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いつか読書する日

もし私が東京に出ずに、生まれ育った街でそのまま今の年齢までいたとしたら、人生はどんな風に変わっていただろう。誰かと結婚をして、子どもの1人や2人育てていただろうか。それとも今と同じように独身で働いていただろうか。

この映画の主人公の年齢(50歳)はまだ先だが、私も中年といわれてもおかしくない年齢にそろそろ突入しようとしている。そういう人には心に刺さるものがあるかもしれない。

主人公より少し華やか暮らしぶりかもしれないけれど、でもそれが何だというのか。10年後、20年後、この主人公のように落ち着いて生きることができるのだろうか。恋はできるのだろうか。そんなことをふと考えてしまった。


『いつか読書する日』  緒方 明監督 田中裕子/岸部一徳主演


大場美奈子(田中裕子)は、50歳独身。朝は牛乳配達、昼はスーパーマーケットに勤める。両親は既にない。身内らしきは、近所に住む痴呆症の英文学者とその妻(渡辺美佐子)、皆川夫婦。友だちらしきは、特に見当たらず。あえて言えば仕事の合間に雑談をするレベルのパート仲間くらい。

それでも恋をしている。高校時代の恋人、市役所に勤める槐多(岸部一徳)。今彼は不治の病を抱える妻の介護をしている。だから思いは伝えられない。そもそも30年以上も愛し続けているのだから、軽々しく打ち明けられる想いではないのだろう。ちょっとスケベなスーパーの店長に「もしかして処女?」と聞かれても、侮蔑した目で見つめるだけで、黙殺する美奈子。きっと設定では処女なのだ。

多分、美奈子は墓場までこの想いを隠し続けるつもりだったに違いないが、死を間近にした槐多の妻が自分の死後2人が共に暮らすことを望む。

そんな物語が痴呆問題や育児放棄など、現代の家族が持つ問題にも触れながら、地方の小さな街を舞台に淡々と流れていく。そして思いもかけずドラマティックな悲劇で幕を閉じる。

最後の急展開には賛否両論あるだろうが、あの結末があったから、この物語は締まったとも言える。ハッピーエンドではあまりに浅いし、結ばれないまま生き別れも切なすぎる。一度だけ結ばれ、永遠に別れることで美奈子は救われるということだろう。

何よりも美奈子演じる田中裕子の演技がいい。下手すれば退屈な話、感情移入の難しい話を出しゃばりすぎず、抑えすぎず、真摯に演じている。無理がない、自然体の演技を久しぶりに見た感じだ。