およそ十数年ぶりに実家に帰った。
甥っ子家族の新築祝いをするために。
正確に言うと実家は取り壊されてもうないが、その場所の一部に家を建てたのだ。

今までその場所を訪れなかったのは、まだ実家が存在していると思いたかったから。
行かなければ私のココロの中では今でもそこに存在するのだ。
行ってしまえば完全に消え去ってしまう。

当時、家業が傾き実家を売却して3分割された。
縁あってその内の1/3を甥っ子が買い戻したというわけだ。

実家には私が幼稚園を卒園する時に貰って植えた藤棚があって、毎年咲き誇っていた。
楽しい思い出のたくさん詰まった家だった。
特に兄(次男)が生きていた子供の頃の記憶が圧倒的に強い。
借金の返済のために実家を手放すことの何と寂しいことよ。
その家には30年ぐらい住んでいた。

さて、最初は新築祝いに行くことを少しためらったが大人気ないと思い行くことにした。
甥っ子は2人いるが、2人とも私からは想像できないような立派な人間になっているし、とても誇りに思っているし、とてもかわいい。
だから直接お祝いしたい気持ちが強かった。
私にはとても勇気のいることだったけれど。

久しぶりに元実家周辺を歩く。
すっかり様変わりしていたけれど、当時のままの家も想像以上に点在していた。
なんだか嬉しい気持ちになった。

「あー、近所の友達と缶蹴りとかよくしたな。」
「あの家の○○ちゃんのこと好きだったな。家の前で偶然を装って会ったふりとかしていたな。(笑)」

みたいに子供の頃の思い出ばかりがよみがえる。
大人になってからの記憶はあまりない。
闘病の苦しい記憶に蓋をしていたのかもしれない。
でも何よりも真っ先に気付いたことがある。

それは家々の大きさや道路の幅の違和感。
なんだかミニチュア模型のように感じた。
あの頃の私には大きな世界であって、私のほぼ全てを占めていたんだな。
もちろん実家は跡形もなく、藤棚の痕跡もなかった。
だけど病気で死ぬほど苦しかった過去も含めて、ようやく受け止めることができた気がする。

同時に、私の世界はあの頃よりもずいぶんと広く、逞しくなったことにも気づいた。
悲しい気持ちにはこれっぽっちもならなかったし、余裕を持って思い出に浸ることができたから。
今日、人生に大きな大きな区切りをつけることができた。
そのきっかけを作ってくれた甥っ子に感謝している。

キミたちの未来が輝かしいものでありますように。


壁|(・_・)ノ 大吉くんである。久しぶりだぞなもし。吾輩はすっかり元気になったぞい。おい下僕!旨そうなもん食っておるな?な?お土産、はよよこせぞな。新築祝っちゃうよ~。スタスタ。。。



甥っ子の父(私の兄:長男)の誕生日らしい。。


ご、豪勢だ。。奮発したなぁ。