人の話を聴くとき私が点検していること | ひとしずくの純金

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たったひとつのわたしの生き方を見つける旅

 

 

本日もよく頑張りました。
心地よい疲れです。
 

雪が積もった地域も

あったようですが・・・ 
 

みなさんはいかがでしたか?
 

 


人の話を聴く。
静かに黙って受け止める。
 
これがなかなか
できそうでできない。
 
挑戦したことがある人なら
体験していると思いますが、
 
人の話を聴くというのは
思いの外、
簡単ではありませんね。
 
 
 

楽しい話や
おめでたい話ならまだしも、
 
悩んでいたり
迷っていたりの話題は
 
聴いているほうも
心ざわつくものです。
 

 


ところで。
 
この
「楽しい」
「おめでたい」
「悩んでいる」
「迷っている」
とは一体なんなんでしょう。
 
思えば、
聴き手の勝手な判断ですよね。
 

 


これは楽しい話だ
悩んでいる話だ
 
と話のトーンを
許可なく色分けしている。
 
多くの場合、
もうほとんど無自覚に、反射的に
なされていると思います。
 
 

 

悩んでいると思えば
アドバイスをし、
 
落ち込んでいると思えば
励まし希望を語り、
 
行き詰っていると思えば
別の視点を提供し、、、
 
話し手を ”おもんぱかって”
あたたかい言葉を伝える。
 


 

 

 

 

 


しかしだ。
 
なんていうか、、、
 
その先回りは不要なことが多い

という現実を

忘れていやしないだろうか。
 

 

 
人はただ
黙って受け止めてほしい時がある。
 
アドバイスも
励ましも
別の視点もいらない、
 
静かに話を聴いてもらいたい
そんな時があるのではないだろうか。
 
まして
聴き手の問わず語りなんて
邪魔でしかない。

 

(その時点で聴き手から

話し手になってるしね)
 

 

 
話している本人は
 
悩みだとも
迷っているだとも
行き詰っているだとも
 
そんなふうには捉えておらず
ただただ
 
「こんなことを思っているんだ」
の想いを言葉にしている
 
それだけのことだって
けっこうある。
 

 


話を聴くというのは
 
その行方を
全面的に相手にゆだねるから
 
聴き手の不安が
浮かびあがりやすい。
 
 

 

自分の不安を
無自覚のうちに察知して
 
話題を変えたり
ポジティブな面を強調したり
自分の体験を語り出したり・・・と
 
居心地の悪さに耐え切れず
いらないことを言ってしまう。

 

そんなことはないだろうか?

点検したいものです。
 

 

 
相手の話に
黙って耳を傾けるというのは
 
相手の心の動きに
柔軟に寄り添い合わせながら
 
自分の不安や居心地の悪さに
留まる力が必要なのだと思います。

 


 
聴いている自分が
楽になりたいがばっかりに
 
「楽しい」だとか
「悩んでいる」だとか
 
色分けした聴き方を
していないだろうか。
 

話し手はそんな
一言ではくくれない想いで
話している可能性はないだろうか?
 

 


人の話を聴くとは
私にとって挑戦です。
 

挑み甲斐のある目標なのです。

 

どこまで相手の想いのままに

話を聴けるか・・・。

 

10年以上取り組んでいてなお、

まだまだ先があると思える

魅力ある目標です。

 

 

 

 

カミヤカオリ

 

 

 

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