない。
 

ケイコさんが教えてくれたこの経験を、絶対に無駄にしたくない。
 

だから私は、熱量を込めてこの記事を書いています。
 

【第3章】きょうだい児を救うための「絶対条件」
 

では、限界を迎えてしまったきょうだい児を救うために、私たち親は何をしてあげられるのか。
ここからが、この記事の核心です。
 

欲しがっていたゲームを買ってあげること?
年に一度、豪華な旅行に連れて行くこと?
 

いいえ、違います。
 

彼らが心の底から求めているのは、もっとシンプルで、もっと切実なものです。
 

「お母さん(お父さん)が、自分だけを見てくれる時間」
 

そして、
 

「家の中が平穏で、親が笑っていること」
 

これだけなんです。
 

おもちゃでも、お菓子でも、テーマパークでもない。
 

「お母さんが、私の目を見て、私の話を聞いて、笑ってくれること」
 

たったそれだけのことを、あの子たちはずっと待っている。
 

しかし、障害のある子を育てている家庭にとって。
この「当たり前」を用意することが、どれほど難しいことか。
 

これも、痛いほどわかっているんです。
 

なぜなら。
 

障害のある我が子がパニックで暴れ、壁を叩いている横で。
きょうだい児の話をゆっくり聞いてあげることができるでしょうか?
 

毎晩、当人の睡眠障害で親が寝不足になり、イライラしている状態で、きょうだい児に「大好きだよ」と笑顔で言えるでしょうか?
 

物理的に、無理なんです。
 

どんなに親が「きょうだいを大切にしたい」と願っても。
障害のある子の情緒が安定せず、手がかかり続けている限り、そのための「時間」も「心の余裕」も生まれない。
 

気合いでどうにかなる問題じゃないんです。
 

結果として、きょうだいは後回しにされ続け、孤独を深めていくしかない。
 

ここまで読んで、「じゃあ、もう詰んでるじゃないか」と思った方。
 

違います。

ここからが大事です。
 

きょうだい児を守るための絶対条件は、きょうだい自身へのケアではないんです。
 

逆説的ですが、
「障害のある子を落ち着かせ、親の手を空けること」
これなんです。
 

「え、結局また障害児のほうの話?」と思うかもしれません。
でも、よく考えてみてください。
 

障害のある子が落ち着けば、親の手が空く。
 

親の手が空けば、きょうだい児の話を聞ける。
 

きょうだい児の話を聞ければ、その子の心のフタが開く。
 

全部、つながっているんです。
 

障害のある子の療育や土台作りは、その子本人のためだけのものではありません。
 

それは、家族全員が窒息しないための空気を確保し、きょうだいの「居場所」を守るための、防衛策でもあるんです。
 

ここを見誤ると、
 

「きょうだいのケアもしなきゃ」
「療育もしなきゃ」
 

と、やるべきことが無限に増えて、親が先に潰れます。
 

順番が大事なんです。
 

まず、障害のある子を落ち着かせる。
そうすれば、きょうだい児を救う余裕が生まれる。
 

この順番を間違えないでください。
 

【第4章】家族全員を守るための「防波堤」を作る

 

もし今、あなたが「手のかかる子」の対応に追われ、きょうだい児の話をゆっくり聞く余裕がないとしたら。
 

どうか、自分を責めないでください。
 

それは、あなたの愛情が足りないからではありません。
 

単に、物理的な「時間」と「体力」が奪われすぎているだけです。
 

ここ、本当に大事なので、もう一度言います。
 

あなたの愛情の問題ではない。
物理的なリソースの問題です。

 

精神論で、
 

「もっと愛してあげよう」
「もっと頑張ろう」
 

と自分を奮い立たせても、限界があります。
 

体はひとつしかない。
1日は24時間しかない。
 

その中で、すでに限界を超えて頑張っている。
 

その状態で「きょうだいのケアも忘れないで」なんて言われたら、「じゃあ私はどうすればいいの!?」と叫びたくなりますよね。
 

だから、精神論はやめましょう。


仕組みで解決しましょう。
 

親が倒れてしまえば、ドミノ倒しのように家族全員が共倒れになります。
 

それを防ぐためには、まず何よりも先に、
障害のある子の情緒を安定させ、手がかからない状態(=親の時間を奪わない状態)
を作らなければなりません。
 

これが、きょうだい児を守るための、最も現実的で、最も確実な「防波堤」になります。
 

「そんなこと言っても、具体的にどうすればいいの?」
 

そう思いますよね。
 

当然です。
 

だから、私はロードマップを作りました。
 

精神論ではなく、今日から家庭で実践できる具体的な手順です。
 

  • 夜泣きや中途覚醒をなくし、親の睡眠時間を確保するための「生活リズム」の整え方
  • 脳の興奮を鎮め、癇癪を減らすための「食事」と「運動」のアプローチ
     

これらは、「お勉強」や「スキル」を身につける以前の、もっと根源的な「生活の土台作り」です。
 

地味です。
華やかさはありません。
 

でも、ここを整えない限り、何をやっても机上の空論です。
 

弟や妹(兄や姉)が夜ぐっすり眠ってくれれば、親御さんは朝、笑顔で起きられます。
 

弟や妹(兄や姉)の癇癪が減れば、夕食のときにきょうだいの学校の話を聞いてあげられます。
 

「今日はどうだった?」
 

たった一言。

でも、この一言が言えるかどうかで、家族の未来が変わります。
 

その一言を、余裕を持って、笑顔で言えるようになること。
 

それこそが、きょうだい児が最も欲している救いであり。
家族がバラバラにならずに生きていくための唯一の道だと、私は本気で信じています。
 

もう、「いい子」の我慢に甘えるのは終わりにしましょう。
 

あの子が「助けて」と言えなかったのは、あの子が強いからじゃない。
 

私たちに、それを受け止める余裕がなかったからです。
 

だったら、その余裕を作りましょう。
 

気合いじゃなく、仕組みで。
 

家族全員が笑って過ごせるバランスを取り戻すために。
まずは、家の中の「土台」を整えることから始めてみてください。
 

その一歩が、きょうだい児の凍りついた心を溶かす、最初の一滴になります。
 

▼家族の時間を守るための「土台作り」ロードマップはこちら
 

 

 

第1章:なぜ、一生懸命な親ほど「空回り」するのか? 現場が抱える“混同”の正体
 

「早期療育を逃したら、子どもの人生は手遅れになってしまいますか?」

かつて娘が2歳の頃、私はネットの検索窓にこんなような言葉を打ち込んでいました。

言葉は出ず、視線は合わず、こちらの呼びかけにも反応しない。

ただ泣き叫ぶ娘を前に、私たち夫婦は暗闇の中で手探りを繰り返すような日々を送っていました。



今、この文章を読んでいるあなたも、もしかしたら同じような場所にいるかもしれません。

療育に通い、専門書を読み、言われた通りの関わりを家庭で実践している。

それなのに、子どもが変わらない。

むしろ、癇癪がひどくなり、親子ともに疲弊していく。

「支援がうまくいっていない」という焦燥感が、胸の奥で常にくすぶっている。

その違和感の正体を、私はようやく言語化できるようになりました。

結論から言います。

私たちが陥っていたのは、

「発達障害」への支援と「知的障害」への支援を、無自覚に混同していたことによる“致命的なミスマッチ”

でした。

一般的に「発達障害」の支援といわれるものの多くは、

本人の能力そのものよりも、「環境とのズレ」や「感じ方の違い」に焦点を当てます。

「見通しを持たせましょう」
「本人のこだわりを尊重しましょう」
「クールダウンできる場所を作りましょう」

これらは、その子が持つ能力を発揮しやすくするための環境調整です。

一方で、「知的障害」の支援で重要になるのは、

「今の発達段階」を正確に見極め、そこに到達するための階段を極限まで細かく刻むことです。

「理解」よりも「習得」を優先し、
身体を使って何度も繰り返し、
脳に回路を作るような地道な積み上げが必要です。

しかし、実際にはこれらが「障害児支援」という大きな枠組みの中で、ごちゃ混ぜに語られがちです。

そして私たち親も、その違いを明確に意識しないまま、目の前の子どもに「良かれと思って」間違ったカードを切り続けてしまうんです。

我が家の失敗談をお話しします。

娘が2歳から3歳にかけての時期は、まさに地獄のような日々でした。

生活そのものが成立していない状態で、娘は常に何かに怯え、あるいは怒り、泣き叫んでいました。



当時の私は、療育書やネットで見た「発達障害児への接し方」を真に受けていました。

「たくさん言葉をかけましょう」
「できたらたくさん褒めましょう」

これらは、言葉の理解がある程度進んでいる子や、情緒的な交流が可能な子にとっては正解かもしれません。

しかし、重い知的障害があり、言葉の概念すら持っていない当時の娘にとって、それは暴力的なまでの「騒音」でしかなかったんです。



私は必死に話しかけました。

「すごいね!」
「できたね!」
「これは〇〇だよ!」

良かれと思って浴びせ続けたその言葉の洪水は、娘の未熟な脳をパンクさせ、処理しきれない情報の濁流となって彼女を襲いました。

高いテンションの称賛は、聴覚過敏を持つ彼女にとって不快なノイズとなり、混乱を招くだけでした。



結果、何が起きたか。

娘はさらに激しく泣き叫び、床に頭を打ち付け、私を拒絶しました。

私はその姿を見て、
「こんなに愛情を注いでいるのに、なぜ伝わらないんだ」
と絶望し、最後には自分を責めました。



でも、違ったんです。
娘はわがままで泣いていたのではありません。

私の「支援の選択」が間違っていたから、脳が混乱し、悲鳴を上げていただけだったんです。

知的発達の段階を無視して、情緒的な交流や言葉による理解を求めた結果、彼女の「伸びるチャンス」を自らの手で潰していたんです。



もしあなたが今。
お子さんの行動に対して、

「なんでできないの?」
「どうして伝わらないの?」

とイライラを募らせているなら。
一度立ち止まって考えてみてください。

あなたは今、どの物差しでその子を見ていますか?

「環境が合わなくて辛いのか(発達的視点)」

それとも、

「まだその段階に達していないのに、無理な課題をさせられているのか(知的視点)」

この二つを混同したまま、

「様子を見ましょう」
「個性を尊重しましょう」

という耳障りのよい言葉に逃げてはいけません。

「何もしない時間」は現状維持ではありません。

お子さんの脳神経が爆発的に成長するこの時期において、それは「可能性の消失」が進んでいる時間と同じです。



私たち親に必要なのは、専門家に丸投げする依存心でも、あやふやな精神論でもありません。

目の前の子どもが今、生物として「どの段階」にいて、「何の機能」が不足しているのかを冷静に見極める分析眼です。

そして、その分析に基づいて、家庭という現場で具体的な介入を行う覚悟です。



「発達」と「知能」。

この二つの糸が複雑に絡み合った我が子という存在を、一本ずつ丁寧に解きほぐしていく作業。

それこそが、親だけができる、本当の意味での「支援」のスタートラインなんです。

次章からは、この二つの視点をどのように切り替え、具体的な行動に落とし込んでいくか。

我が家の7年間の実体験をもとに掘り下げていきます。



第2章:発達障害の視点:「能力がない」のではなく「伝わっていない」だけ
 

「何度言ったらわかるの!」
「どうして、みんなと同じように座っていられないの?」


娘が幼い頃、私は喉元まで出かかったこの言葉を、何度飲み込んだかわかりません。

時には、飲み込めずに吐き出してしまい。
きょとんとする娘の顔を見て、自己嫌悪に陥る夜もありました。

重い知的障害があるから、理解できないんだ。
障害の程度が重いから、できないことが多いんだ。

当時の私は、すべての原因を「娘の知的能力の低さ」に帰結させていました。

しかし、長年の療育を通して、それは大きな間違いだったと気づかされました。

娘が「できない」ように見えていた原因の半分は、能力の問題ではありませんでした。

私たちが提供する環境や情報の出し方が、娘には合っておらず、情報が正しく届いていなかっただけなんです。

これが、私が考える「発達障害」的な視点でのつまづきの正体です。



具体的なエピソードをお話しします。

娘が幼稚園の年長(5〜6歳)の頃のことです。

この頃の娘には、不可解な行動が増えていました。

家の中で突然、両手で耳を塞いでうずくまったり、テレビの音を嫌がったりするようになったんです。



最初は、わがままや気分のムラだと思っていました。

「ちゃんと聞きなさい」と、私は塞いだ手を下ろさせようとさえしました。

しかし、よく観察すると、それは特定の状況下で必ず起きていることに気づきました。

・私が少し早口でまくし立てたとき
・テレビの音が大きいとき
・私と妻が同時に喋っているとき

娘にとって、私たちの日常会話や生活音は、耐え難い「不快な音」として響いていたのかもしれません。

あるいは、意味のわからない言葉が怒涛のように押し寄せてくる、恐怖の時間だったのかもしれません。

このとき私がやるべきだったのは、「聞く姿勢」をしつけることではありませんでした。

第1章でお話しした、
「環境の調整」を、まさにこの場面で実行すること
だったんです。

静かな部屋に移動する。
テレビを消す。
そして何より、私自身が「短く、低めのトーンで、ゆっくり」話すこと。

環境を変えた瞬間、娘の表情がふっと緩むのを何度も目にしました。

彼女は「聞きたくなかった」わけでも、「理解力がなかった」わけでもありません。

ただ、私たちが発する情報が、彼女の受け取りやすい形になっていなかっただけなんです。

もう一つ、私たちが「能力がない」と誤解していた事例があります。

それは、娘の「パズル」への取り組みです。

かつての娘は、普段の生活で言葉の指示はほとんど通りませんでした。

「靴下を履いて」と言っても、ぼんやりとしていることが多い。

だから私たちは、
「この子は複雑な形や構造を理解するのは難しいだろう」
と思い込んでいました。

しかし、あるとき娘がジグソーパズルに没頭し始めました。

最初は数ピースのものでしたが、驚くべきスピードで習得していき。

年長の終わりには234ピースのジグソーパズルを自力で完成させるまでになりました 。



大人でもそれなりに根気がいる作業です。

しかも、娘は絵柄を見て判断しているようには見えませんでした。

ピースのわずかな「形状」と「色のグラデーション」だけを頼りに、恐ろしいほどの集中力で次々とハメていくんです。

この姿を見たとき、私はハッとしました。

「能力がない」なんて、とんでもない間違いだ。

彼女の中には、私たちが想像もつかないほどの高度な図形を認識する力と、集中力が眠っている。

ただ、その能力を発揮するための入り口が、一般的な「言葉」や「文脈」ではなかっただけなんです。

視覚的な情報、それもパズルのような「明確な正解がある形状」という形であれば、彼女は誰よりも雄弁にその能力を発揮できるんです。

もし、私がこのパズルでの姿を見ずに、普段の「話を聞けない姿」だけを見ていたらどうなっていたでしょう。

「知的に遅れているから、簡単なことしかできない」
と決めつけ、彼女の可能性に蓋をしていたに違いありません。

発達障害の特性を持つ子に対して、親や支援者がまず持つべき視点。

それは、「能力の欠如」を疑う前に、「伝え方や環境とのミスマッチ」を疑うことです。

「できない」という現象が目の前にあるとき、

それを本人の努力不足や障害の重さのせいにするのは、一番簡単な解決策です。

でも、それでは何も変わりません。

  • 指示が通らないなら、声かけが多すぎて混乱していないか?
  • 落ち着きがないなら、部屋の照明や壁の掲示物が気になっていないか?
  • 課題に取り組めないなら、その課題の提示方法が「彼女の得意なやり方」から外れていないか?

私たち親の役割は、子どもを無理やり型にはめることではありません。

子どもの特性に合わせて、環境側を調整することです。

娘が耳を塞いだあの日。
私は「聞く気がない」と叱りそうになりました。

でも、あれは彼女なりの、
「これ以上の情報は処理できません」
というSOSであり、必死の防衛反応だったんです。

そのサインに気づき、環境側を引き算してあげること。

言葉を減らし、刺激を減らし、彼女が安心して世界とつながれる方法を見つけ出すこと。

それが、「発達障害」という側面に対する、親ができる最大の支援なんだと痛感しています。

能力は、あります。

ただ、それが私たちの思う「普通の方法」では外に出てこないだけなんです。

そこを履き違えたまま、
「もっと頑張らせよう」
と追い込むことは、子どもを苦しめるだけになりかねません。

まずは環境を整える。
情報の伝え方を変える。

それだけで、子どもは驚くほど「できる」姿を見せてくれることがあります。

しかし、ここでまた一つ、大きな壁があります。

「環境さえ整えれば、あとは本人が勝手に伸びていく」

……そう思いたいところですが。

知的障害を併せ持つ場合、話はそう単純ではありません。

環境を整えた上で、今度は「どうやって新しいことを習得させていくか」。

ここには、発達障害へのアプローチとは異なる、もう一つの「冷徹な戦略」が必要になります。

次章では、多くの人が目を背けがちな「知的障害」への支援の本質について、私の実体験をもとに切り込んでいきます。



第3章:知的障害の視点「ゆっくりならできる」の罠。理屈よりも“身体で覚える”経験を


「3歳になれば、言葉も出てくるよ」
「小学校に上がる頃には、身の回りのこともできるようになるよ」

娘が幼い頃、周囲からかけられた励ましの言葉です。

もちろん、悪気がないことはわかっています。

しかし、重度の知的障害がある娘を育ててきて痛感したのは、

「待っていれば、いつか自然にできるようになる」ということは、残念ながらほとんどない

という現実でした。

第2章では、環境を整えることで「本来の能力」を発揮させる話(発達障害の視点)をしました。

しかし、ここからお話しするのは、そもそも「その能力(スキル)自体がまだない」状態、つまり「知的障害」の視点での支援です。

ここで多くの親御さんや、時には支援者さえも陥りがちな罠があります。

それは、

「この子はゆっくりだから、簡単な言葉で何度も説明して、理解するのを待とう」

という「理解待ち」の姿勢です。

はっきり言います。

重度の知的障害がある場合。

「言葉での理解」を待っていては、習得までに途方もない時間がかかるか、あるいは永遠にできないまま終わってしまいます。

なぜなら彼らの学習ルートは、
「頭で理解して→体で実行する」
という、一般的な順序ではないことが多いからです。

では、どうすればいいのか。

私たちがたどり着いた結論は、
「理屈は後回し。まずは身体にやり方を染み込ませる」
というアプローチでした。

娘の「お着替え」、特に制服のボタン留めを例にお話しします。

幼稚園に入園した頃、娘はボタンを留めることがまったくできませんでした。

「穴に通すんだよ」
「こっちを持って」

と言葉で説明しても、指先はあさっての方向を向くばかり。

手先が不器用で、かつ仕組みを理解する力も弱かった娘にとって。
ボタン留めはエベレスト登頂並みの難関でした。

そこで私たちは「理解」を諦め、「身体感覚」に頼ることにしました。

まず、夏服のスナップボタンを、すべて色分けしたマジックテープに付け替えました。

「合わせる」という感覚だけを、まずは手で覚えさせるためです。

マジックテープなら、ずれてもなんとなくくっつきます。

これで「自分でできた!」という感覚を、まずは脳と指先に刻み込みました。



次に冬服。
ここでもまだ普通のボタンは使いません。

ボタンを留める糸の色を変え、さらにボタンホールの糸の色も変えました。

「赤と赤をくっつける」という視覚的なマッチングを利用して、指を動かすガイドラインを作ったんです。



そして、ここからが重要です。

私は娘の後ろに回り、娘の手を上から包み込むように持って、私の手で娘の指を動かしました(物理的介入)

言葉で「こうやって」と言うのではなく。
黒子のように親の手が娘の指となり、ボタンを穴にくぐらせる動きを何百回と繰り返させたんです。

「これはあなたの指がやっているんだよ」
と脳に錯覚させるように。

来る日も来る日も、身体に「正解の動き」を直接入力し続けました。

その結果どうなったか。

年中(4歳)の終わり頃には、なんとなく自分でできるようになり。

年長(5〜6歳)になる頃には、立ったままの状態でも、掛け違いなくボタンを留められるようになりました 。



もし、
「いつか興味を持つまで待とう」
「言葉がわかるようになったら教えよう」
としていたら。

娘は今もボタンを留められず、着替えのたびに親を待つだけの無力感を感じていたかもしれません。

「わかる」より先に「できる」状態を作ってしまう。

これが、知的障害のある子の世界を広げるための、最短にして最強のルートだと私は確信しています。

もう一つ、象徴的なエピソードがあります。

第2章でも触れた「パズル」です。

娘は年長の時点で、234ピースのジグソーパズルを一人で完成させられるようになりました。

もちろん、最初からできたわけではありません。
ここにも、徹底的な「スモールステップ」と「身体での習得」がありました。



最初は数ピースの、枠のあるパズルから始めました。

ここでも私は、言葉で教えませんでした。

「ここだよ」と言って指差すのではなく。
迷っている娘の手をそっと持ち、正解の場所へ「カチッ」とハメる感触を何度も体験させました。

・ピースを回して角度を変える感覚
・「カチッ」とハマったときの指先の快感
・全部埋まったときの達成感

これらを、理屈ではなく「快感」として脳にインプットし続けたんです。

すると娘は、パズルという遊びが「気持ちいいもの」だと認識し、自ら没頭するようになりました。

117ピース、そして234ピースと、すごいスピードでステップアップしていきました 。



このパズルの成功体験は、娘にただならぬ自信を与えました。

「私はこれができる」
その自信は、他の苦手な課題(たとえば「お絵描き」や「のり貼り」など)に取り組む際の粘り強さにもつながっていきました 。



知的障害の支援において、「ゆっくり待つ」というのは、聞こえはいいですが、時として「放置」になりかねません。

彼らの時間は、私たちと同じ速度で流れています。

何もしなければ、何もできないまま身体だけが大きくなっていく。
その焦燥感を、私は常に持っていました。

だからこそ、親である私たちがやるべきは、

「できない」と嘆くことでも、「いつかできる」と祈ることでもありません。

目標とする行動を、子どもがこなせるレベルまで極限に分解し(スモールステップ)、言葉ではなく「動き」として、手取り足取り身体に覚え込ませること。

ボタン一つ、パズルのピース一つ。

その小さな「できた」の積み重ねが、やがて大きな「自立」へとつながっていきます。

理屈なんてわからなくていいんです。

「手が勝手に動く」
「なんとなくできちゃった」

知的障害のある子にとって、その状態こそが「最強の習得」なんです。

ただ、こうして「行動」を積み上げていく中で、また新たな壁にぶつかりました。

それは、学校や社会が求める「反省」や「内省」という、目に見えない心のアプローチです。

行動はできるようになっても、

「なぜそれをしてはいけないのか」
「どう思っているのか」

という問いかけに対し、娘は混乱し、時にはパニックを起こしました。

次章では、この「心のアプローチ」における残酷な現実と、親が守るべきラインについてお話しします。



第4章:残酷な現実。「理解」を飛ばして「反省」だけ求められる子どもたち
 

「お友だち、痛いって泣いてるよ」
「やめようね。それはダメなことだよ」

集団生活が始まると、こうした場面に遭遇することが増えます。

幼稚園、学校、そして放課後等デイサービス。

トラブルが起きれば、当然ですが大人が介入し、諭そうとします。

定型発達の子どもたち、あるいは軽度の特性を持つ子どもたちであれば、

「◯◯ちゃんが泣いているから、もうしない」

という因果関係を、言葉や表情から学び取ることができるでしょう。

社会性を育むための、大切なプロセスです。

しかし、重い知的障害を伴う自閉症の子にとって。
この「諭す」という行為が、時に一番の苦痛になります。

娘には、いくつかの困った行動特性がありました。

手持ち無沙汰になると無意識に股間を触ってしまう。
お友だちとの距離感がつかめず、興味本位で急に体に触れてしまう。

などなど。

そんなとき、私たち親や周囲の大人は、つい「正しさ」を教えようとしてしまいます。

「人前で触るのは恥ずかしいことなんだよ」
「急に触ったらびっくりするよ」

私たちは必死に言葉を尽くします。

しかし、娘の反応はどうだったか。

娘は、私の言葉を聞いて反省するどころか、両手で耳を塞ぎ、その場から逃げ出そうとしました。

あるいは、パニックになって自分の頭を叩き始めました。

これは「反省していない」のではありません。

「言葉の意味」や「因果関係」が理解できない中で、

「否定的な音(叱責)」だけが降り注ぐ恐怖に耐えられなくなっているんです。

股間を触るのは、そこに手があるから。
なんとなく落ち着くから。

お友だちに触れるのは、そこに興味の対象があるから。

そこに悪意もなければ、深い意味もありません。
ただの「反射」や「感覚刺激への欲求」に近い行動です。

それなのに、理屈で止めようとする。

これは、日本語の通じない外国人に、早口で道徳の授業をしているようなものです。

娘には「パパ(ママ)が怖い顔で大きな声を出している」という事実しか伝わりません。

どうすればこの恐怖が終わるのか、正解がわからないんです。

そして、私が最も恐れたのは、娘が「心を閉ざす」ことでした。

娘が3歳か4歳の頃のことです。

私が強めに「ダメ!」と制止したとき。
娘はサッと視線を逸らし、無表情で耳を塞ぎました。

その姿を見たとき、私はハッとしました。

彼女は「悪いことをした」と理解したわけではありません。

「この音(叱責)が止むまで、情報を遮断してやり過ごそう」という、悲しい防衛本能を働かせていたんです。

もし、この「説得」を続けていたらどうなるか。

娘は、親の言葉を「自分を攻撃するノイズ」として認識し、指示を聞くこと自体を拒絶するようになっていたかもしれません。

「どうせわかってもらえない」
「怒られるだけだ」

そんな無力感が積み重なれば、自己肯定感は削り取られ、二次障害(うつや強度行動障害)へとつながっていきます。

私たち親が守るべきラインは、ここにはっきりとあります。

「理解(知能)」が追いついていないのに、「反省(心)」を求めないこと。
「言い聞かせる」ことを、家庭内では封印することです。


娘が股間を触ろうとしたとき、私は理屈を説きません。

「手はお膝」とだけ短く伝え、物理的に手を膝に戻します。

あるいは、おもちゃを渡して、手の行き場を作ります。

「恥ずかしいでしょ!」
と感情をぶつけるのではなく、

「手はここです」
という“正解の場所”だけを淡々と教えます。

お友だちを叩いてしまうときも同じです。

「ごめんなさい」と相手に謝るのは、親の役目です。

子どもには「手は下ろそうね」と短く伝え、その場から物理的に距離を取ります。

冷たいようですが、これが重い知的障害の子に対する誠意だと私は思っています。

彼らの処理能力を超えた「内省」を強いることは、子どもを混乱させ、追い詰めるだけだからです。

もちろん、いつかは「相手の痛み」や「社会のルール」を理解してほしいと願っています。

でも、それは今ではありません。

言葉の概念が育ち、因果関係が理解でき、自分と他者の区別が明確についた、そのずっと先にある未来の話です。

今、私たちがやるべきは、

「心」に訴えかけることではなく、

「身体」に正しい行動パターンを刷り込むことです。

反省を促すのではなく、

そもそも不適切な行動が起きないように環境を整え、起きてしまったら物理的に止めて、正しい行動に誘導する。

「反省させない」という覚悟。
「わからせようとしない」という勇気。


これを持つだけで、親子の無益な衝突は劇的に減ります。

「わけのわからない言葉」で責められる恐怖から解放され、安心して過ごせるようになります。

安心しているからこそ、こちらの「短い指示」が耳に入りやすくなるんです。

「心」を育てるのは、もっと後でいい。
まずは「行動」を整えること。

それが結果として、周囲との摩擦を減らし、子ども自身が傷つかないための最強の防具になります。

さて、ここまで、

「環境とのズレ(発達障害的視点)」
「積み上げと習得(知的障害的視点)」

そして、「心へのアプローチの是非」についてお話ししてきました。

日々巻き起こる様々なトラブルや成長の停滞を前に、私たちは瞬時に判断しなければなりません。

「今、この子の行動の原因はどっちだ?」
「今は環境を変えるべきか? それとも繰り返し教え込むべきか?」

この見極めこそが、親の腕の見せ所です。

次章では、私が長年かけて体得した、この「視点の切り替え(スイッチング)」の極意について、具体的な事例を交えて解説します。



第5章:7年かけてたどり着いた「視点の使い分け」。今、目の前の行動は“どっち”が原因?
 

「また失敗したの……?」
「この前まではできていたのに、どうして急にできなくなるの?」

知的障害の子の成長は、一直線の右肩上がりではありません。

3歩進んで2歩下がる。
いや、時には振り出しに戻ったかのように感じることさえあります。

特に、重度知的障害と自閉症を併せ持つ娘の場合。
その「後退」の理由がどこにあるのかを見極めるのが、本当に難しいんです。

やる気がないのか?
わざとやっているのか?
それとも、本当にできないのか?

私が7年間で身につけた、親としての最大の武器。

それは、目の前のトラブルを、

「知的障害(身体・機能の未熟さ)」
「発達障害(環境・感覚の不一致)」


のどちらの視点で見るべきかを、瞬時に切り替える「仕分け力」です。

この「仕分け」ができるようになると。
無駄にイライラすることが激減し、冷静に次の手を打てるようになります。

わかりやすい例として、娘の「トイレトレーニング」のお話をします。

娘が幼稚園の年長(5〜6歳)の頃です。

それまでは順調に進んでいたトイレトレーニングが、春頃から急に崩れ始めました。

幼稚園ではパンツで過ごせていたのに、排泄の間隔が急に短くなり、失敗が頻発するようになったんです。



さらに、夏頃からはもっと困ったことが起きました。

便意があるのに親に伝えず、部屋の隅で隠れてうずくまり。
そのままパンツの中にしてしまうことが増えたんです。

以前は自分でトイレに行っていたのに、なぜ?

私たちは焦り、「教えてって言ったでしょ!」と叱りたくなる気持ちを必死に抑えました。



ここで、思考停止して「根性論(もっと言い聞かせる)」に走ってはいけません。

私は二つの視点で、娘の行動を分析しました。



【視点①:知的・身体的機能の問題か?(まだその段階にいない?)】

まず疑ったのは、膀胱の機能や、尿意・便意を感じ取る身体感覚の未熟さです。

この時期は気温が高く、水分を摂る量が極端に増えていました。
また、遊びに夢中になっていると、尿意に気づくのが遅れる様子もありました。



これは「わがまま」ではなく、「身体の機能が追いついていない」状態です。

ここで無理にパンツを履かせ続け、失敗体験を重ねさせるのは逆効果だと判断しました。

私は迷わず、自宅ではオムツ(あるいはパッド)に戻す決断をしました。

「後退」ではありません。
「現状の機能に見合った装備」に戻しただけです。



【視点②:環境・感覚の問題か?(やり方が合っていない?)】

次に疑ったのは、環境要因です。

娘は自宅のトイレでは、なぜか「ズボンとオムツを完全に脱がないと排泄できない」という強いこだわりがありました。

幼稚園では脱がずにできるのに、なぜ家では全裸に近い状態になりたがるのか?



よく観察すると、自宅の便器は幼稚園のものより大きく、足がブラブラして不安定なことに気づきました。

足がつかない不安感(前庭覚の不安)が、排泄への集中を削いでいたんです。

さらに、便意を伝えないのは、
「今遊んでいる楽しいおもちゃを中断されたくない」
という気持ちの表れでもありました。



そこで私たちは、二つの環境調整を行いました。

一つは、自宅のトイレに踏み台を調整し、足がしっかりつくようにしたこと。

これで姿勢が安定し、服を全部脱がなくても安心して座れるようになりました。

もう一つは、「便意を伝える」手段を本人に合わせたこと。

言葉で伝えることは難しいので、

親の肩を叩くジェスチャーや、トイレの絵カードを使って知らせる練習を徹底させ、本人なりの方法で意思表示ができるようにしました。



結果どうなったか。

冬頃には再び排泄の間隔があくようになり、失敗は激減しました。

便意も、部屋の隅でうずくまる前に、親を呼んでトイレに行けるようになりました。



もし、「もう年長なんだからパンツで頑張りなさい!(知的視点の無視)」と根性論を押し付けていたら。

あるいは、「やる気がないだけだ」と決めつけ、足場の不安定さ(発達視点の見落とし)に気づかなかったら。

娘はトイレ自体を嫌いになり、親子関係も悪化していたでしょう。

「これは、身体が追いついていないのか?」
「それとも、環境が邪魔をしているのか?」


トラブルが起きたとき、この二つの問いを立てるだけで、親の心はすっと軽くなります。

身体の問題なら、育つのを待つか、道具で補えばいい。

環境の問題なら、設定を変えればいい。

「なんでできないの?」という感情的な問いが、

「どっちのアプローチが必要かな?」という建設的な戦略に変わるんです。

もちろん、綺麗ごとばかりではありません。

何度環境を変えても、何度手取り足取り教えても、うまくいかないこともあります。

それでも、「わからない」と嘆くより、「仮説」を持って挑むほうが、親の精神衛生上はずっとよいです。

この「仕分け」ができるようになると、不思議なことに、子どもの「小さな変化」にも敏感になります。

「あ、今は環境がハマったからできたんだな」
「今日は体調が悪くて、機能が落ちているんだな」

一喜一憂しすぎず、淡々と、しかし温かく見守れるようになります。

さて、ここまで、

  • 環境調整(発達のアプローチ)
  • 身体的習得(知能のアプローチ)
  • 心理的負担の回避
  • 視点の使い分け

についてお話ししてきました。

これらを統合し、最終的に私たちが目指すべき場所はどこなのか。

そして、そのために今すぐ家庭で始められる「最初の一歩」は何なのか。

最終章では、すべての支援の土台となる、ある「根本的な取り組み」についてお話しします。



第6章:結論。まずは「身体」を整えなければ、どんな支援も届かない


ここまで、

発達障害の視点での「環境調整」、
知的障害の視点での「身体で覚える練習」、

そして親の「視点の切り替え」についてお話ししてきました。

これらはどれも、娘を育てる上で欠かせない大切な考え方でした。

しかし、正直に告白します。

これらの対応をどれだけ頑張っても、まったくうまくいかない時期がありました。

それは、娘の生活リズムが乱れ、睡眠が浅く、食事が偏っていた時期です。

夜中に何度も起きる。
朝はグズって起きない。
偏食で特定の栄養しか摂れない。

そんな状態の娘に、
いくら「環境」を整えても、
「スモールステップ」で課題を用意しても、

まるでザルで水をすくうように、すべてがこぼれ落ちていきました。

なぜか。

支援を受け取るための「身体」そのものが、整っていなかったからです。

私たちはつい、

「言葉を話させたい」
「ひらがなを書けるようにしたい」

と、脳への働きかけばかりを焦ってしまいます。

まるで、ぐらぐらの土台の上に家を建てようとするかのように。

でも、考えてみてください。

大人だって、寝不足で空腹のときに、難しい勉強をさせられて頭に入るでしょうか?

騒音の中で、複雑な手作業を命じられて、冷静に取り組めるでしょうか?

できませんよね。
イライラして、投げ出したくなるはずです。

障害のある子どもたちは、ただでさえ感覚の過敏さや身体の使いにくさを抱えています。

その上、生活リズムという土台まで崩れていたら、新しいことを学ぶ余裕なんてこれっぽっちも残っていないんです。

私の娘が劇的に伸びたタイミング。

それは、新しい療育に通い始めたときでも、画期的な教材を買ったときでもありませんでした。

私たちが覚悟を決めて、娘の「身体」と「生活」を徹底的に整え始めたときでした。

娘の成長記録を見返すと、はっきりとした傾向に気づきます。

娘が驚くほどの集中力でパズルに取り組めた日や、穏やかに過ごせた日の記録には、共通点がありました。

それは、「日中にしっかりと身体を動かし、お腹を空かせて食事をとり、夜ぐっすり眠れている」ということです。



父親と外出し、長い距離をしっかりと地面を踏みしめて動いた日。
その夜は、入眠までの時間が短く、深く眠れています。

そして翌朝は、スッキリと目覚め、朝から機嫌よく課題に取り組めるんです。



逆に、天気が悪く家の中でゴロゴロしていた日は、夜もなかなか寝付けず、翌日は些細なことで癇癪を起こしやすくなっていました。



脳を育てるスイッチは、実は「身体」にあったんです。

特に、重い知的障害がある場合。
「頭を使って考える」ことで脳を活性化させるのは難しい側面があります。

だからこそ、「身体を使って刺激を入れる」ことが、脳を発達させるための最大の近道になります。

体を支える力。
バランスを取る感覚。
自分の手足を思い通りに動かす指令。

これらはすべて、机の上ではなく、日々の生活動作や遊びの中でしか育ちません。

「座りなさい」と叱る前に、座り続けられるだけの「体幹」があるか?

「よく見なさい」と言う前に、対象物を目で追い続けられる「目の力」が育っているか?

ここを見落としたまま、高度な課題を詰め込もうとするのは、エンジンのない車にガソリンを入れるようなものです。

もし今、あなたが、

「療育がうまくいかない」
「何をしても伸びない」

と悩んでいるなら。

一度、難しい支援方法は脇に置いて、お子さんの「身体」と「生活」に目を向けてみてください。

・夜はぐっすり眠れていますか?
・お腹を空かせてご飯を食べていますか?
・日中、太陽の光を浴びて、しっかりと身体を使っていますか?

遠回りに見えるかもしれません。

「そんなことより、言葉を教えたい」と焦る気持ちも痛いほどわかります。

でも、この「身体という土台」を整えることこそが、結果として「言葉」や「学習」を引き寄せる最短ルートなんです。

私たち親にできることは、専門的な訓練だけではありません。

むしろ、24時間365日一緒にいるからこそできる、この「生活の質の向上」こそが、家庭でできる最大の療育です。

・朝、カーテンを開けて光を浴びさせること。
・休日、一緒に外に出て、風を感じながら身体を動かすこと。
・食事の時間を整え、空腹のリズムを作ること。

これらは、特別な資格がなくても、今日からすぐに始められます。

そして、この積み重ねが、お子さんの脳と身体を「受け取れる状態」に変え、支援の効果を高めてくれるんです。

「発達障害」の特性による生きづらさも、
「知的障害」による成長のゆっくりさも。

強固な身体という土台があれば、少しずつ乗り越えていけます。

数年前、暗闇の中で泣いていた私に伝えたい。

「焦らなくていい。まずは、その子の身体を信じて、生活を整えることから始めなさい」と。

あなたのお子さんには、まだ眠っている可能性がたくさんあります。

そのフタを開けるきっかけは、意外とシンプルな「日々の営み」の中に落ちているかもしれません。

どうか、情報に振り回されず、目の前のお子さんの「身体の状態」をよく見てあげてください。

そこから、あなただけの「正解」がきっと見つかるはずです。



この記事では、「考え方」と「視点の持ち方」を中心にお話ししました。

ですが、具体的に、

「じゃあ、どうやって身体を動かせばいいの?」
「癇癪を起こしたとき、身体にどうアプローチすれば落ち着くの?」
「言葉が出ない子への、身体を使った具体的なコミュニケーション方法は?」

といった、さらに実践的な「具体的な方法」を知りたい方もいるかもしれません。

かつての私たちも、概念はわかっても「具体的なやり方」がわからず、途方に暮れました。

だからこそ、私は7年間の試行錯誤の中で見つけ出した、

・脳を覚醒させる「物理的介入」の具体的な手順
・癇癪を鎮めるための「身体アプローチ」
・発語がない子のための「動作模倣」トレーニング


など、明日から使える具体的な方法を体系化し、一つの記録としてまとめました。

もしあなたが、

「遠回りをしたくない」
「我が子に合った、具体的な身体の整え方を知りたい」

と本気で思っているなら、ぜひ以下のnoteをご覧ください。

綺麗ごと抜きの、重度知的障害児の父がたどり着いた「実践記録」のすべてを、包み隠さず書いています。

あなたとお子さんの生活を変える「手引き」は、ここにあります。

 

 

【導入】私たちは、なぜ「できないこと」を「できる」ようにしたいのか?


「あ、ボタンが留められた!」
「絵カードのマッチングができた!」

障害のあるわが子との生活の中で。
そんな小さな「できた」を見つけた瞬間、私たちは親として何とも言えない喜びを感じます。

それは単に「成長が嬉しい」というだけではありません。

心の奥底に、ある切実な願いがあるからです。

「少しでもできることが増えれば、将来この子が生きやすくなるんじゃないか」

「スキルを身につければ、社会の中に居場所ができるんじゃないか」

私たちは日々の療育でスキルを積み重ねることで、見えない将来への不安を埋めようとしています。

「今は大変でも、頑張って訓練すれば、きっと報われる」

そう信じているからこそ。
嫌がる課題にも向き合い、必死でサポートを続けているんです。

しかし、私が常々感じていた、

「本当にそれだけでいいのか?」
「スキルの獲得だけで、幸せな未来は保証されるのか?」

という疑問に対し。
ある先輩ママからのメッセージが、一つの明確な「答え」を突きつけてきました。

彼女の名前は、ケイコさん(仮名)。

20代になる重度の知的障害を伴う自閉症の息子さんを育て上げた、私の大先輩です。

SNSを通じて教えてくれた彼女の実体験は、私が懸念していた通り……

いや、それ以上にシビアな「社会の現実」を浮き彫りにするものでした。

「ケンサクさん。息子は手先が器用で、作業能力が高い。でもね、彼には『居場所』がなかったんです」

能力が高ければ、仕事ができるはず。
重度でも、スキルがあれば重宝されるはず。

世間一般で信じられているそんな「常識」は、就労支援の現場においては、必ずしも通用しない。

彼女が語ってくれたのは、私たち親が知っておくべき、就労支援現場における「採用と継続の真の基準」でした。

これは、これからその現実に向き合うことになる、すべての親御さんに共有しておきたい話です。

「頑張る方向」を間違えないために。
事実に基づいた「リアル」を、ここにお伝えします。



【第1章】「ハイスペック」な息子が、社会から拒絶された日


ケイコさんの息子さんは重度の知的障害がありますが、手先が驚くほど器用だそうです。

細かな部品を組み合わせたりする作業なら、職員顔負けのスピードと正確さでこなすことができます。

もし、就労支援の現場に「スキルテスト」があるなら、彼は間違いなく上位の成績を修めるでしょう。

親から見れば、

「これなら将来、作業所でエースになれるかもしれない」
「工賃をたくさんもらえるかもしれない」

と期待してしまう。
そんな「ハイスペック」な能力の持ち主です。

しかし、現実は違いました。
彼は、その素晴らしい能力を活かして、一つの場所で働き続けることが難しかったんです。

なぜなら、彼には「社会生活における弱点」があったから。

それは、「情緒の不安定さ」でした。

能力はある。
けれど、一日中同じ場所で、静かに椅子に座り続けることに耐えられない。

自分の思い通りにならないことや、ふとしたスケジュールの変更。

あるいは「やりたくない作業」に当たったとき。

心のダムが決壊してしまうんです。



一度スイッチが入ると、もう止められません。

イライラして作業中の商品を雑に扱ったり、壁を叩いたり。

最悪の場合は、止めに入った支援員や他の利用者さんに手を出してしまったりする。



想像してみてください。

どんなに仕事が速くても。
定期的に現場をパニックにして、商品を壊し、スタッフのリソースを奪ってしまう人。

そういう人を、組織は「雇い続けたい」と思うでしょうか?

答えは、残酷なほど「NO」です。

「能力は高いですが、対応が困難です」
そんな判断を下され、息子さんは居場所を転々とすることになりました。

その一方で、ケイコさんは「Aさん」という、別の利用者さんの話をしてくれました。

Aさんは、ケイコさんの息子さんとは対照的です。

重度の障害があり、言葉でのコミュニケーションはほとんど取れません。
手先も不器用で、作業スピードもゆっくりです。

「スキル」という物差しで見れば、明らかに息子さんの方が上。

しかし、現実の社会で「居場所」を安定して確保し続けているのは、

息子さんではなく、Aさんです。

なぜだと思いますか?

Aさんは、いつもニコニコしているからです。

嫌なことがあっても、気持ちを切り替えることができる。
支援員の指示に対して、素直に従うことができる。

パニックを起こして周囲を威嚇することなど、一度もない。

だから、支援員さんたちはAさんのことが大好きです。

「Aさんは仕事は遅いけど、癒されるよね」
「Aさんのためなら、ちょっと手伝ってあげようか」

そうやって、周りの人々が自然と手を差し伸べ、彼の足りないスキルを埋めてくれるんです。

「能力が高い息子よりも、何もできなくても穏やかなAさんの方が、社会の中に確かな居場所を持っていたんです」

ケイコさんのこの言葉。

私が日頃から感じていた「スキル偏重の療育への違和感」が、間違いではなかったことを証明していました。

私たちは、「デキる子」になれば社会で愛されると思っています。

でも、社会が本当に求めていたのは、「デキる子」ではなく。
「手のかからない(支援しやすい)子」だったんです。



【第2章】福祉現場の「本音」:支援員が本当に求めている人材


なぜ、こんな逆転現象が起きるんでしょうか?

それは、福祉の現場や就労先が求めている「有能さ」の定義が、私たち親が考えているものとは決定的に異なるからです。

私たちはつい、
「どれだけ早く、正確に作業ができるか(生産性)」
を重視しがちです。

しかし、現場が最も恐れるのは「生産性が低いこと」ではありません。

「現場の空気を乱し、支援者のリソースを奪われること(コスト)」です。

現場は、限られた人数の支援員で、多くの利用者さんを見なければなりません。

そんな中、どれだけ高いスキルを持っていても。

自分の思い通りにならないと癇癪を起こしたり、他害のリスクがある人は、

現場にとって「いつ爆発するか分からない爆弾」を抱えているようなものです。

その対応に追われれば、他の利用者さんの支援もストップしてしまい、組織として成り立たなくなってしまうんです。



一方で、特別なことができなくても。
いつも機嫌が良く、指示がスムーズに通る人は、支援者にとって「計算できる(安心できる)存在」です。

結果として、

「この人なら長く任せられる」
「この人のために何かしてあげたい」

と思われ、社会の中に自分の席を確保し続けることができます。



つまり、将来我が子が社会で生きていくための最強のパスポートは、親が必死で教え込もうとしている「認知スキル」だけではありませんでした。

むしろ、それ以上に重要なのが、

「どんな環境でも、心を乱さず、穏やかに過ごせる(=支援のコストがかからない)」

という、土台の部分だったんです。

 


【第3章】「学習」を否定するわけではない。ただ、私たちは「順番」を間違えそうになる。
 

「情緒が大事なのはわかった。でも、やっぱり少しでも『できること』を増やしてあげたい」

「周りの子はどんどん伸びているのに、うちの子だけ何もさせなくていいの?」

ここまで読み進めて、そんな「焦り」が胸を締め付けている方もいるかもしれません。

その気持ち、痛いほどわかります。

言葉が出ない、オムツが取れない、ひらがなが読めない。

我が子の「できない」を目の当たりにするたび。

私たちは、

「もっと何か教えなきゃ」
「このままでは取り残される」

と、追い立てられるように療育や課題にすがってしまいそうになります。

誤解しないでください。
私は、学習やスキルの獲得を否定しているわけではありません。

ケイコさんの息子さんのように、高いスキルを持つことは素晴らしいことです。

将来の選択肢を広げるために、できることは一つでも多い方がいいに決まっています。

私が問題にしたいのは、「積み上げる順番」です。

想像してみてください。

底に穴が空き、グラグラと傾いたコップがあります。

そこに、一生懸命「水(スキル)」を注ぎ込もうとしても。
水は漏れ出し、傾いた縁からこぼれ落ちてしまいますよね。

それでもなお、

「どうして溜まらないの!」
「もっと頑張りなさい!」

と水を注ぎ続けるのは、あまりに非効率であり、子どもにとっては苦行でしかありません。

身体がふらつき、感覚過敏で脳が常に興奮状態にある子ども。
これは、まさに「穴が空き、傾いたコップ」です。

その状態で、いくら認知課題やひらがなの練習(=水)を無理やり注ぎ込んでも、子どもはそれを受け止めることができません。

それどころか。

無理な注入は「やらされている」という強烈なストレスになり。

自己肯定感を削ぎ落とし、かえって情緒を不安定にさせる原因になってしまいます。

「急がば回れ」

陳腐に聞こえるかもしれませんが。
これが私が7年間の試行錯誤の末にたどり着いた、唯一の真実です。

私の娘も、かつては情緒が極めて不安定でした。

そこで私は、湧き上がる焦りをぐっと飲み込み。
それまで漫然とやっていたスキルの獲得よりも、「コップ(身体)」を修復することを最優先にしました。

生活リズム(睡眠・食事)を徹底的に最適化し、脳を落ち着かせるための運動療法を取り入れる。

もちろん、調子の良いときは簡単な机上課題も行いましたが、決して無理はさせず、あくまで「身体作り」を主軸に置きました。

「こんなことをして、本当に意味があるのか?」

不安に思う夜もありました。
しかし、結果はどうだったでしょう。

身体が整い、夜ぐっすり眠れるようになり、情緒が安定してくると……

不思議なことに、それまで全然入らなかった「指示」が、すっと娘に入るようになったんです。

あんなに嫌がっていたパズルに自ら手を伸ばし、笑顔で取り組むようになりました。

情緒が安定したからこそ、学習の効果が最大化したんです。

スキルを諦めるのではありません。

確実にスキルを身につけ、それを将来「社会で活かせる武器」にするためにこそ。

まずは何よりも先に「土台」を整えなければならないんです。



【第4章】親がいなくなったあと、誰が彼らを愛してくれるのか


10年後、20年後、そしてその先。

私たち親は、必ず子どもより先にこの世を去ります。
これは避けようのない事実です。

そのとき、社会に残された我が子を守ってくれるのは、誰でしょうか?

残念ながら、幼い頃に詰め込んだ「ひらがな」や「計算」のスキルではありません。

彼らを最後に守ってくれるのは、「人」です。

「〇〇さんのためなら、手を貸してあげよう」
そう言って、そばにいてくれる支援者や、地域の人々です。

ケイコさんが教えてくれた「何もできないけれど愛されるAさん」の話は、決して綺麗ごとではありません。

「誰かに助けてもらいやすい人格(=安定した情緒)」こそが、障害を持つ彼らが厳しい社会を生き抜くための、最強の戦略なんです。

その「愛される力」は、生まれつきの性格ではなく。
今日からの「日々の暮らし」で作るものです。

脳が穏やかで、満たされていること。

親との関わりの中で、「信頼」のベースができていること。

そして何より、自分自身の身体をコントロールできていること。

ありがたいことに、娘は周囲に面倒を見てくれる友だちが多く。

療育や学校の先生からも「本当にかわいいですね」と言ってもらえます。

もちろん、最初からそうだったわけではありません。

私たちが7年間、失敗と検証を繰り返してきた記録(以下のnote)には、実際に取り組んで効果があった「土台作り」の手順を記しています。

  • 癇癪持ちの娘が、朝までぐっすり眠れるようになった「生活リズム」
  • 脳を落ち着かせ、情緒を安定させるための「食事」と「運動」
  • 親子の信頼関係を取り戻し、指示が通るようになるための関わり方

これは、教科書に載っているような抽象論ではありません。

毎日悩み、傷つきながらも、娘と向き合い続けてきた親としての、実践の記録です。

10年後、社会の中で愛され、穏やかに笑うお子さんの姿を見るために。

もし今のやり方に限界を感じているなら、一度この記録を覗いてみてください。

▼「情緒の安定」と「愛される力」を手に入れるためのロードマップ

 

 

【はじめに】「かわいい」で済まされる時間は、あっという間に終わる
 

今、あなたのお子さんがスーパーの床に寝転がって泣いていたとします。

周囲の視線は気になりますが、
中には「大変ね、頑張って」
と温かい目を向けてくれる方もいるかもしれません。

なにより、いざとなれば親が抱きかかえて、
その場を強制的に離れることだってできるでしょう。

でも、想像してみてください。
その子が、身長170cm、体重70kgの
成人男性になっていたら?


「大人になれば落ち着くでしょ」
「言葉が通じるようになれば、分別がつくんじゃない?」

私たちが心のどこかで信じている、そんな甘い希望について。

先日、20代の重度知的障害を伴う自閉症の息子さんを育てる先輩ママ、ケイコさん(仮名)にお話を聞く機会がありました。

そこで彼女が語ってくれたのは、

「成人してからの方が、悩みはずっと深くなることもある」

という、重い現実でした。

なぜ、穏やかだった子が成人して豹変したのか?

そして。

将来の警察沙汰や家庭崩壊を防ぐために、
私たち幼少期の親が「今」できることは何なのか?

その赤裸々な体験談は、
8歳の娘を育てる私にとって、

決して他人事とは思えない衝撃的な内容でした。

【第1章】スーパーが戦場に変わった日:抑え込めない「大人の力」
 

それは、ある休日のスーパーでの出来事でした。

ケイコさんの旦那さんが、息子さんと二人で買い物に出かけたときのことです。

息子さんには、ある「こだわり」がありました。

それは、ソーセージ売り場で必ず「シャウエッセン」を買うこと。

その日も、いつものように売り場に向かいました。
しかし、運悪くその日はシャウエッセンが完売していたんです。

それは重度の知的障害と自閉症を持つ彼にとって、受け入れがたい絶望的な出来事でした。

「ない!」

次の瞬間、スイッチが入ったように息子さんが暴れ出しました。

大人の力で暴れまわる息子。
周囲の商品はなぎ倒され、大きな奇声が店内に響き渡ります。

旦那さんは、周囲のお客さんに危害を加えないよう、必死で息子さんを力づくで抑え込みました。

しかし、相手は体格のいい成人男性。
子どもの頃のように「ひょい」と担いで外に出ることは不可能です。

取っ組み合いのような状態の中。
周囲からの視線は、幼少期のそれとは明らかに違いました。

「何やってんだ、あいつら……」
「怖い、近づかないでおこう」


好奇心と恐怖、そして軽蔑が入り混じった冷ややかな視線が、旦那さんの全身に突き刺さります。

怪我人こそ出なかったものの、
旦那さんは心身ともに疲れ果て。

帰宅後、「あまりに情けなくて、しんどい」と深く落ち込んでしまったそうです。

この「激しいパニック」は、決して外だけの話ではありません。

ケイコさんのご家庭では、息子さんが自分の思い通りにならないことがあると、物にあたることがあります。

特に被害を受けるのがテレビです。

気に入らないことがあると物を投げつけられ、
これまでに3台ものテレビが破壊され、買い替えているといいます。

「うちはまだマシな方かもしれない……」

ケイコさんはそう言います。

知人の方のケースでは、
駅でパニックを起こして暴れてしまい。

通報されて駆けつけた警察官に噛みついてしまった事例もあるそうです。

障害があるとはいえ。
成人男性が警察官を襲えば、それは「事件」として扱われます。

警察署での事情聴取など、親が頭を下げて回る事態になる……そんな最悪のシナリオも、決して他人事ではないんです。

「幼少期の癇癪なんて、今思えばかわいいものだった」

そう語るケイコさんの言葉に、私は深く考えさせられました。

しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。

なぜ、彼は「成長」したはずなのに、行動が「悪化」してしまったのでしょうか?

【第2章】なぜ、「成長」したのに「悪化」してしまったのか?
 

「中学生、高校生の頃は、もっと穏やかだったんです」

ケイコさんから伺った話の中で、特に意外だったのがこの事実でした。

息子さんが「豹変」したのは、18歳を過ぎ、成人してからのことだったといいます 。



一般的に、親は「今は大変だけど、成長すれば分別がついて落ち着くはず」と期待します。

しかし、重度の知的障害を伴う自閉症の場合。
その「成長」の仕方が、定型発達とは異なるベクトルで進むことがあるんです。

ケイコさんが語る「悪化の原因」は、主に2つありました。



1. 「自我」と「力」のアンバランスな発達
 

1つ目は、身体機能と認知能力の発達です。

成人男性としての屈強な体格と体力が出来上がる一方で、感情のコントロール能力は未熟なまま。

そこに、遅れてやってきた「自我」の芽生えが重なりました。

「僕の思い通りにしたい」
「僕の決めた予定じゃないと嫌だ」

そんな自我が、強靭な肉体を使って爆発するんです。

ケイコさんの息子さんの場合、その矛先はあろうことか「父親の行動」に向きました。

「お父さんは今日、何時に帰るの?」
「お父さんは、僕が決めた服を着て!」

他人の行動やスケジュールまでも自分の思い通りにコントロールしようとし、少しでも違うと許せずに暴れ出す。

これは単なる「こだわり」を超えた、成長に伴う「支配欲」の暴走でした。



2. 「教科書通りの支援」が、足かせに変わった


そして2つ目は、私が日頃から感じていた「既存の療育アプローチへの懸念」と重なる部分でした。

それは、良かれと思って続けてきた「視覚支援」や「スケジュールの構造化」が、成人してから裏目に出たという事実です。

「カレンダーやスケジュール表を見せて見通しを持たせることが、自閉症児支援の鉄則だと信じていました。でも、息子にはそれが逆効果になってしまったんです」

認知力が上がった息子さんにとって。

スケジュール表は「安心材料」ではなく、
「絶対に守らなければならない契約書」へと変わってしまいました。

予定が少しでも狂うと、「書いてあることと違う!」とパニックを起こす。

臨機応変な対応ができなくなり、自分の頭の中にある「完璧なスケジュール」以外を一切受け付けなくなってしまったんです。

「小さい頃のやり方が、大人になっても通用するとは限らない。むしろ、それが彼を縛り付け、苦しめることになってしまった……」

この言葉は、マニュアルを盲信せず、常に目の前の子どもを見て判断することの重要性を、改めて私に突きつけるものでした。



体は大きくなり、力ではもう勝てない。
知恵もつき、言葉や視覚支援も逆手に取られてしまう。

では、これから成人を迎えるまでの長い期間。
私たちは指をくわえて待っているしかないのでしょうか?

もちろん、それは違います。

「もう手遅れなのかもしれない」と不安になる必要はありません。

ケイコさんは、ご自身の経験から導き出した、

「もし時を戻せるなら、絶対にこれをやる」

という、一つの「答え」を教えてくれました。

【第3章】未来の「加害者」にさせないために、今できる「たった一つ」のこと
 

成人男性の力で暴れ、警察沙汰になりかねない未来。

そんな話を聞かされれば、誰だって不安になります。

「うちの子も、将来そうなってしまうんだろうか……」

私も一瞬、そう思いました。

しかし、ケイコさんは決して私たちを怖がらせるためにこの話をしてくれたわけではありません。

彼女は、20年以上の育児を経てたどり着いた、
一つの「真理」を教えてくれたんです。

「結局、一番大切なのは『何ができるか』じゃないんです。『情緒が安定していて、支援されやすいかどうか』。これに尽きます」

スキルよりも大切な「愛される力」
ケイコさんの息子さんは、手先がとても器用だそうです。

能力だけで見れば、複雑な作業もこなせるポテンシャルを持っています。

しかし、仕事は長く続きませんでした。

なぜなら、情緒が不安定だと、
イライラして物を壊したり、他害が出たりしてしまうからです。

「逆に、言葉が話せなくても、特別なことができなくても、いつも穏やかでニコニコしている利用者さんは、支援員さんからも愛され、長く居場所を確保できているんです」

この事実は、早期療育で「認知課題」や「スキルの獲得」に必死になっていた親御さんにとっては、盲点ではないでしょうか。

社会に出てから我が身を助けるのは、高いIQでも作業能力でもなく、「誰かに助けてもらいやすい(支援されやすい)人格」だったんです。



今、私たちが作るべき「最強の防具」
 

では、どうすれば「支援されやすい人(=情緒が安定した人)」になれるんでしょうか?

ケイコさんは後悔をにじませながら、こう言いました。

「もっと早くから、『こだわりを崩す練習』と『我慢できる身体作り』をしておけばよかった」

こだわりを尊重し、スケジュールで完璧に管理することは、一見すると子どもを安心させる「良い支援」に見えます。

しかし、それは裏を返せば「思い通りにならないと許せない脳」を育ててしまうことでもありました。

そうではなく、

「予定が変わっても大丈夫」
「嫌なことがあっても、すぐに切り替えられる」

そんな「柔軟な脳と身体」を、親がコントロールできる幼少期のうちに作っておくこと。

これこそが、将来、強靭な肉体を持った我が子が「加害者」になってしまうリスクを防ぐ、最強の防具になるんです。

「成人してから性格を変えるのは、本当に難しい。でも、今のあなたならまだ間に合いますよ」

その言葉は、私にとって改めて希望の光となりました。

未来は、今の関わり方一つで変えられるんです。

【第4章】「10年後の笑顔」は、今日のあなたの関わりで作られる
 

「体が大きくなってからでは、もう親の力ではどうにもなりません。だからこそ、脳が柔らかく、親が環境をコントロールできる幼少期が、本当に大切なんです」

ケイコさんのこの言葉は、

今、幼い子どもを育てている私たちへの、
最大のエールであり、道しるべでもあります。

私たちが目指すべきは、

一時的に癇癪を止めるテクニックや、
定型発達に近づけるための詰め込み教育ではありません。

「親がいなくなっても、社会の中で愛され、穏やかに生きていける土台」

を作ることです。



未来を変えるための「今日からのアクション」


では、具体的に何をすればいいのか?

ケイコさんの教訓と、私が7年間の試行錯誤でたどり着いた結論は一致しました。

それは、以下の2点を徹底することです。

①徹底的な「土台作り」

不安定な精神は、不安定な身体から生まれます。

脳の興奮を鎮め、我慢できる心を育てるためには。
まず「歩くこと」や「生活リズム」といった身体的なアプローチが不可欠です。

②こだわりを「強化」させない予防線

良かれと思ったスケジュール管理が、将来子どもを縛る鎖にならないように。

「予定が変わっても大丈夫」
「違う道を通っても楽しい」

という経験を、日々の生活の中で意図的に積み重ねていく必要があります。



10年後の「大丈夫」を作るために


ここまで読んで、

「頭ではわかるけれど、具体的に家で何をすればいいの?」

と思われた方もいるかもしれません。

「今はまだ小さいし、目の前の癇癪を止めるので精一杯」

「療育先で言われたことをやっているけれど、本当にこれでいいのかな……」

そんなふうに、日々の対応に追われ、不安を感じながら過ごしている方が多いのではないでしょうか。

かつての私もそうでした。

しかし、ケイコさんの話を聞いてはっきりしたのは、

「一般的な教科書通りの対応」が、必ずしも我が子の「10年後の幸せ」につながるとは限らない

という事実です。

もし、このまま独自のこだわりを強める関わりを続けてしまったら。

体が大きくなったとき、力で抑えることも、言葉で説得することもできなくなってしまったら。

そんな未来を回避し、親子で穏やかに笑って暮らすために。

私が7年間、失敗を繰り返しながらたどり着いた「家庭でできる具体的な土台作り」と「予防の実践法」を、一つのロードマップとしてまとめました。

これは、単なるノウハウ集ではありません。

今のうちから打っておくべき「先手」を知り、迷いなく子どもと向き合うための「地図」です。

「あのとき、こういう関わり方を知っていれば」と後悔しないために。

もし、お子さんの未来のために「今できること」を具体的に知りたいと思われたなら。

ぜひ一度、以下の記録を覗いてみてください。

▼「将来の不安」を「具体的な行動」に変えるロードマップはこちら

 

 

はじめに:その「しつけ」、子どもの脳には「騒音」かもしれません


「何度言ったらわかるの!」
「静かにして!」
「ダメって言ったでしょ!」

かつての私は、言葉の通じない娘に向かって、毎日そう叫んでいました。

そして、そのたびに火に油を注いだように激しくなる娘の癇癪を前に、途方に暮れていました。

現在、娘は小学2年生(8歳)になりました。
知的障害の程度は「重度」。
発語は今もありません。

しかし、今の我が家には、かつてのような殺伐とした空気はありません。

娘は穏やかな表情で過ごす時間が増え、私たち親も、娘のパニックに動じることなく対処できるようになりました。

なぜ、変われたのか。

それは私たちが、ある残酷な事実に気づき、親としての「在り方」を根本から変えたからです。

その事実とは、

「私たちの必死の『言葉』や『感情』が、娘にとってはただの不快な『騒音(ノイズ)』でしかなかった」

ということです。

これは、綺麗ごとの育児論ではありません。
障害を持つ子と親が、この社会で生き抜くための「戦略」です。

私たち親が、子どもの年齢(発達段階)に合わせて、
どのように「声」を操り、「呼吸」を整え、「選択」を見せてきたのか。

7年間の泥臭い試行錯誤の記録と、そこから導き出した「親の技術」を包み隠さずお伝えします。

第1章:【1~3歳】「声のトーン」が命綱。言葉の理解を捨て、動物的な安心感を与える

娘が2歳の頃。
それは我が家にとって「暗黒の時代」でした。

言葉は一切出ず、こちらの呼びかけにも反応しない。

目が合うことさえ稀で、気に入らないことがあれば場所を選ばず床に転がり、頭を打ち付けて泣き叫ぶ。

外出時は、一瞬でも手を離せばどこかへ消えてしまうため、常に命綱のように娘の手を強く握りしめていました。

当時の私たち夫婦は、療育書や療育の専門家のアドバイスを真に受けて、必死にこうしていました。

「高いトーンで、明るく、大げさに褒める!」

娘が偶然、おもちゃを片付けられたとき。
満面の笑みと高い声で、「すごーい! えらいね!!」と叫び、拍手をしました。

その瞬間です。

娘はビクッと体を震わせ、耳をふさぎ、恐怖に引きつった顔で泣き出したんです。

愕然としました。

「褒めているのに、なぜ?」

後に、私は感覚統合や脳科学の書籍を読み漁り、一つの仮説にたどり着きました。

聴覚過敏や対人不安を持つ娘にとって。

私たちの「高い声」や「急な拍手」は、称賛ではなく「予測不能な爆音」という攻撃でしかなかったんです。

言葉の意味が理解できない娘に、親の言葉は「音」としてしか届きません。

動物が唸り声で威嚇を感じ取るように。

娘も私たち親の「興奮した声(それがたとえ褒め言葉であっても)」から、「異常事態」「危険」というシグナルを受け取っていたんです。

そこで、私たちは戦略を180度転換しました。

「感情を捨て、声を低く、一定に保つ」

これに徹することにしたんです。

娘が牛乳を床にぶちまけたとき。

以前なら「あーっ! 何やってるの!」と叫んでいた場面で。
私は深呼吸をし、能面のような無表情を作ります。

そして、低く、静かなトーンで一言だけ告げます。

「拭いてください」

娘が療育センターの建物を前にして、パニックで泣き叫んでいるとき。

「大丈夫だよ! 楽しいよ! 頑張ろう!」と必死に励ますのをやめました。

代わりに、ただ隣に立ち、低く太い声で「入ります」とだけ告げ、淡々と行動を促しました。

「怒鳴らない」というのは、子どもを甘やかすことではありません。

子どもの脳内にある「警報装置(扁桃体)」を刺激しないための、親側の高度な感情コントロール技術なんです。

この「声のトーンの制御」を徹底し始めてから、娘のパニックの頻度は明らかに減り始めました。

親が「動じない岩」のように振る舞うことで、娘は「ここは安全なんだ」という動物的な安心感を得られるようになったんだと思います。

言葉が通じない時期だからこそ、言葉の内容ではなく、その「音色」に命を懸ける。

これが、私たちが最初に手に入れた「戦略」でした。

第2章:【4~5歳】親の「呼吸」と「姿勢」が、子どもの鏡になる

言葉の理解がおぼつかない娘との生活は、幼稚園に入園する4歳頃から、新たな局面を迎えました。

 

年中から年長にかけての時期、娘は頻繁にお漏らしをするようになりました。

日中はパンツで過ごせる日が増え、トイトレもあと一歩だと思っていたのに。

幼稚園の帰り道や、車での移動中、何の前触れもなく座席を濡らしてしまうんです。

さらに私たちを追い詰めたのが、連日の鼻血でした。

朝起きると枕が血で真っ赤になっていたり、園から帰宅してホッとした瞬間にタラーっと流れてきたり。

耳鼻科に通っても、

「粘膜が弱いせいもあるが、触りすぎや興奮も原因」
と言われるばかりで、根本的な解決策が見つかりませんでした。

「また漏らしたの!?」
「鼻、いじらないでって言ったでしょ!」

私たちは焦りました。

「このまま小学校に上がれるのだろうか?」
という不安が常に頭をよぎり。

娘の失敗を見るたびに、私の眉間には深いしわが寄り、呼吸は浅く、早くなっていました。

しかし、私が焦れば焦るほど、娘が鼻血を出す頻度は減らず、お漏らしの頻度も増えていくという悪循環に陥りました。

娘は私の「焦り」や「ピリピリした空気」を、言葉ではなく、私の乱れた呼吸や前のめりな姿勢から、敏感に感じ取っていたんです。

親の緊張は、空気感染します。

特に、言語によるコミュニケーションが苦手な娘のような子の場合。

相手の「生体情報(呼吸、脈拍、筋肉の緊張)」を読み取る能力が、野生動物並みに鋭敏なのかもしれません。

そこで私は、意識的に自分の「身体」を操作することにしました。

トラブルが起きたときこそ、「深呼吸」し、「姿勢」を正すんです。

娘がお漏らしをしたとき。

以前なら「ああもう!」と慌てて雑巾を取りに走っていた場面で、私はまず、その場で大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐きました。

そして、背筋を伸ばし、堂々とした姿勢で娘の前に立ちます。

「大丈夫だよ」と言葉で励ますよりも、親がどっしりと構え、深くゆったりとした呼吸を見せること。

これこそが、パニック寸前の娘の脳に「ここは安全だ」「非常事態ではない」という最強のメッセージとして届くんです。

鼻血が出たときも同じです。

親が動揺して「止まらない、どうしよう」と慌てふためくと、娘の心拍数も上がり、血圧が上がって余計に血が止まらなくなります。

だからこそ、私は医者のように冷静に、無駄のない動きで処置をし、娘の背中を一定のリズムでさすり続けました。

私の呼吸のリズムを、娘に移すようなイメージです。

不思議なことに、私が身体の力を抜き、呼吸を整えるようになると、娘の身体的な緊張もほぐれていくのが分かりました。

もちろん、それだけでお漏らしや鼻血がゼロになったわけではありません。

でも、そこから二次的なパニック(癇癪や自傷)につながることは劇的に減りました。

「親が整えば、子も整う」

4歳から5歳の時期に学んだこと。

それは精神論ではなく、物理的な「親の在り方」が、子どもの自律神経に直結しているという事実でした。

第3章:【ブレイクスルー】精神論だけでは限界がある。「身体」という土台への介入

声を低くし、呼吸を整え、私たちは「動じない親」を演じ続けました。

娘のパニックの頻度は確かに減り。
幼稚園の年長になる頃には、以前のような状況からは脱しつつありました。

しかし、一難去ってまた一難。

成長と共に、新たな、そして非常に悩ましい問題行動が顔を出しました。

それは、手持ち無沙汰になると「股間を執拗にいじる」という行為です。

家でテレビを見ているとき、車で移動しているとき。
酷いときには外出先の電車の中や、スーパーのレジ待ちの間でも。

ふとした瞬間に、娘の手は無意識に股間へと伸びていました。

「やめなさい」と手を払いのけても、数秒後にはまた手が動いている。

止められると、今度は爪をむしったりする自傷的な行動にスライドしていくこともありました。

私たちは悩み、焦りました。

「愛情不足なのかな?」
「何か強いストレスを感じているのかな?」

必死に娘の心を読み解こうとし、さらに優しく接し、環境を整えようとしました。

しかし、私たちの穏やかな対応とは裏腹に、娘の行動は一向に収まる気配がありませんでした。

暇さえあれば感覚刺激に没頭し、目が虚ろになり、こちらの声がまったく届かなくなるんです。

そんな状態の中で、ある事実に立ち返りました。

それは、娘がこの行動をするのが決まって、「身体を動かしていないとき」だということです。

幼稚園の運動会で全力を出し切った日の夜。
あるいは、家族で遠出して一日中外で活動した日の帰り道。

そういった「身体的に疲れ切った日」には、娘の情緒は安定し、憑き物が落ちたように穏やかな顔で眠りについていました。

 

ここで、一つの仮説を立て直しました。

娘の成長に伴い、これまで通りの活動量では、彼女の有り余る身体的エネルギーを発散しきれなくなっていたのではないか。

出口を失ったエネルギーが、身体の内側にこもり、感覚探求(股間いじり)という形で暴走しているのではないか、と。

そこで、私たちは、
これまで実践していた「歩く」という習慣を、

単なる移動や気晴らしではなく、娘の脳と身体を整えるための「トレーニング」として再定義し、徹底的に強化することにしました。

雨の日も風の日も、親と子が手を取り合い、ただひたすらに歩く。

平坦な道だけでなく、坂道や階段を選び、娘の足裏に地球の重力をしっかりと感じさせ、心拍数を上げるような「質の高い歩き」を毎日続けました。

ここで、正直にお伝えしなければならないことがあります。

この「徹底的に歩く」という取り組みによって、股間いじりがピタリと止まったかというと……答えは「NO」です。

どれだけ歩いても、ふとした瞬間に手は伸びました。
魔法のように問題行動が消えることはありませんでした。

「じゃあ、意味がなかったのか?」
いいえ、決してそうではありません。

問題行動そのものは残りましたが、歩くことを強化したことで、娘の「生活のベース」が劇的に安定したんです。

しっかりと身体を使い切ることで、夜の寝つきが良くなりました。

情緒の波が穏やかになり、癇癪を起こしても切り替えが早くなりました。

もし、あのとき「歩くこと」を強化していなかったら。

娘の余剰エネルギーはさらに暴走し、股間いじりどころではない、もっと激しい自傷や他害につながっていたかもしれません。

「脳を変えるには、まず身体から」

親の精神修養だけでは限界があります。

子どもの脳が暴走しているとき、必要なのは「言葉」でも「魔法の解決策」でもなく。

脳を鎮めるための「物理的なスイッチ=歩くこと」なんです。

直接的な解決にはならなくても、身体という土台を整え続けること。

それが、親にできる唯一にして最大の「守り」なんだと痛感しました。

そして、この時期に培った「身体づくり」という土台があったからこそ。

次に訪れる就学後の「驚異的な集中力」へとつながっていくんです。

第4章:【6歳~】親の「選択」を背中で語る。234ピースのパズルが教えてくれたこと

身体へのアプローチを続け、さらに生活の土台が整ってきた年長の頃。

娘は驚くべき変化を見せました。

それは、「234ピースのジグソーパズル」への挑戦です。

以前の娘なら、数ピースつなげてうまくいかなければ、すぐに癇癪を起こしてピースをばら撒いていたでしょう。

しかし、このときの娘は違いました。

1時間近くもの間、無言で座り続け、小さなピースの形状と色を見極め、試行錯誤を繰り返していたんです。

そして、見事に自力で完成させることができるようになりました。

この集中力と粘り強さは、どこから生まれたのか。

身体の土台が整ったことに加え、私は「親の行動選択」を娘が模倣し始めた結果ではないかと感じています。

言葉での理解が難しい分。
娘は親の「とっさの行動」や「雰囲気」を、私たちが思う以上に鋭く観察しています。

特に、思い通りにいかないときや、トラブルが起きたとき。

親がどう振る舞うかを、娘はその背中から「感情の処理方法」を学んでいたんです。

かつての私は、自分の思い通りにいかないとすぐにイライラし、それを態度に出していました。

「なんでこぼすんだよ!」
「早くしてって言ってるだろ!」

親が感情に任せて「怒り」というカードを切れば、子どももまた、気に入らないことがあったときに「癇癪」というカードを切るようになります。

これは当然の帰結です。

そこで私は、日常生活の中で意識的に「別の選択肢」を見せるようにしました。

失敗したとき、イライラしたとき。

反射的に怒鳴ったり舌打ちをするのではなく、あえて一呼吸置き、淡々とリカバリーする姿を見せるんです。

「失敗しても、直せばいい」
「イライラしても、暴れなくていい」

言葉で「我慢しなさい」と教えることには限界があります。

しかし、親が身をもって「感情に支配されない選択」を見せ続ければ、子どもは無意識のうちにその振る舞いをインストールします。

パズルに取り組む娘を見ていると。

ピースが上手くはまらないとき、彼女の手がストレスで一瞬震えるのが分かります。

しかし、彼女はそこでピースを投げません。

一度手を止め、別のピースを手に取るんです。

その姿は、私が必死に演じてきた「冷静な親」の姿と重なりました。

6歳、そして小学生になった今。

必要なのは、しつけや説教ではありません。

親自身が、「理不尽な現実を前にしても、腐らず、どう建設的に対処するか」という背中を見せ続けること。

その覚悟こそが、娘の「生きる力」になっているんです。

 

第5章:「様子を見ましょう」は猛毒。親こそが最高の専門家

娘が2歳、3歳と年齢を重ねても言葉が出ず、多動や癇癪が激しかった頃。

私たちは周囲の人たちから、数え切れないほどの「優しい言葉」をかけられました。

「男の子は言葉が遅いって言うし、女の子でもそういう子いるよ」
「個性だよ、そのうち喋るようになるから大丈夫」
「今は様子を見ましょう。焦らなくても平気だよ」

悪気がないのは分かっています。
私たちを傷つけまいとする、彼らなりの配慮だったのでしょう。

しかし、あえて厳しい言葉を使います。

障害のある子、あるいはその疑いがある子を持つ親にとって、この「様子を見ましょう」という言葉は、子どもの可能性を殺す「猛毒」でしかありません。

定型発達の子であれば、放っておいても環境から勝手に学び、勝手に伸びていきます。

「様子を見る」ことは、彼らにとっては「成長を待つ」という意味になります。

ですが、私たちの子どもは違います。

この子たちの脳は、適切な「入力(インプット)」と、ノイズを取り除いた「環境調整」がなければ、育ちにくい特性を持っています。

私たちにとっての「様子を見る」とは、「現状維持」ではありません。

それは、二度と戻らない脳の爆発的な成長期(ゴールデンエイジ)を、指をくわえて見送るという「可能性の消失」と同義なんです。

私がそれに気づいたのは、娘が年長の頃でした。

前述したように、当時、娘には「股間をいじる」という問題行動が頻発していました。

療育センターの先生や、定期健診の医師に相談しても、返ってくる答えは決まっていて。

「手持ち無沙汰なんでしょうね。おもちゃを持たせて気を逸らせましょう」

「時期的なものかもしれませんね。様子を見ましょう」

専門家の意見は、教科書的には正解です。

しかし、24時間365日、娘と対峙している私には、それが単なる「暇つぶし」ではないことが痛いほど分かっていました。

娘が股間に手を伸ばすのは、決まって「不安」や「情報の処理落ち」が起きているときでした。

テレビの音が大きすぎたとき。

初めての場所で、次に何をすればいいか分からないとき。

あるいは、私たちが忙しくて構ってあげられず、孤独を感じているとき。

娘の手は、SOSのサインとして股間へ伸びていたんです。

それは「暇だからやっている」のではなく。

自分の身体を触ることで安心感を得ようとする、切実な「自己防衛反応」でした。

この微細な法則性に気づけるのは、世界中で私たち親だけです。

週に1回、たった1時間しか会わない専門家に、このリアルな文脈が見えるはずがありません。

専門家が見ているのは、診察室や教室という「点」です。

対して、私たち親が見ているのは、朝起きてから夜寝るまでの「線」、そして生まれてから今日までの「面」です。

たとえば、「熱は下がったけれど、食欲の戻り方がいつもと違うからまだ本調子じゃない」といった微細な判断。

これは、毎日の食事を見ている親にしかできません。

「股間いじり」だけではありません。

爪を噛む音。
髪の毛を口に入れる仕草。
意味もなく甲高い声を出すタイミング。

これらの一つひとつが、娘の脳内で何が起きているかを知らせる重要なアラートでした。

たとえば、娘が髪の毛を口に入れ始めたら、それは「眠い」か「退屈」のサイン。

爪を噛み始めたら、それは「現在の活動が難しすぎてストレスを感じている」サイン。

これらを「悪い癖」として叱りつけたり、「そのうち治る」と放置したりすることは、娘のSOSを握りつぶすことと同じでした。

私たちは、「様子を見る」のをやめました。

サインが出たら、即座に介入する。

髪を口に入れたら、「眠いんだね、寝ようか」と布団へ誘う。

爪を噛んだら、課題のレベルを下げて「できた!」という達成感で上書きする。

そうやって、親が主体的に環境を調整し続けることで、娘の問題行動は少しずつ、しかし確実に減っていきました。

股間をいじる回数が減ったのは、娘が我慢強くなったからではありません。

私たちが「不安の種」を先回りして摘み取り続けた結果、そうする必要がなくなったからです。

この経験から、私は一つの覚悟を決めました。

「専門家は、あくまでアドバイザー。一番の理解者(専門家)は自分たちだ」

療育の先生が「こうしましょう」と言っても、家での娘の様子を見て「それは違う」と思えば、私は自分の感覚を信じました。

医師が「まだ早い」と言っても、娘が興味を示しているなら、私は迷わず挑戦させました。

「素人の判断で大丈夫か?」と不安になる夜もありました。

しかし、結果として、娘を一番伸ばしたのは、高名な先生のメソッドではなく、私たちが泥臭く積み上げた「我が家流のルール」でした。

専門家に丸投げする依存心を捨ててください。
「先生が何とかしてくれる」という甘えを断ち切ってください。

あなたが、お子さんの世界で唯一の、そして最高の専門家になるんです。

その覚悟が決まった瞬間から、お子さんの景色は変わり始めます。

「様子を見ましょう」という言葉に逃げず。
今、目の前にあるサインから目を逸らさないでください。

第6章:結論。親が変われば、子どもの「世界」が変わる

娘は現在、小学2年生、8歳です。

発語は、今もありません。
知的障害の程度は「重度」です。

もし、娘が2歳の頃の私が、今のこの状況だけを切り取って聞かされたら、どう思うでしょうか。

「8歳になっても喋らないのか」
「結局、障害は重いままなのか」

そう絶望し、膝から崩れ落ちていたかもしれません。

けれど、胸を張って言えます。
今の私は、娘との毎日を心から「幸せだ」と感じています。

娘は毎日、支援級に元気に通い、放デイではお友だちと楽しく過ごしています。
家でも、ニコニコと妹たちと過ごせています。

言葉はなくても、ジェスチャーや絵カードを使って「お茶が飲みたい」「テレビが見たい」と、自分の意思をはっきりと伝えてくれます。

パニックになりそうなときも、自分で気持ちを落ち着ける方法を探そうとする姿が見られます。

あの頃、言葉が通じず、床に頭を打ち付けて泣き叫んでいた娘は、もうそこにはいません。

穏やかで、自分の意思を持った一人の少女が、そこにいます。

障害そのものは、治っていません。
なくなってもいません。

では、何が変わったのか。
私たち親の「考え方」そのものです。

私たちは、「普通に近づけよう」という叶わない執着を捨てました。

「言葉を喋らせよう」という無理な訓練をやめました。

その代わりに、私たちが手に入れたのは、娘の言葉にならない声を聴く技術です。

そして、娘の身体と心を整えるための「一番の理解者」としての覚悟です。

 

幼少期は、低い声で安心感を与え、脳の興奮を鎮めることに徹しました。

年中・年長では、呼吸と姿勢で動じない姿を見せ、娘の不安をまるごと受け止めました。

小学生になった今は、言葉ではなく背中で選択肢を語り、生きる姿勢を伝えています。

娘の成長に合わせて、私たち親が「変わり続けてきた」んです。

「親が変われば、子どもの世界が変わる」

これは比喩ではありません。
親が関わり方を変えることで、子どもを取り巻く環境(世界)の「居心地」が劇的に変わるんです。

居心地の良い世界でなら、子どもは安心して本来の力を発揮できます。

その結果として、娘は重度知的障害でありながら、驚異的な集中力で234ピースのパズルを完成させる力を手に入れました。

立ったまま靴下を履き、小さなボタンを自分で留め、自分の身の回りのことができるようになりました。

これらはすべて、親が「できない」と嘆くのをやめ、「どうすればできるか」を観察し、環境設定した結果です。

早期療育の期間、私たちが必死に積み上げてきた試行錯誤。

それは、娘の障害を消すためのものではありませんでした。

娘が、この個性を持ったままで、
「この社会で穏やかに生きていくための土台」
を作るための時間だったんです。

あなたが今、暗闇の中で「この子は将来どうなるんだろう」と震えているなら。

どうか、焦らないでください。
でも、決して止まらないでください。

「様子を見る」のではなく、今日から「実験」を始めてください。

声のトーンを一つ落としてみる。
癇癪が起きたら、深呼吸をしてみる。
言葉で叱る代わりに、環境を変えてみる。

その小さな親の変化を、子どもは必ず敏感に感じ取ります。

その積み重ねこそが、1年後、5年後、10年後の「家族の笑顔」への最大の投資になるはずです。

娘は、私たちの誇りです。
そして、これから先の未来も、私たちは変わり続け、娘と共に成長し続けるでしょう。

私たち家族が7年間かけてたどり着いた、この「家族が笑って過ごすための知恵」。

その具体的な道のりは、別の記事にまとめています。

この記事で触れた「物理的な身体への介入」の具体的な手順や、癇癪の地雷を取り除く「分析の方法」など。

ここには書ききれなかった「明日から使える工夫」をすべて詰め込んでいます。

もしあなたが、遠回りをせず、最短ルートで「我が子だけの正解」にたどり着きたいと願うなら。

ぜひ、以下の記事を読んでみてください。

あなたの「親としての変化」を、全力でサポートします。