ご覧いただいている方、ありがとうございます。
ブログのタイトルを変えました。
「コミュ力は50点でいい!対人恐怖症克服のためのブログ」です。
ネット上の記事やツイッターなどを見ていたら、ぼくが過去に苦しんだ対人恐怖症に悩んでいる方が多いということを知り、その手助けができればと思い、これからは対人恐怖症に悩んでいる方に向けた情報発信をしていこうと思います。
趣旨に賛同していただけるようなら、よかったらこれからも応援よろしくお願いします!!
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この記事では、僕が対人恐怖症に悩んでいた過去を紹介します。
この記事を見ることで、同じ悩みをもっている方が自分だけではないんだと思ってくれたらうれしいです。
僕の子ども時代に話はさかのぼります。
小学校の途中くらいまで、対人関係に恐怖や不安を感じたことはありませんでした。
少ないながらも友達はいましたし、授業でもふつうに発言できていました。
僕が対人関係に問題を抱えだしたのは、小学校高学年の時でした。

何があったかというと、転校です。
うちは長らく東京近郊に住んでいましたが、親の転勤で突然地方に移ることになりました。
転校先の学校。そこでぶつかった壁が、言葉(=方言)です。
会話の中で聞き取れない・意味の分からない言葉があることに気づきます。
さらに、同じ言葉でも標準語と意味が違う言葉もありました。
このため、会話がかみ合わず、少しずつ自分から他者を避けるようになっていきました。
また、転校生という存在は地方では珍しく、校内の他の児童から注目されたことも、他者の目を気にするきっかけとなったように思います。
中学校に入ると、具体的な症状が出てきます。
このころはまだ友達がいました。なんとなく自分と同じようなおとなしめの生徒たちが集まったグループで、それなりに過ごしていました。
ただ、ある日人前でなぜか笑えなくなっている自分に気づいたのです。
笑えなくなった正確な原因は今でもわかりません。
また、だんだんと雑談をすることが苦痛になりました。
当時はまだインターネットがこの世に登場したばかり。同級生の話題はテレビドラマの話が中心であり、テレビ番組に興味が無かった自分は話題が合わなくて少しずつ孤立していきました。

今思えば、話題を合わせるためにテレビを見るようにしたらよかったのかもしれませんね。
ただ、ぼくは表面上はおとなしいのですが、内面は強情なところがあって、見たくもないテレビ番組なんて絶対見るもんか!・・・という強い意志?があり、話題を合わせるためにテレビを見ようということはしませんでした。
ぼくは徐々に孤立していくのですが、このころは群れたくないというような気持ちの方が強く、休み時間は図書館に行ったり、廊下をぶらぶら歩いたり、むしろ孤独を自分なりに楽しんでいました。
中学校生活の後半だったと思います。
いつの間にか家庭での自分と、学校での自分に大きな差が出てくるようになっていました。
よくしゃべり笑ってばかりの自分と、一人静かに過ごして決して笑わない自分。
まるで別人のようでした。
このような「自分の使いわけ」に、はじめて気づいたのは家族で買い物に行ったときでした。
ぼくの家は家族仲が良く、家族そろって頻繁に旅行や買い物に出かけていました。(一緒に行く友達がいなかったためでもありますが・・)

ある日、行き先のスーパーで、いつも通り母や弟と楽しく話しながら買い物をしていると、クラスメイトとばったり出会ったのです。
その時、浮かんだ感情は、「笑顔を見られたくない・大きい声を出しているのを聞かれたくない」でした。
笑うことを止め、声を小さくし、同級生とすれ違ってやり過ごす中で、逃げ出したい!という気持ちが爆発しました。
恥ずかしい、なんて生やさしい感情ではありません。本当の自分を知られてしまう恐怖、と言ったらよいのでしょうか。うまく言葉で説明することは難しいのですが、同じ体験をした方にはわかってもらえると思います。
この感情・家族と話している姿を誰かに見られる恐怖は、地元を離れる23歳ごろまで続きました。
高校に進学するとき、ぼくはある決意をしました。
上記の、家庭と学校でのギャップの苦しみをもう味わいたくないと思い、学校でも家と同じよく話し、よく笑うキャラクターを出そうと決心しました。同じ中学出身でぼくのことを知っている人は高校にいなかったため、人間関係をリセットできる!!と思ったのです。
高校デビューってやつですね。当時はそんな言葉も知りませんでしたが。
しかし、これは大失敗に終わりました。よく話すどころか自分から話しかけることができないことに気づいたのです。

中学校時代に友達と関わることを避け続けていたためか、会話の始め方がわからず、また、皆が好みそうな話題もわかりませんでした。クラスメイトからは無口な人という印象を持たれ、徐々にできていくクラス内のグループへ参加することもできず、孤立した存在になってしまいました。
[toc]
緘黙、という言葉を知っているでしょうか。かんもく、と読みます。
国語辞典には、「口を閉じて、しゃべらないこと。おしだまること。だんまり。無言。」とあります。
場面緘黙という言葉もあり、ある場面(例えば家庭)によってはふつうにしゃべれるが、別の場面(学校など)では緘黙状態になってしまう症状のことをいいます。
高校1年生の夏ごろには、ぼくはそのような状態になっていました。家では普通にしゃべれて、教室では無言で一日過ごす日々になりました。
・・・・・。
先に述べたように、中学生のころからそのような傾向はあったのですが、高校生になった時との違いは、それを強烈に辛いと感じるようになったことです。
周りの皆が楽しそうに話している様子を見るととても苦しい気持ちになりました。
話したいのに話せない、という苦しみは経験した人にしかわからないのかもしれません。
この、場面緘黙という言葉、もっと多くの人に知ってほしいと思っていて、また別の機会に記事にしようと思います。
場面緘黙で辛かった具体的な体験を挙げておこうと思います。
・授業で当てられてやむを得ず小さな声で答えた時の皆の注目の視線。
・昼食タイム。弁当持参で教室で食べるスタイルのぼくの高校では、机やいすを動かし、仲の良いグループで固まって食べている人がほとんどの中、一人で黙って食べていた。

・クラスである芸能人について好きか嫌いかの話題で盛り上がっているときに、「○○(自分の名前)、お前は好きだよな?うなずけよ!」と言われて別に好きでもなかったけど仕方なく首を縦に振った
・突然話しかけられて固まっていると、「返事がない。ただのしかばねのようだ」と当時はやっていたゲーム中のセリフを言われ、周りが爆笑。
・運動部に入ったが、うまくコミュニケーションできずに辞めようと思ったが、どうしても言い出せなくて置手紙で退部した。(これは辛かった体験というより迷惑をかけた話ですね(-_-;))
何度も何度も話そうと決意するけれど、緊張して、のどが渇いて、顔が赤くなって、うつむいた顔を上に向けるのさえ怖くて、結局話せないままで、帰宅の電車の中で今日も話せなかったと自分を責める。そんな毎日でした。
場面緘黙の状態になってから約一年後、クラスメイトのひとりがぼくに話しかけてくれるようになりました。
話しかけてくれるようになった理由はいまだにわかりません。
ぼくは自分からは話しかけられないけど、話しかけられたら答えることはなんとかできました。
はじめは授業の内容についての質問を1日2・3回聞かれ、答えるだけだったと思います。
でもそれが本当にうれしかった。何を話したかは覚えていないけど、うれしい感情だけは強烈に残っています。
そのうち、弁当を一緒に食べるようになりました。2年生の終わりか、3年生の初めだった気がします。
高校に入ってはじめて、誰かと一緒に食事をとることができたのです。

当時ぼくに声をかけてくれた彼にはただただ感謝です。
もし彼がいなかったら。ぼくはいまだに家族以外と話せないままだったのかもしれません。
・・・
以上、ぼくの対人恐怖症に悩んでいた過去をお話ししました。
上記の友達のおかげで、高校を卒業するころには対人恐怖症の症状がだいぶ軽くなっていました。
本当に友人には感謝です。
さて、高校を卒業したぼくは人間関係が怖くなくなり順調な生活を送れたかというと・・・実はそうではありませんでした。
対人恐怖が薄れても、今度は人との自然なつきあい方がわからず痛い目を見る日々、「コミュ障」に悩む日々が10年以上続いたのです。
それは、また別の機会に。
ここまでご覧いただいたみなさん。ありがとうございました。
じゅん@コミュ力研究家です。ご覧いただきありがとうございます。
前回の記事まで、コンフォートゾーンの話をしてきました。ぼくが今、ほとんど人見知りなく他人と接することができ、それなりに周りの人とつきあうことができているのは、自分なりのいろいろな挑戦の中で、コンフォートゾーンを広げることができていたからだと思います。※コンフォートゾーンを広げるとは?→こちら(過去記事)
今日からは、過去に自分が必死に取り組んだことを一日1つずつ紹介していきます。良かったものと失敗したものどちらも話そうと思います。何か参考にしてもらえたら幸いです。
それでは、今日紹介することは、
知らない人に「一緒にごはんを食べませんか?」と話しかけまくるという挑戦です。
この挑戦をしたのは、18歳、大学1年生の時でした。
それまでのぼくはコミュ障のピークで、特に高校生の時は3年生の一部の期間を除いて、ほぼ他人と話すことができていませんでした。
こんな自分を変えたいと思いついたのが、だれかとランチを一緒に食べることをすれば人見知りが克服されるのではないかというアイディアでした。
ぼくの行った大学には学生食堂がありました。セルフサービスで並んでいる料理をとって席に着く形式で、ショッピングセンターのフードコートのような感じです。1人で列に並んでいる人に片っ端から、ランチを一緒に食べませんかと話しかけました。
コミュ症改善になったか?結果から言うと成功でした。この経験は人見知りを劇的に改善させてくれました。
ただ、この挑戦では一緒にごはんを食べてくれる人はいませんでした。それはそうですよね・・・何の前置きも自己紹介も無く、見知らぬ男から突然「すみません。一緒にごはんをたべませんか?」と話しかけられて、はい、という人はいません。ぼくが可愛い女の子だったら違うかもしれませんが・・・
だからランチ友達をつくるという視点から見ると失敗ですよね。むしろ黒歴史といっても良いくらいです。
ぼくが成功だったというのは、人見知りが改善することにつながったからです。ランチを一緒に食べなくても、見知らぬ人に勇気を出して次々と話しかけること自体が良かったのです。
改めて振り返ると、話しかけた時に強く拒絶されることはありませんでした。やんわりと断られる状況でした。
断られてはいるけどあからさまには拒絶されないその反応を見て、徐々に人が怖くなくなっていったのではないかと今は分析しています。
このように、知らない人に話しかけることは「人慣れ」になり、今までハードルが高く感じていたことができるようになります。
それは、運動習慣が無かった人が毎日ジョギングを始めると、初めはしんどかったのに徐々に楽になることに似ているかもしれません。
と、いうことで過去の挑戦①を紹介しました!
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☆このブログでは、このように私じゅん@コミュ力研究家が、20年間のコミュ障克服のための経験から、ストレスフリーな人づきあいをするための考え方・方法を皆様にお伝えしていきます。ご意見や、相談大歓迎です。ぜひコメント欄から教えてください☆
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じゅん@コミュ力研究家です。
前回記事は自分のブログで最高の13人の方が見てくださいました。ありがとうございます。
前回記事の内容
④家族+気が合う幼馴染・親友がいて、その範囲なら大丈夫だが、職場のひととうまく話せない
⑤家族・親友・職場のなじみがある人とは何となく話せるが、取引先や店員さんなど初めてorたまにしか話さない人が苦手
④の状態の人が⑤になるにはどうすれば良いか?
という話でした。
ぼくは高校卒業のあたりまで、ふつうに会話できる相手は家族しかいないようなコミュ障状態でした。
その後、ぼくは以下のような取り組み(=自分なりの挑戦)をして、だんだんと家族以外の他者との関係を克服することができました。
はじめに言っておきますが、失敗や恥ずかしい思いもしたものもたくさんあります。聞いただけでドン引きされるようなものもありますが、当時のぼくは真剣でした。次の記事で詳しく話しますので失敗談含め参考にしてもらえたらうれしいです。
それではまずは箇条書きしてみます。
・コンビニのアルバイトをした。
・大学の食堂で、知らない人にいっしょにごはんを食べませんか?と話しかけまくった。
・通学途中、すれ違う人に、おはようございますと挨拶をした。
・外食の会計時、店員さんにごちそうさまでした。美味しかったです。と一言言うようにした。
・同級生がアクセスする掲示板に、匿名で違うキャラを演じてみた。
・大きい声を出すようにした。
・話すときの一人称を変えてみた。(ぼく→おれ)
・・・まだまだありますが、次回以降で「コンフォートゾーンを広げる」という意味においての成功経験・失敗経験をそれぞれ話していこうと思います!
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じゅん@コミュ力研究家です。いつもありがとうございます。
ぼくがコミュニケーションに悩む中でやってきたことについて話しています。
先日の記事で、コンフォートゾーンを広げるという話の中で、以下の7段階からあなたはどれに当てはまりますか、と質問をしました。
①自分以外、他人と話すのは家族含め一切ダメ
②両親またはどちらかとは大丈夫だが兄弟姉妹と話すのは苦手
③家族と話すのは大丈夫、家の外に出ると話せなくなる
④家族+気が合う幼馴染・親友がいて、その範囲なら大丈夫だが、職場のひととうまく話せない
⑤家族・親友・職場のなじみがある人とは何となく話せるが、取引先や店員さんなど初めてorたまにしか話さない人が苦手
⑥店などで行列に並んでいるとき、「暑いですねー」など一緒に並んでいる初対面の人と話すことができる
⑦基本的に誰にでもまったく抵抗なく話しかけることができる。
ぼくの提案は、⑤で十分なので⑤を目指してみませんかということです。
ぼくはこのブログで繰り返し、コミュ力は50点くらいで良いとお伝えしてきました。
誰もが⑦のような状態を目指す必要はないと思います。
家族・職場の人と良い関係を築くことができればそれで十分だと思います。
それでは④までの状態の人はどうすれば⑤になれるのか?
ぼくが過去取り組んだことを次の記事で紹介するので参考にしてもらえたらうれしいです!
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