中学生の頃に仲が良かった五島徹太って友達。
走るのがめっちゃ遅かったが泳ぐのはめっちゃ速い奴だった。
馬鹿にされるのが嫌で短距離走の時は体育を仮病で休んでいたが得意なプールの授業を仮病で休むこともあった。
そしてある日、徹太が俺に言ってきた。
<徹太>
俺がプールを休んで何してるか知ってるか?
<自分>
さあ
<徹太>
プールの授業中は女子更衣室に誰も居なくなるだろ?
「ションベン行ってくるわ」って見学者ゾーンから抜け出して更衣室忍びこんで同級生の女子達がどんな下着をつけてるのか確認してる
<自分>
マジで!?
<徹太>
お前、誰のパンティーの色が知りたい?
<自分>
そうだな...じゃあ桐森
<徹太>
やっぱそうくるよな!桐森は直近だと紫
その前は赤
<自分>
えーなんか意外
白とか水色の下着履いてるイメージだったわ
<徹太>
まさにそのギャップの興奮よ
あの清楚性抜群の桐森が実はこんな派手な色のパンティー履いてます
ってな
<自分>
Tバックの女子っていんの?
<徹太>
申し上げます隊長!
現在んところヒモパンガールは確認できておりません!
<自分>
いや勝手に就任させるな!!
それだと俺がお前に忍びこみ命じてるみたいになるだろ
<徹太>
引き続き学校全女子のパンティーカラーを把握するまで更衣室の調査を続ける所存であります!
<自分>
万が一誰か入ってきたらどうすんだよ
<徹太>
そういう背徳感とスリルにゾクゾクする感覚もたまらねえのさ
そして俺は今度一世一代の大勝負に出ようと思ってる
<自分>
何をする気だ?
<徹太>
忍びこんでパンティーを拝むだけではなく実際に履いてプールサイドの見学者ゾーンに戻ってくる
そしてそのパンティーの持ち主と会話しようと思う
<自分>
大勝負すぎるだろ!
<徹太>
よく考えてみろ
プールサイドからプールの中にいる女子に話しかけるんだが、その時俺は相手のパンティーを履いているんだぜ
めちゃくちゃ興奮するだろ
<自分>
ターゲットは誰で?
<徹太>
そこはやはり桐森さんよ
<自分>
マジでヤベェわ
決行当日、徹太は予定通りプールサイドから姿を消し、しばらくして戻ってきた。
桐森祐子は学年随一の美人生徒だった。
真面目で控えめな自ら前に出るタイプの女子ではなかったのでクラスでもあまり目立っていなかったが、その圧倒的な顔面偏差値の高さから密かに人気を誇っていた。
マドンナ的な立ち位置には、これまた超絶美人の中島柚花とい女子がいて常に男子からの注目を浴びていたが、俺や徹太は断然桐森派で「もし人気投票したら中島に勝てるんじゃね?」なんて話をしていた。
そんな桐森祐子の下着を徹太が現在体操服の下に履いていると思うとなんだかとても興奮してきた。
そして、今何度振り返って反芻しても俺が当時なぜそんな行動をとったのか理解らないが──
泳いでいた俺は水面から上がり桐森と会話する徹太に後ろから近づきズボンを思いきり下ろしたのだ。
一瞬時が止まったんじゃないかと思うほどプールは静寂に包まれ水飛沫の音も蝉の声も何もかもが聞こえなくなった。
直後、全員の視線は徹太の下半身に注がれ男子達は大笑いし女子達は悲鳴を上げた。
先生に連れていかれる徹太を茫然と眺めながら桐森は固まっていた。
なんせ目の前で自分と会話していた男子が自分の下着を履いていたのだから。
徹太は退学の次に重い処分となりしばらく学校に来れなくなった。
そして何を思ったのか徹太は事情聴取された時に俺の名前を出さなかった。
<自分>
なんで俺が知ってたこと先生に話さなかったの?
<徹太>
話したところで俺の罪は軽くならないだろ
無意味に友達を売ることはしねえよ
<自分>
だって俺があんなことしなければバレることも罰を受けることもなかったじゃんか
"せめて道連れにしてやろう"とか思わないのか?
<徹太>
お前が俺を貶めるためにやったんならそうしたかもな笑
でも本能だろ?衝動だろ?
ならいいじゃねーか
俺は"ただ友達にイタズラを仕掛けた奴"となり、男子からは「お前のおかげで桐森の下着が拝めた」と、女子からは「あんたのおかげで五島の悪事が明るみに出た」と、男女から感謝されることとなった。
徹太が何も言わなかったことで俺は咎められずに引き続き普通の学校生活を送り、
徹太自身も学校には来られないものの友達と遊んだりして活発に過ごしていた。
だが桐森祐子、彼女だけはとても今まで通りとはいかなかった。
徹太が事を起こしてから当面はそれで話題が持ち切りとなり"美人生徒の下着を男子が履いていた事件"として学校中に知れ渡った。
さらには下着を履かれた美人が誰なのか特定し目視したいがために他の学年の生徒達がクラスの周りを囲むなど桐森にとって平穏とは程遠い日々が続き彼女はとても憔悴していた。
それでも女子達が一丸となって彼女を守り励まし慰めたことで少しずつではあるが桐森は元気を取り戻していった。
そして半年という時を経て徹太が再び学校に来る日が訪れた。
俺を含め全員がその瞬間に注目していた。
徹太が桐森に謝罪する機会はもう既に設けられていて事件後の対面は済んではいたが、この時間が経って色々と落ち着いた状態で果して二人がどう相まみえるのか、皆んなが関心を寄せていた。
「久しワラサ!」と元気よく大声で教室に入ってきた徹太。
「いや久しブリだろ!出世する前の魚じゃねーか」と俺がツッコむと男子達が笑った。
しかし、ここからが以前とは違った。
普段なら一緒に笑うはずの女子が全員徹太のことをシカトしたのだ。
その瞬間、俺ら男子には戦慄が奔った。
俺が思っていたよりももっとずっと女子たちは徹太がやったことを重く受けとめていて"私たちはあなたを決して許さない"という冷気を帯びた静かな怒りみたいなものが教室の中に充満していた。
まあ桐森が「私にひどいことをした五島くんと喋らないで」なんてことを言うはずがないことはわかっていた。
恐らく誰かが「五島を無視しよう」と言い出して周りが賛同し桐森自身もそれを止めるほどの義理はなかったといったところだろう。
もし徹太が教室の隅にいるような普段から女子との関わりがないタイプの男子なら別にノーダメージだっただろう。
だが徹太はクラスのムードメーカー的な存在で女子たちとも仲が良かっただけにショックは大きかったはずだが自分の席に着くなり友達と談笑したりして平然としていた。
その後も女子と徹太の関係に一切の変化はなかった。
そして俺が驚いたのは3年生になってクラス替えが行われてもそれは続いた。
それでも徹太に落ち込んだ様子はなく相変わらず男子たちと明るく楽しく過ごしていた。
徹太と遊んでいる中で俺は何度も「俺のせいでごめんな」と言おうとしたが言えなかった、、、
それは男子が誰一人徹太と女子のことについて触れてなかったことと徹太自身にも気にしてる様子がなかったことで 俺が話題として出してわざわざ事実を浮き彫するのは水を差すことになるんじゃないか...と思ったからだ。
だったらもうそんなことは考えずに、ただ普通に徹太と楽しく遊んでいようと思った。
俺の家庭は父親が単身赴任していて母親がスナックをやっていたこともあって大学生の姉が晩飯を作ってくれたりしていた。
その姉も彼氏の家に住んでるみたいな感じだったから夜に家に誰もいないことが多かった。
なので徹太がよく泊まっていたし何なら母や姉がいる時も徹太はチャイムを押さずに裏の勝手口から普通に入ってきて俺の部屋まで上がってきていた。
他愛ない事で大笑いしたり何気ないこと事でバカ騒ぎしたり、
徹太と俺は小学校時代からずっと仲が良かったが、この時期が一番一緒にいたかもしれない。
そして3学期になった。
残りの中学校生活も少なくなったある日、早朝5時20分に携帯の受信音が鳴った。
「裏口の木のところで待ってる」というメールが徹太から届いていた。
俺は意味がわからなかった。徹太が朝に俺ん家に来て一緒に登校することはよくあったが、それにしては時間が早すぎるし、その場合は徹太が俺の部屋まで上がってくるからだ。
「なんでだよ?部屋まで上がって来いよ」と返信したが返事がなかったので仕方なく俺は下まで降りていき勝手口のドアを開けると確かにそこで徹太が待っていた。
身体が小さく揺れていた。
庭の木にロープを括りつけて首を吊っていた徹太の身体が小さく揺れていた。
俺は恐怖で動けなかった。
あの日の桐森の固まり具合も相当なものだったが、この日の俺はそれを遥かに上回って硬直していた。
そこに仕事から帰ってきた母親が居合わせて状況を呑み込めずに慄きながら震えていた。
この瞬間の記憶や感覚が15年以上経った今でも身体の内側に鮮明に焼き付いていて離れない。
そっからはもう目まぐるしいほどに色々なことがあった。
そして徹太の葬式で皆んなからこう言われた。
最後は一番仲良かった友達の近くにいたかったんじゃない
違う。それが違うことだけは知っている。
あの日、俺が徹太のズボンを下ろした理由は未だ行方不明だが、徹太が死んだ理由も、その場所が俺ん家の庭だった理由も俺にだけは理解る。
謹慎になった時も女子から無視された時も徹太の俺に対する態度や表情は何も変わらなかった。
だから俺は気付けなかった。お前の中に色んな感情が積み重なっていたこと。
だって、
だってお前はいつだって笑っていたから──
拝啓、徹太よ。
明けましておめでとう。
お前がいなくなってから、もう何度目の年越しだろうか。
写真のお前は、あの頃の笑顔のまま。
俺だけが大人になって、
今のお前はどんな表情で笑うんだろう。
寒空が記憶に触れる。
無邪気な笑顔を思い出す、知らぬ間に涙は止まらなく──
笑い合って分かち合った日々も、
あの時お前が履いていた下着の鮮やかな青さも、
ずっとずっと忘れないよ。