本予告PV
普通に期待していて、観に行く予定
なにせSEEDは自分が学生時代にアニメにハマるきっかけになり
これを見てオタクになったような作品だから
当時は制作者とか業界の裏側とかを調べたいと思わなかったから知らなかったけど
制作陣の人間関係がドロドロしているというのはあとになって噂?でよく眼にする
今回もカガリのCVが違ってるのは、監督がカガリの中の人を嫌いだからとか
監督のTwitterを眺めてみても、色々と拗らせてややこしい人だというのはパッと見でわかってしまう
それはそれとして、フリーダム
結構期待している
というか、去年から毎週土曜日にサンテレビで再放送している
SEEDとデスティニーを毎週リアルタイムで見ています
やっぱりSEEDは面白い
当時は、いにしえのガンダムオタクに「これはガンダムではない」と否定やネガキャンされまくってましたが
今のようにガンダムアニメ自体が多様化している中
むしろ賛の声の方が多いだろう
描くシナリオやテーマも初代ガンダムを踏襲しており、それを今風(20年前の今。だけど…)にアレンジしたものだし
しかし、監督も本予告PVに対して「色々と情報を開示しすぎた」と呟いたけども
あれで大枠のシナリオは予想がつきました
ちなみに自分はフリーダムに関しては、YouTubeや Twitterに流れるPVくらいからしか情報を得てません
制作インタビューとかもアニメ雑誌とかで情報あるのかな?
SEEDってすごくシンプルな話ではあります
初代ガンダムをリスペクト、オマージュしまくり
なぜ、人は争い。分かり合えないのか
を色々な切り口で描いてくる
デスティニーが、人は分かり合えないから
みんなが幸せになるには管理するしかないよね?と
遺伝子工学に基づき調整された未来(運命)を強制的に人に与えようとした議長に
キラが、それでもぼくは未来を自由に選びたい
としたお話
ガンダムのいくつかの作品に共通するテーマは「それでも!」なんです
それが色濃く出たのがユニコーンか
創作において、爆発する感情というのはプラス要素として考えられやすい
既定された未来、束縛される自由に対して
支配から脱却するカタルシス
運命を自由のための翼と剣で打ち破るのが2期の話でした
3期、というか映画はどういうお話になるのかってのは本予告PVから素直に予想すると
コーディネーターを超える存在の出現
というギミックから
おそらく、FGO二部でキリシュタリアが行おうとしていたことを人為的になぞるんだろうな、と
人は今のままでは無限に争いあい、幸せになれない
だから、人を超えた存在を人為的に作り出し
人のステージを1段階上げることにより、争わなくてもいい世界を作る
争いが起きるのは、人が低次元な存在だからだ
だから高次元の存在へと人が昇華できるなら
この世界から争いはなくなる
ゆえに、世界はコーディネーターを超えた新しい人類だけの楽園として
旧人類は全てこの世界から一掃させる
という
新人類vsナチュラル、コーディネーター
の構図になるかと
しかし、予想どおりなら特に目新しい展開にもならなさそうだから
是非とも、この予想の大枠は外れて欲しいけど
人気作の映画化というところからも、冒険はしないだろうし無難なところにおちつくんだろうなぁ
人気作品ほど、無難を選びたがる
破天荒を続けられたのはエヴァくらいなもの
コードギアスも、2期のラストは
過去(シャルル)→現在(シュナイゼル)→未来(ルルーシュ)と無難に落ち着いたし
これ以上の幸せも不幸もない、停滞し続ける"いま"を永遠に続けようとしたシュナイゼルに対して
ルルーシュは「それでも!」理論により、不確定ではあるが自由がある未来を選ぶ
本当に、あらゆる創作は「それでも!」に終わる
シンフォギア風に言えば「だとしても!」
エヴァでさえ、シンジが「それでも!」を選択したからハッピーエンドになったわけで
脚本作りにおける不文律みたいなものだろう
主人公側が、世界の均衡を保つための管理世界。いわゆるディストピアを世界に強制するようなラストに繋がるロボットアニメ作れば
奇をてらって逆に売れるかも?
いや、ありえないか
どういうシナリオがウケるか、のルールはあるわけで
そんなシナリオが面白くなるわけがない
束縛や不自由を打ち破る際の活力が、エンタメに繋がるわけであり
その流れに、いわゆるキャラ萌えや戦闘燃えで味付けするからオタクにウケるんだから
色々と話が脱線しましたが
フリーダムの映画のテーマは、FGOのキリシュタリアのシナリオをまんまなぞると予想しています