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カエルと哲学と私

カエルが好きなのと
考えるのが好きなのです。

こんばんは

北海道は雪が降ったりやんだり

この気温の変化は風邪ひいてしまいますは

今日はジムからの温泉に行きましたが

運動後の温泉って良くないですってね

確かに疲労感がいつもよりどっと来ているような・・・

 

 

 

こだわりを捨てる

 

こだわりを捨てるのって難しいですよね。

 

特に年齢を重ねていけばいくほどに

 

自分自身、まだ20数年しか生きてないですが

自分の中の凝り固まった価値観を感じています。

この凝り固まった価値観をほぐしてやりたいものです。

 

思えばこだわりの連続でした。

何者かになりたくて、何か一つの分野を決めては学び、挫折して

また次の分野に飛びつき、挫折して

自分にはいったい何が残っているのか

ポジティブに傾倒したりネガティブに傾倒したり

自分は内向的だと思ったり、外交的だと思ったり

 

いつも端から端を行ったり来たり

そして、最近気づいたことがあります

 

これは限のないシーソーゲームだということ

 

何か一つのことを極めた人

プロフェッショナルのような人に憧れ

自分もそうなりたいと思って

何かを一つだけのものを身につけようとする。

 

その行為自体は間違っていないと思うが自分には到底あっていないということだ。

 

なぜなら、本来私はこだわりが少ない人間だから。

口癖は「いいんじゃない?」

自分についてもそうだし人についてもこだわりがない

 

こだわりがないため人に対し腹を立てることも少ない

優しいとか穏やかとか言われるけど

私からすればなぜ自分以外のことで腹を立てる必要があるのか正直わからない部分もある。

 

 

会社に対しても職種に対してもこだわりがない。

だから自分が入れそうな小さな会社を選んで入ったつもりだったが

これがまさかの海外展開しているほどの会社であったから驚きだ。

しかし、まあそれならそれでいい。福利厚生も整っていて満足だ。

 

人生初の異動があった際

社員が立て続けにやめている部署に配属された。

その時、先にって辞めた先輩から散々脅され

「絶対に来ないほうがいい」と言われた

がしかし、私は一サラリーマンなのでいかないという選択肢は特になく

行きたくないとも思わなかったし

自分が辛くてやめてしまうならそれもそれでいいと思っていた。

 

 

実際、そこの環境は劣悪だったが

自分自身に向けられた刃は全てお返ししたところ

皆、少しづつ辞めていった。

その時圧倒的不利な立場にいた私だが

正攻法で戦ったわけではない

なぜなら圧倒的に不利だからだ

 

その時の私の考えは全員辞めさせること

もしくは道ずれにすること

自分に喧嘩を売ってきた人をとことん不愉快にさせること

その部署ごと潰すことを本気で考えていた。

 

本来社員としてやるべきことは現状を立てなおそうと考えるが

私は逆で全員辞めてもらって

まわらないならそれはそれで仕方がない

 

なのでその時の自分は躊躇がなかったし

辞職を武器にする人達にも「さあ、どうぞ」といったところで

はたから見なくても相当クレイジーだったことには違いない。

 

のちに頭に来てもアホとは戦うなといビジネス本が出版されるが

それを見た瞬間アホって自分のことだなと感じました(笑)

 

まあ、人手不足でめったなことがないと首にされない時代背景があったというのも大きいですが

とにかく今はこの部署の責任者ですが

役職とかも別にあってもなくてもいいし

賃金に関してもカフェに行って、カラオケに行ってラーメン食えるぐらいもらえれば満足なんです

 

 

こんな無責任が責任者でいいのかと思うのですが

責任なんて目に見えないもの勝手に背負うより

一人の人間としてやれることをただやればいいのかなって思います。

 

 

そんなこんなでほぼこだわりない人間の私ですが

1つだけこだわりがあってそれは「才能」「強み」とか

そういう言葉が大好きで、自分の強みは何だとか

才能はなんだとか、自分が生きるべき道は何だとか

そういうことに関しては常に振り回されていました。

 

自分の経歴やいままで人に褒められたことのなかでテーマを決めて

それを極めようとする。

しかし、そのどれもが長く続かない

なぜかということに気づいてしまった

 

私はここに関してバランスをとることが苦手だ

他のことに関しては特筆したバランス感覚があるのに

ここだけはこだわりが生まれてしまう。

白か黒、グレーやあいまいが許せない

 

ということにやっと気づいたのだ・・・

これは一種の悟りといっても過言ではない。

 

つまり自分の生き方、才能、強みに

グレーゾーンを許したのだ

その中間でありバランスをとることに気づいた。

シーソーが常に傾いている状態からバランスを取り始めた

 

これというものが一つでなくていい

こうあるべきとか、ましてや極める必要もない

バランスをとるのだ

 

自分は人と関わるのが得意だとか

事務作業は苦手だとか

リーダシップがあるだとかないだとか

そんなことはどうでもいくて

手放してしまえばいいんだということ

 

別の言い方をすると適切な距離感をとるということかな。

私の葛藤の種を見つけたきがする

 

しかし、完全にこだわらないことも無理だろう

完全にこだわらないというのは一種のこだわりだ

やはりその中間をいくべきだろう

やりすぎずやらなさすぎず

がんばりすぎず頑張らなさすぎず

こだわりすぎずこだわなさすぎず

 

そんなはっきりしないのは嫌だ!という方もいるでしょう。

しかし、世の中はグレーなんです。

0か100ではないんです。

ダークグレーやオフホワイトなんです。

きっと。