ひなた最恐伝説の幕開けかと思いきや
普段通りのひなたで良かった
いや、立場によってひなたの怖さは変わる
巫女や若葉様、四国の人々にとっては優しいひなたでも
大赦で権力に溺れようとしていた神官たちにとっては恐怖の象徴でしかなかっただろう
大赦という組織を正常なモノへと近づけさせる為に、自分自身をシステムの一部として
歯車として機能させたひなた
描かれていないだけでおそらく大奥並みのエゲツない事はやってのけているのだろう
しかし全ては若葉様と亡くなった勇者と巫女と四国の人々の為
ひなたには自身から溢れる欲求が希薄
空虚な人間と自白していた
文章のみから推し量る場合、それで間違いないのだろう
近いキャラクターが化物語の委員長タイプなのかもしれない
他人を尊重するあまり自分を蔑ろにする
自分には空っぽで何もないから他人の中に自分を見つけようとする
博愛や他者の尊重は一周回って自分探し、自分はそういう人間なんだという答えを作り出し、自らを安心・納得させたいが為に更に善行を重ねる
偽善者とは自分の為に善行を働く者であるが
言うなれば自分の定義づけという目的の為に、善行を手段として用いる
そうであるならば
ひなたにとっての若葉の存在とは
偽りの愛ではないのか
いや、そんな事はあり得ないのだけども
ひなたにとっては若葉は本当に大切な存在だから若葉を守るために大赦を掌握する事を決意したわけで
でも、若葉を守ることすらも手段であり自分の存在意義を若葉の中に見出したいが為に行っているのでは?とよぎってしまうのがひなたという存在
今回の話は考察、解釈するのが非常に難しく感じます
鍵反射のくだりが難しくしている
というのも、自分の持論と常日頃から考えている偽善についての解釈と今回の話は妙にマッチしてしまっているから
自分以外の人間を大切にし過ぎている人間は、実は1番大切なのは自分自身
なぜ誰かを大切にし過ぎているかは、誰かを大切にしている光景を他の誰かに見られる事で
「ああ、この人はこういう人なのか」と評価されて、自分自身をそういう風に評価してもらう事により「安心」したいから
なぜ、安心したいかというと
自分自身が空っぽすぎて自分で自分の定義付けが行えない
だから、誰かを利用することによって他人の中に自分の形を見出そうとしている
その者にとっての善行とは自分探しの為だけに行うモノ
ぶっちゃけて言うと、今の若い世代のなんちゃって優等生はぜんぶコレなのではないか
久しぶりに感想がまとまらないので一旦ここらで止めておきます
今回のひなたの心情は凄く複雑
自分自身を「ずるい人間なんです」と打ち明ける時点で優しい人間なのは明白なんですが
優しさがゲシュタルト崩壊して優しさの迷路に入ってしまったので今日はこの辺りにしておきます
そういうば花本さんが生贄にならなくて良かった