数多くのブログのなかから
ご訪問いただきましてありがとうございます。
子どものころから小さいものを集めてきました。ビー玉であったり、喫茶店のマッチ箱であったり。ところが今はマッチ箱とかは手に入りません。なので、記念貨幣が収集の主体となっていますが、それらを眺めてはブログにしております。
どうか最後までお読みいただければありがたいです。
ヨハン・シュトラウス2世(Johann Strauss Ⅱ. /1825年10月25日~1899年6月3日)はウィーンで活躍したオーストラリアの作曲家・指揮者。今日が生誕日です。
1975年に生誕150周年の記念貨幣が発行されました。
オーストリア ヨハン・シュトラウス生誕150年
100シリング銀貨 1975年
1825 JOHANN STRAUSS 1899
1975
図柄はウィーンの公園にある「シュトラウス記念像」から
反対側です
REPUBLIK ÖSTERREICH
100 SCHILLING
図柄は各州の盾紋章
直径 36mm 量目 23.93g 素材 Ag640
状態 UNC 発行枚数 2,646,000枚
縁には陰刻
EINHUNDERT SCHILLING (100シリング)
中央の像を拡大するとヴァイオリンを演奏する立像
前回紹介したヨハン・シュトラウス2世のは「美しく青きドナウ」の作曲100年を記念した貨幣でした。
「美しく青きドナウ」は普墺戦争にてオーストリアが敗北した翌年1867年の作曲です。今ではオーストリア第2の国歌とも言われているようです。
ヨハン・シュトラウス2世は、「ワルツの父」ヨハン・シュトラウス1世の息子で「ワルツの王」とも呼ばれていていますが、実は父の猛反対にめげず音楽の道に進み父を超える作曲家となったとか。代表作には「美しく青きドナウ」、「こうもり」や「皇帝円舞曲」などがあります。
第二次産業革命が進む中、当時のドイツは小国分立状態で、ドイツ統一を求める民族主義が広がるとオーストリア帝国を統一ドイツに含めるか否かで「大ドイツ主義」と「小ドイツ主義」が対立していました。
1866年普墺戦争にオーストリアが敗北して、プロイセン主導でドイツが統一。ドイツ統一から排除されたオーストリアは多民族国家である複雑な二重帝国(オーストラリア=ハンガリー帝国)となって、ウィーンは中欧文化の中心のようになりました。
年表を重ねると、ヨーロッパは自由主義や民族主義が広がった時代(諸国民の春、各地域のロマン派)でもあったようです。
ヨハン・シュトラウス2世はそういった時代にあって、ナショナリズム的であったり、一方で、ハプスブルク家の皇帝を讃えるような曲をもつくるようになったのだと思います。
オーストリア政府もいくつかの記念貨幣を送り出しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
第79回の国スポの記念切を手入手できました。
















