<イスラエル・パレスチナ問題>
19世紀の末~ パレスチナ人が住んでるとこにユダヤ人の民族国家をパレスチナに樹立しちゃおう運動スタート(シオニズム)
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47年 イギリスがパレスチナの統治をやめたから、パレスチナ国家(アラブ諸国が味方)とユダヤ国家にわけちゃおうぜ!(国連総会にて)
*大戦中のドイツによるユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)が起こり欧米諸国が同情的になっていた。
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48年 ユダヤ側:OK!イスラエル独立ね! パレスチナ、アラブ側:NO!NO!
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第1次中東戦争...イスラエルvsアラブ諸国 イスラエル軍は戦力的には圧倒的に負けてたけど10ヶ月に及ぶ戦いの末なんとか独立を死守!
元々割り当てられた土地よりも広い範囲ゲット! ガザ地区はエジプトが支配 大量のパレスチナ人が故郷を追われる。
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64年 エジプトにより『パレスチナ解放機構PLO』 設立 アラファトさんが議長だったとこ(^^♪
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第3次中東戦争...またもやイスラエルが大勝利!ガザ地区などのアラブ諸国領もゲット!
もうこれからはパレスチナ人自身でがんばろう!
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パレスチナ意見:イスラエルが第3次戦争の時の占領地にパレスチナ国家を建てさせてくれるなら平和に共存しようよ(-^〇^-)
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93年 イスラエルとパレスチナの間でパレスチナ暫定自治協定成立
ヨルダン川西岸とガザ地区にパレスチナの自治政府おいていいよー
96年 パレスチナ自治政府 設立 アラファトさんがここも議長に
イスラエル・パレスチナ問題の流れです。*間違ってたらすみません。
でもその後も色々な問題が残り今でも完全な和解にはいたっていない。
軍事力もイスラエルとパレスチナでは天と地の差程もあるから太刀打ちできない。
イスラエルの土地は元々パレスチナ人のものなのに今では完全に弱い立場で難民の人々もたくさんいます。
それを踏まえパレスチナ人地区に行ってきました。
マーケットにつくと下にはパレスチナ人が住んでいて、上にはイスラエル人が住んでいるところがあった。
境界には金網。
上からゴミやものが投げられるから。
異様な光景。
今までに2000のマーケットがイスラエル軍によって潰されたらしい。
マーケットを歩いている際たくさんのパレスチナ人の人々に声をかけられ店の人が食べ物やくだものをくれた。
めちゃくちゃフレンドリーで優しかった(すぎるくらい)。
バスの中でも男の人が声をかけてきてパレスチナについて色々説明してくれた。
観光客も珍しくないだろうけど、ここまで声をかけてきてくれ優しく接してくれるのは、自分たちの現状を知ってもらいたいって気持ちがあるのかな?
でも素直にめちゃくちゃ嬉しいけどね。
若い女子高校生たちに囲まれて逆に写真とられまくっちゃったし(^^♪
これは別か。(笑)
日本にいるとニュースとかで悪い情報しか聞けないからイスラエルって大丈夫なの?あぶないんじゃないのってイメージしちゃう人が多いかもしれない。
俺自身も行く前まではそう思ってた。
でも実際その場所を訪れそこに住む人々に触れると優しい人たちばっかりだって感じる。
イランやパキスタンだってそう。
イメージはイスラムだから危ない人たちなんじゃない?とかテロをする人々ってイメージがあるかもしれない。
でもおそらく実際は全く違う。
今回俺自身は訪れることができなかったが行ったことがある旅人の人たちに話を聞くと、イランとパキスタンは今まで行った国で一番人が優しかった、あったかかったてみんな言う。
だからニュースの情報でのイメージなんかで判断できない。
だってみんな最高に優しいし、全然怖くねーもん!
マーケットの後、イギリス人アーティストバンクシーが兵士に銃を向けられながらも平和のメッセージを込めて書いた絵を見に行った。
それぞれの指には5つの宗教が描かれている。今は親指のブッダしか見えない。
他にも壁にはいくつものメッセージ性がある絵が沢山描かれいる。
分離壁は2004年にイスラエルが市民をテロから守るためとパレスチナ人の了承も得ずに一方的に建設を進め全長700キロのうち200キロ完成させた。
しかし、この分離壁は非人道的だという理由で中止されている。
中では子供たちが無邪気に遊んで、父ちゃんたちが汗水たらして働いて、母ちゃんたちがゲラゲラ笑って、ほわっとしたおっさんがほわっと笑顔して、みんなめちゃくちゃ優しくて、ふっつーに同じように生活してんのになんで隔てられないといけないんすか?そんな壁ほんとに必要なんすか?
いらないっしょ!
イスラエルの街、人はどこか他の国と違った雰囲気を持っていて、日々何かを感じ、考えさせられる場所でした。
色んな意味で深いっすわ。