「子供が公正と誠実を考える時、親を思う」

 

わたし 2

 

自宅は学校から近かった。徒歩5分。

当然、「たまり場」になる。

 

私は朝から行かないが、一度、登校した友達は、なんかのスキに

授業を抜け出してうちに集まってくる。

 

毎日、起きようともしない私に、当初、父は怒り狂っていたが、

それも徐々にトーンダウンし、私の「本気度=高校行かない」に、

焦り始めていたようだ。

なんせ、「姉」は優等生。それに比べ、「妹」のわたしは…。

私の将来より、「近所の目」、すなわち、自分に向けられる目が一番、

心配であったのだろう。

 

「学校は行かないのか?」と、一応、父親の威厳を醸し出しながら言う父。

\いかなぁい/と、バッサリの私。

 

軍事国家の父の威厳も影を落とし始めていた。

 

私の部屋は4帖半の和室。

部屋には叔父からもらった、なかなかのステレオがあった。

それで、矢沢のLPをかけながら、タバコで部屋中はモクモク。

 

すると突然、オヤジがなんの前触れもなく突然、入ってくる。

みんな慌てて一斉にタバコを消し、窓を開け、虚しい努力ではあるが、

ケムリを出そうとする。(もう匂いでバレバレ)

 

「お前ら!タバコ吸ってたのか?!」一応、怒ってるフリ。

「す、吸ってない…」

そんなウソ、あからさまだ(笑)

でも、オヤジは追及もせず、店屋のカゴいっぱいに菓子を差し入れしてくれた。

友達も大喜びだ。「おじさん!ありがとう!!」乗せ上手だった。

(この時の友人は今でも繋がっている。姉妹以上の大切な存在だ)

 

きっと、オヤジはグレていく娘の対処に困っていたはずだ。

叱れば逆効果。

現に、それまでに警察沙汰や校内問題を数多く起こしていた私への制裁は、

まさに「暴力」、だけだった。

 

父は昔、ボクシングをやっていたらしい。

若き頃、友人二人VS多勢で、ケンカになったことがあったらい。

結果、父一人で相手をすべて倒したそうな。

その状況に警察は、「誰かボクシングやってるヤツがいるだろう?」と

問い詰められたらしいが、父は涼しい顔で「やってない」と答え、

お咎めなしで解放されたそうな。

ズルい。昔の良さだ。

 

そのコブシで「娘」相手に容赦なく、パンチは飛び続けた。

口の中は切れ、鼻血は出る。

母も祖母も止められない。

わたしはただ黙って、部屋の隅に追いやられながら、

オヤジの鉄拳が収まるのを待つしかなかった。

丸でボクシングのリングで敗北を待つしかない選手の気分のようだった。

おかげで私の左耳の聴力は今も弱い。

 

亡くなった祖父がオヤジのことを母にこう言っていたらしい。

「あいつは社会に出たら、カタギかヤクザのどちらかにしかならない」と。

 

その祖父は生き仏そのもののような穏やかな人で、

大きな寺の総代まで務めていた。

その親にしてこの子供あり(オヤジ)

矛盾だらけだ。

 

そしてオヤジも、もはや「統制の崩壊」を阻止できなくなっていく。

 

母は、例のオヤジの不倫が発覚してから、すぐ店を辞めた。

当然、続けられる状況ではなかったよな。

それで、生活の足しに…と、近くの工場にパートに出るようになった。

時給500円。一日8時間、働いても4千円。

小学校もろくに出ていない母に、「稼ぐ手段」の選択肢は少なすぎた。

 

家に風呂が無いから、せっかくの賃金の半分は風呂屋代へと消えていった。

今までの生活費の大半は母の店の売り上げで賄っていたから、

我が家の現金収入の道は閉ざされ、益々、貧しさに滑車をかけていった。

 

惨めだった。

早く働きに行きたかった。

学校なんて行きたくなかった。

給食費もろくに払えないうち。

毎月のように止まる電話。

NTTの本局まで行って、子供の私に言い訳をさせ、無理やり回線を開けさせ、

繋がったかどうか確認をするために、公衆電話で電話しろ、という父。

全く、悪びれる様子もないのが,余計に腹立たしかった。

そして、その「10円」すら、どこを探しても無かった我が家。

「大黒柱」の役目も果たせない父。

早く死んでくれ、と毎日のように願った。

 

生活費の財布はいつも小銭しか入ってなかったから、

そこにいつも「札」が入っていることが私の夢だった。

母がコツコツ貯めていた小銭を集めていた入れ物をひっくり返し、

一円玉、五円玉、十円玉でもやしや、小麦粉を買う生活。

本当に惨めだった。

 

何をすればそうできるのかわからなかったが、

とにかく「金=稼ぐ」とだけしか考えられなかった。

 

そんな私たちの辛さを鑑みることもなく、叔母と父の関係は続いていた。

 

そして私の行き場のない「不満」はさらに増し、

その怒りの矛先は外へ外へと向けられて行った。

 

その二年後には、とうとう、酔っぱらって帰宅するオヤジに馬乗りになり、

オヤジの首元に包丁を突き付けるような争いに、

発展していく回数が増えていくことになった。

 

「怒りの裏には常に苦しみが伴っている。」

 

 

つづく…

■■わりと大切なお知らせ■■

 

虐待/貧困/父不倫/中卒/早婚/性病/離婚/倒産/癌宣告/精神疾患/起業/愛人生活…

などなどなど・・・(過去記事一覧よりご覧頂ける通り)

 

ノンフィクションな私の

 

 

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