国を護る大天神。

その大天神を支える十二の歳神。彼らは、一年ごとに交代しながら仲良く国を守っている。

これは、そんな彼らの、ある年のおはなし。

 

 年の瀬が迫るある日。

若い(たつ)ノ神は大天神に呼び出された。

趣のある大きな邸。

素足に触れる床は、よく手入れが行き届いていて気持ちがいい。

控えめに焚かれた香が、そっと鼻腔をくすぐる。

さわさわと風が吹いて、冬の匂いを連れてきた。

不思議と、気持ちが落ち着く。

「一年、     頼りにしている。」

厳かな大天神の声。

龍ノ神の背筋も自然と伸びた。

歳神の任期は一年きり。

その勤めが終わると、十一年をかけて次の歳神を育てる。

培ってきたものを最大限活用して、大天神を支える一年。

一筋縄ではいかないだろう、とわかる。

それでも。

「ご期待に沿えるよう、鋭意努力致します。」

「あまり気負うことはないぞ。どうにもできぬことは、ある。」

「…はい。」

ふっと大天神の空気が和む。彼の神の心遣いに感謝しつつ、殊勝に頷く龍ノ神。

「年の巡りは(きのえ)。生命力溢れるものとなろう。水と土の性を持つ辰であるそなたには、大地をなだめてもらいたい。」

「なだめる、のですか?…大地を?」

やや予想と異なる役目である。

龍ノ神は目を丸くした。

しかも。なんというか、規模が大きくはないだろうか。

「天候が安定せず、大雨となった。山が崩れ、各地が様々な害を被ったことは憶えておろう?」

憂い顔で尋ねる大天神に、龍ノ神は深く首肯した。

年の巡りが(みずのえ)(みずのと)のときは水に恵まれやすい。

故に、治水を誤れば、災害も起こる。

歳神の務めは、それらを防ぐことも含まれる。

もちろん、寅ノ神、卯ノ神もそれぞれにきちんと勤め上げた。

それは龍ノ神もよく知っている。

にもかかわらず起きた災害。

ここのところ、歳神や大天神の力を超えた何かの影響で、大天神すら予想もできない事態に見舞われることが増えている。

「あるべきところにないもの、ないはずのところにあるもの。それらが互いに気を乱してしまうでな。」

「…悪循環、なのでは?」

「うむ。故に和らげるのだ。」

乱れた気が更なる厄災を呼ぶ。

けれど。大天神は「断て」と言わなかった。

その意味を考える龍ノ神に構わず。

大天神は、任せたぞ、というような笑みを浮かべた。

少し、ずるいと思う。

おそらく、この先は教えてもらえない。

龍ノ神は納得できないながら、大天神の御前を辞した。

「あら。貴方も来ていたのね。」

廊下の角を曲がったところで、声をかけられた。

蕾がふくらみ始めた蠟梅の近くに、卯ノ神が立っている。

「卯ノ神殿。一年、お勤めお疲れさまでした。」

「ふふふ。ありがとう。まぁ、まだあと少し、残っているけれど。」

お茶目に笑って見せる卯ノ神。

確かに、その通りである。

元旦に新しい歳神のお披露目の儀式があるものの、正式な就任は節分の翌日から。

そこまでは仕事の引継ぎなどがあって少々忙しい。

「龍ノ神殿は、何か不満?」

小柄な卯ノ神が、つぶらな瞳で龍ノ神を見上げて首をかしげる。

よく見ているなぁ、と龍ノ神はこっそり笑った。

「不満というわけではないのですが…。」

他の歳神より接点がある気安さから、龍ノ神は大天神に言われたことを卯ノ神に話して聞かせる。自分の考えも交えながら。

彼女はどう考えるのだろうか。

「そうねぇ。それはどちらも正しいわ。」

ころころと卯ノ神が笑う。

龍ノ神は、どうにも釈然としない。

「大天神さまや私たちにもできないことではないの。けれど、すべてこちらでやってしまうのは、違うわね。それをやってしまったら、そのうち地上のものたちは何もできなくなってしまうもの。」

「さすがにそれは…。」

「あらぁ。みんな楽がいいもの。揺らいで傾いたら、あっという間に転がり落ちてしまうわ。」

だからと言って見捨てる、というのは論外である。

彼らが「神」として在る以上は。

「立ち上がる力っていうのはね。誰にでも、何にでも備わっているものなのよ。」

一年、   歳神として荒波にもまれた卯ノ神が笑う。

「背中をそっと押す何かがあれば、私たちが思っている以上の力を発揮できたりするの。だから、私たちはお手伝いをしているのよ。そのための、きっかけをもたらすことができるように、ね。」

簡単そうで難しいんだけど、と。

苦笑する姿もどこか清々しい。

一年後、自分もこうして笑えるだろうか。

いや。と龍ノ神は心の中で首を振る。

そんなことを考えて臨んだところで、良く治まることはないだろう。

現状と、己自身ともきちんと向き合って力をふるうことが歳神の務め。

なだめるためには、知らなくてはならない。

そこにある不満を。

底に眠る、不安を。

「卯ノ神殿。少し、地上を見て回ってもよいでしょうか。」

まだ歳神としての権限は卯ノ神にある。

本来なら、龍ノ神が地上に降りることはまだ先のこと。

けれど。代わってからでは、きっと見落としてしまう。

ふっと卯ノ神が笑った。

とても、美しく。

「いいわよ。いってらっしゃい。」

「ありがとうございます。」