私は幼少期から、
あまり褒められたことがなく…

むしろ、私という自己を否定されながら育ってきました。
「くるみがいなかったら」
「くるみを産まなきゃ良かった」
「くるみのせいで…」
私の育ってきた家庭は、まるで私がいることで不幸なんだと言わんばかり。
私の心の中は
「私は何で生まれてきたんだろ

」
「私の居場所はないな」
「私のせいでみんな不幸になるんだ」
ネガティブな感情がいっぱいでした。
発達障害がある云々より、そっちの生育過程の方がよっぽど問題アリだと感じてます。
折しも…看護師になりたいと思ったから、看護学校に行ったから気づいてしまったこと。
私、普通じゃないな。
自覚して普通になりたくて、無謀なほど努力しました。が…努力が空回りしたのか、努力の方向が違ったのか

私の満足する結果もなく、発達障害があるという診断というオマケまでついてしまいました

「問題は私にある」
そう刷り込みされた私の記憶は、
まだ消せない。
成長する過程で必要だった大切な何かが欠落しているんだなぁ〜と、自覚した。
そこから、何か代わりで埋められないか?
と、もがき始めました。
が…
残念ながら、埋めることは出来ないんだな。と、心理学を改めて勉強して自覚しました。
難しい言葉を使うと、インナーチャイルドがどうとか、色々あるんでしょうが…
私はそういう事には興味がなくて

私は私自身を癒すためにのみ、
心理学を勉強したので

で、気づいた。
もう「埋められない欠落してるところは、埋めなくて良いんじゃない

」
というコト

だって、代替する方法もなく、私が過去に戻って人生をやり直すコトもできない

だとしたら、空虚に感じても…
「それが私だ」というコト。
そして、私は我が子に自身を投影して、
我が子を自分の育て直しをしない。
と、改めて固く誓っている。
母は私を自分の操り人形のように扱っていた。
私は母の人生を歩んではいないし、
私は母の所有物ではない。
だけど、親子の関係をやり直すことも、
私には出来ない。
だとしたら、私は生育過程に多々問題があるんだなぁと、自覚して埋められない虚しさも大切にしておこう

生まれてきて良かったのか

と、いう疑問(?)も、
たまに心に沸き出すけれど…
生まれてきて良かったのかどうかを決めるのは、周りではありません

と、やっと自己中ではあるけれど、