みんなでビスケットを食べた後、ヴァールがイチに目配せして言った。
「イチ。来いよ。寝室に案内してやる」
イチはにっこりとうなずき、鞄を手にヴァールについて行った。
「右側の手前のベッドの、上の段を使ってくれ!」
ヴァールはドアを開けながら大きな声でそう言うと、
イチを部屋に押し込み素早くドアを閉めた。
左右の壁に二段ベッドが二つずつ置かれている狭くるしい部屋だった。
「ここですね」
イチはベッドを見上げた。
しかし、ヴァールはそれに答えず、
「今朝、頼んだものは?」
イチはにっこりと笑い、鞄からそれを出した。
ヴァールは受け取ると、嬉しそうにそれを眺めた。
エームが描かれたスケッチだった。
二枚スケッチをして、一枚は鞄に入れておいたのだ。
イチが今日、緑の乙女亭に行ったのも、ヴァールに頼まれてエームの絵を描く為だった。
「ありがとう。ああ、エーム。相変わらず綺麗だ。
まだ俺の事覚えてるかな。
去年、あの店の壁を修理に行った時には、随分話したんだけど。
なあ、エームはどんなふうだった?」
イチはエームを思い出し、にっこり笑った。
「楽しそうによく喋る人でしたよ」
ヴァールは複雑な目でイチを見た。
「エームとそんなに長く喋ったのか?」
イチは一瞬迷い、
「ほんの少し」
と、嘘をついた。