「悲しい」という感情に
殺されそうになるくらい苦しい

泣き疲れて眠りにつき
また絶望からはじまる朝が来る

意識ある時間すべてがつらかった







当時、映画「ボヘミアン・ラプソディ」が
大ヒットしていて、
妊娠中なんども旦那と見に行った



ふたりでハマって
Queenのアルバムも聴きまくった



いろんな番組で
Queenの曲が使われてる

死産後は流れるテレビから
その曲が聴こえてくるだけで
息ができなくなった

あのときの娘の胎動を
はっきりと思い出す

たしかに、生きていたのに。




怖くてなにも見れない
なにも聴けない

どこにも行きたくない
だれにも会いたくない


どんどん悲しみの底へ落ちていった






周りにたくさんひとは居ても
同じ経験者はいない

寄り添ってくれるひとは居ても
本当の意味で理解できるひとはいない


孤独だった




唯一、わたしのすべてを
わかってくれるのは旦那だけだった



だけど、

この生き地獄のような毎日を
じぶんだけは倒れちゃいけないと
必死の思いで立ってる旦那を

わたしはよくわかっていた





旦那はあの火葬場以来
一度も泣いていない


枯れることなく泣き続けるわたしを
悲しそうな顔で抱きしめるだけ



じぶんの腕の中で弱っていった娘
じぶんの誕生日に死んだ娘



つらくないわけがない
泣けない旦那が
いちばんつらいはずだった





ある日の夜、
寝てる旦那が息をしているか確認した


娘が死んでから
わたしはよくこれをするようになった


「しんでしまいたい」と言うくせに

「だれかが死ぬこと」を
異常なまでに怖がった




良かった、生きてる。

心臓にも耳をあてて

大丈夫、生きてる。



そのときの旦那の寝顔が
あの日の娘にそっくりで。


ぽかーんと口をあけて眠る
あのかわいい娘とおんなじ顔で。


本当に、びっくりするほど。




なぜかそのときものすごく

「わたしは生きなければならない」
と思った。




娘はわたしたちを
ただ悲しませるためだけに来たんじゃない


「胎盤剥離で不運で死んだ」わけじゃない


きっと、わかってたんだ。

どんなことをしたって、
じぶんが長く生きられないことを。



それでも娘が伝えたかったこと
わたしが受け取らないと。







そう気づいてからやっと、
悲しみの底から這い上がりはじめた。







「こう思えるのは娘のおかげ。」

そう思う出来事があるたびに
娘からの命がけのメッセージに気づく。



わたしは残りの人生で
それを余すことなく受け取り

娘に会いに行きたい。