減らしたら、気づく | ひとしずくの純金

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たったひとつのわたしの生き方を見つける旅

何かを選び取るとき、自分の感覚を信じるとうまくいくように思います。


なんとなく感じる「好きだな」とか。


理由はわからないけど「これ」と訴えかけてくるような。


そういう感覚を頼りに決めてうまくいくことがある。



なので、それをおススメしたいところなんだけど、その前に気を付けておきたいこともある。


それは、感覚を受け取れる環境にしておくこと。


いくら良質な電波が飛んできても、妨害ものがあったり、電波が込み合っていたりすれば、優秀なアンテナでも受信できない。


必ずしも敏感なアンテナでなくとも、環境を整えることによってよくキャッチできるようになる。



その環境とは・・・


受信を邪魔する要素を少なくしておく・・・ということ。


つまり、判断を曇らせる余計な情報が入ってこないように、クリアにしておく。


そんなことが役立つんじゃないかな、って思います。



おそらく、多くの人が情報をさらに集めることよりも、情報をどう減らすか、ふるいにかけるか、のほうに腐心しているのではないかしらん。


多すぎるものは、やっぱりすぎたるは・・・だと思うのです。


余計な情報に惑わされれば、自分の感覚が遠のく。


自分の感覚が遠のけば、いきおい情報に流された選択に落ち着く。



「すきだな」


「これいいな」


と感じたと思ったことが、すでに歪んで取り込んだ情報だとどうしようもない。



広告やら、常識やら、仲間内の好みとか、親の影響とか・・・


いろんなものが、自分の心の底にある"感覚"を歪める要素になりうる。


社会活動から100%逃れることはできないけれど、だからといって、自分の感覚を知ろうとすること全てを手放すのはもったいない。


その間のちょうどいいバランスのところがあるはず。


自分にとって、「この辺がよいかな~」という地点があるはず。


そこを探す手間をちょっとかけるだけで、"感覚を受け取る力"はUPしていく。



"自分の感覚"を妨害する情報をどのくらい減らせるか。


減らしてみたら、きっといろいろと気づくことがあると思います。


ふふふ。


おもしろいですよ。



カミヤカオリ