自分の内にある真実に
近づこうとするとき
”正しさ”
にこだわってはいけない。
なぜなら
真実に近づけないからだ。
”正しさ”
にこだわってはいけない。
なぜなら
真実に近づけないからだ。
その人の真実に
近づこうとするとき
正しさが邪魔をする。
「ああすればいいのに」
「こうすれば早いのに」
人はあれこれアドバイスを
したがるものだけど、
それはある種
”自分の正しさ” を
相手に押し付ける行為だ。
誰かがいう
「ああすれば」
「こうすれば」
の中に答えは見つからない。
自分の真実に近づくには
その人自身の核に
近づく必要があるのに
外部にある規範が
役立つはずもない。
『正しくあること』
にこだわるとき、何が
置き去りにされているだろう。
置き去りにされたものは
いつだって出番を待っている。
私の存在を無視しないで!
と訴えてくる。
置き去りにされたものは
いつだって出番を待っている。
私の存在を無視しないで!
と訴えてくる。
それは
落ち込みや不安、怒り
などの形かもしれない。
身体の痛みになって
現れるかもしれない。
自分の真実
「あぁ、そうか」
にたどり着いたとき
ようやくその時に
「じゃぁ、こうしよう」
が出てくる。
正しさは ”自分の答え” に
連れて行ってくれない。
他人が持ち込む正しさは
”他人の答え” に
ミスリードするだけだ。
ミスリードするだけだ。
『自分にとっての真実』
それはきっと、
自分にとってまじりっけのない
ひとしずくの純金
のようなもの。
それはきっと、
自分にとってまじりっけのない
ひとしずくの純金
のようなもの。
いつどんなときも
自分の中にある本物。
人生には揺れも曇りも
なくならないけれど、
そんな時でも
拠り所になるようなもの。
自分が大切にしたい
たった一つの真実って
なんだろう。
ここを考えたい方、
あなたのこころは
ちゃんと知っています。
「正しさ」
だけじゃないってことを。
いずれ自分らしい選択が
できるようになることも。
一緒に見つめてみませんか?
ご連絡お待ちしていますね。
カミヤカオリ