ヴァールやイチが、水浴びをはじめると、
大きな籠を持ったヴァールのおばさんも、村の男達と一緒に川に降りてきた。
「あんた達、汚れ物をあたしに渡してちょうだい。洗ってあげるから。
イチ。ジンゴロ爺さんの呪いつきの服は、どこに置いてあるんだい?」
イチは脱ぎ捨ててあった服を急いで持って行った。
川辺に座り込み、洗濯をはじめていたヴァールのおばさんは、
イチから服を受け取りながら、イチの顔や体を見上げ、まぶしそうに瞬きした。
「こうして見ると、あんた、ほんとうに外国の人なんだねえ。
肌も、目も、全然違う。
東の国の人なんて、十年くらい前に一度見たっきりだけど、
あの時も、不思議な感じがしたよ。
ねえ、イチ。あんた、絵師だって言ってたけど、
絵を描くためにこんな遠い国まで来たのかい?」
素朴で人の良いおばさんらしい感想や質問に、イチは思わず微笑みながら答えた。
「絵を描くためと言うより、絵を習ってた師匠が旅好きだったせいなんです。
子供の頃から師匠と一緒に絵を描きながら旅をして、
師匠が亡くなって一人になってからも、同じように旅をしながら絵を描いて、
それで気がついたらここまで来ていました」
ヴァールのおばさんは遠い異国の服を広げ、珍しそうに見つめながら首をかしげた。
「へえ。そんなものなのかねえ。
あたしからすると、旅なんて、よっぽどの事がないと、しようなんて思わないけどねえ。
この町から村に里帰りするのだって、馬車に一日乗ってなきゃいけないと思うと、
ちょっと憂鬱になってくるぐらいなんだからね。
それで、あんたどんな絵を描くんだい?鳥とか、花とか、そんな絵かい?」
「なんでも描きますよ。鳥も、花も、人間も」
イチはにっこりと答えた。
ヴァールのおばさんは、突然何か思いついたように口を開け、
次に小さな女の子のようなきらきらした目をしてイチに聞いた。
「ねえ、それじゃあ、あとであたしの絵を描いてもらえるかい?」
近くで話を聞いていたヴァールが噴出した。
「おばさん、自分の絵なんて描いて欲しいの?
描いてもらって、どうするんだよ。まさか、食堂にでも飾っとくのかい?」
他の男達も、一斉に笑った。
おばさんは、不満そうに口を尖らせた。
「いいよ。それじゃあ、描いてもらった絵は食堂に飾ることにしようかねえ。
ヴァールの席から良く見える場所にね」
ヴァールはおばさんに向かって酷い顔をして舌を出した。
おばさんは笑いながら、みんなに言った。
「それに、あたしはね、絵に描かれた自分の顔がどんなものか見てみたいんだよ。
絵本の中にあるような、あんな風になるのかねえ。
ああ、でも絵のお代は高いのかい?」
不安げな顔でイチに聞いた。
イチはすでに川から上がり、鞄から取り出した汚れていない服を着ているところだった。
おばさんの方を向くと、穏やかに首を振り、こう言った。
「洗濯してもらって、食事までさせてもらえるのに、お代なんてもらえませんよ。
無料で描かせてください」
「まあ。親切はしとくもんだねえ」
ヴァールのおばさんは立ち上がり、腰に手を当てると、空を見上げて嬉しそうに笑った。