ポケットモンスター



このタイトルを聞くとゲームをやらない人は子供がやるものだという認識があるだろう。
だが違う。このゲームは大人になってからの方がよっぽど面白いのだ。
子供達は冒険や交換を純粋に楽しみ、大人は痺れるバトルに悦楽を見出だす。
徹底的にポケモンを育て上げ構築した十全なパーティをオンライン上でトレーナーとぶつけ合い実力と順位を競う。
小学生の頃からポケモンをやっているが大人になってからプレイするポケモンの方が断然楽しいと云える。
そして恐らくだが芸能界でこのゲームにおいて俺の右に出る者は居ないだろう。
モンスターハンターや太鼓の達人のスキルにも相当な自信があるが、やはり一番得意なのはポケットモンスターである。

10年前、XYが発売された時の俺はまだ役者として全然売れていなく時間は有り余っていた。
そしてその時間の大半をポケモンに費やしていた。
同じ作業をただ繰り返すだけのバイトとオーデションを受けては落ちるのmelancholydays。
この憂鬱と虚無の日々の中で俺の心を支えていたのはポケモンバトルの世界で圧倒的な強さを示していることだった。

XY時代には、
シングル優勝1回、ダブル優勝6回、トリプル優勝4回、ローテーション優勝1回、スペシャル優勝1回、総合優勝3回。

これほどの輝かしい実績を残した。
厳選を繰り返し確固たる個体を育て上げ熟考を重ねて十全な組み合わせを構築し実戦を経て環境を把握した上で更にパーティの完成度を高めて頂点に君臨する──
過程から結果に至るまでのこの快感は何物にも代え難いものがあり激しい中毒性がある。
つまりは勝ち続ければ勝ち続けるほど辞められなくなるのだ。
弱者は自分の実力の低さに劣等感を抱き屈辱に塗みれながら次々と哀れに去っていくが、強い者ほどその快感の中に長く居座ってしまう。
頂点に君臨する上で大事なのは圧倒的な勝利ではなく、どんな組み合わせと対面しても穴が生まれず接戦に持ち込めて必ず勝ち筋が見えるような全方位型バトルパーティの構築。
その中でいかにギリギリで勝つ回数を増やしながらギリギリで負ける回数を減らせるかということ。
圧倒的な勝利を目指さないことが圧倒的な勝率に繋がる。

ポケモンバトルは俺の心の一部だった。
というより全てだった。
オーデションで落とされる度に、バイト先でミスをして上の人から罵られる度に、自分自身の存在意義が削られていき晦冥に呑み込まれるような感覚だった。
グルーミーな帰宅と同時にまずポケモンバトルをして身体に何度も何度も勝利を取り込むことで精神を落ち着かせる。
"ランキング1位"という表示を見ると「自分には価値があるんだ」と思えた。
最初の頃は予習復習をきっちりして全力で臨んでいたオーデションへの活力も次第に少しずつ失われていき「今回こそ受からなきゃ受からなきゃ」といった焦燥の時期を越えて最終的には「どうせ落ちるに決まってるけどまあ行くだけ行ってテキトーにやるか」という諦観の境地に行き着いた。

だがなぜかその諦めの果てで光が射した。
どんなに弾かれても腐らずにいつか報われることを信じていたら光が射した
のではない。
弾かれ続けたから心が折れて投げ槍になっていたらそのテキトーに投げた槍が奇跡的に希望に突き刺さった。
そのオーデションの監督が俺の演技に何か特別な物を感じてくれたらしい。
意味がわからなかったけど本当に有り難かった。
まあまあ大きな役だったし作品的にもけっこう影響力があった。
そしてこの仕事をきっかけに役者業は見事に軌道に乗り始め、ようやくバイトを辞めることができた。
だけど俺はポケモンバトルだけは辞めなかった。
それはやはり売れてもなお、売れてなかった頃に泥水を啜り続けていた時期に心を満たしてくれていたあの快感を忘れることはできないからだ。
もちろん定期的に演技の仕事が入ってくる中では以前みたいに全バトルジャンルを極めることは不可能に近い。
だから俺は最も得意な複数匹対戦のダブルとトリプルのみの参戦に絞ることにしたが、この頃に発売されたポケモンの新作サンムーンではバトルルールの中からトリプルバトルが排除されていたので専門特化型としてダブルバトルの王者を目指すことにした。

役者という仕事のいいところは売れてからもまとまった休みが見込めることだ。
例えばこれが芸人やタレントなら1ヶ月単位の休みが貰えるなんてことはまずありえない。
だが役者は作品期間中は早朝から深夜まで撮影をしてプライベートでも台本の読み込みや役作りに追われ本当に忙しいが、作品を抱えてない時は1ヶ月間ずっと休みなんてこともザラにある。
なので日程が詰まっている時はバトルから距離を置き、日程にゆとりがある時期はバトル中心の生活を送るみたいな感じだった。

サンムーン時代には優勝1回、
ウルトラサンムーン時代には優勝3回、
ソードシールド時代には優勝1回、

まあ全てを網羅していたXY時代と比べると物足りなさは感じるが、裏を返せば役者業がそれだけ充実していたということなので良しとしよう。

そして3ヶ月ほど前にポケットモンスター最新作スカーレットバイオレットが発売された。
待望だったが俺は去年1年間めちゃくちゃ忙しくて、まとまった休みは一度もなく新作をプレイする暇はおろかポケモンバトル自体を全くできていなかった。
今年に入ってようやく久しぶりの長い休みが貰えてお正月を満喫し1月中旬くらいからポケモンの育成とパーティの構築に取り掛かった。
今のところ2月も何も無さそうなので思う存分にポケモンを楽しめそうだ。
だが...
ひとつだけ不安要素があった。
それは1年というあまりにも長いブランク──



対戦から離れすぎてバトル勘が錆びついているかもしれない
しかもましてや新作だから環境も生まれ変わり新たなポケモンも追加されている
そんな状況の中で果たして以前みたいな強さを誇れるのか
感覚を思い出すまでに時間がかかってしまうんじゃないか



納得のいくパーティは出来あがったが、色々と渦巻くネガティブな思考を抱えたまま俺は2月のシーズンに飛び込んだ。
しかしそんな不安は一瞬にして吹き飛んだ。




俺はやっぱり強かった。
これはあと1勝でマスターに辿り着くのだが、まさかここまで無敗で来るとはね。
ブランクを軽く凌駕する程に俺の強さはバトル
をしない間も俺の中でずっと生き続けていたんだな。
この結果を受けてとても安心したし、とても興奮した。

まあここからは2桁順位に突入するぐらいまでは無敗で行って そこからは上位勢とのマジで痺れるスキルフルなバトルの連続になるから
その中でギリギリのところで勝ちを拾い続け最終的に頂点に座せればいいといった感じかな。





役者として売れた。
高い家に住めた。
女優の彼女が出来た。

ひとつひとつ夢が叶って幸せに満たされていっても、
俺は決して君との心中を辞めない。
だって、
何も無かった頃、
何者でもなかった頃、
君だけは俺を肯定してくれたから──