八十歳の壁を越えて、「PLAN 75」の映画を観て | pikoのブログ :読書は楽しい, アートに生きよう!

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高齢施設で行われている月2回のVideo映画会に参加した

 

「PLAN 75」 早川千絵監督 倍賞千恵子、磯村勇斗 出演

 

最初からずっと暗い話で、何となくスッキリしない映画だった

 

早川千絵監督は若い世代の人だろうか?と思った

 

高齢者の人口が増え、出産数が減少する今の日本を

見据えての政府の政策として

75歳以上の老人に「死」の選択を勧める話である

 

あくまでも本人の意思を尊重すると言う事であるが

貧困が進む高齢化社会の実情が

貧しい精神の政治家の発想と繋がって行く

殺伐とした恐ろしい話である

 

先日参加した

「自分らしい最期を考える」講演会に参加した

80歳以上の仲間4人の一人が

「介護をされるようになったら、安楽死を選びたい」と

ふと漏らしていた

 

以前、70代の頃年上の友人に勧められ

「日本尊厳死協会」に加入したことがある

2年後に脱会した

考え方には賛同したが、実感が伴わなかった

 

皆人それそぞれ、理想な死に方がある

「ぴんころといきたい」というのが願いである

 

死の直前まで元気で過ごせて

苦しまず、あっという間にこの世を去りたいと

いう理想的な願いである

 

人間には寿命というものが決まっていると

仏教では言われている

 

究極の問いは

 

人間は何の為に生まれて来たのかという事である

 

生れて来た意味があるのなら

死が訪れるまで

全てを受け入れて

体験すべきなのではないかと考える

 

それでも敢えて苦しむことはない

死ぬまで楽しく、面白く過ごすことを目指す

それが生きる目標である必要がある

 

病気になったり、事故に在ったりするのには

何か自分が原因で起こっている筈だと考え

それに気づきが起これば解消していく

そんな風に考えられるようになれば

 

自分がこの世に生まれた来た意味が

解かれるようになるのではないか

 

この映画の最後の場面は

山の向こうに大きな朝日が上って行くシーンだった

そこに救いを現していたのか?

 

生きる希望を失った倍賞千恵子演じる老女が

{PLAN 75」を申し込んで

死の薬が投与される直前でその施設を逃れ出て

見る朝日だった

 

この映画はカンヌ国際映画祭出品作である

 

私はこのようなテーマには何となく違和感を持った

身につまされる問題であったからかもしれない

問題を余りにもあからさまにし過ぎている

女性監督だからだろうかと思った

 

15人ばかりの視聴者だったが

みんな暗い気持ちで帰ったのではないかと思う