いつの頃からか癖になってしまっています。
人が“無重力空間に漂う水粒”のように見えてしまうの。
ひとつひとつ微妙に違う色がついていたり、
個性として中に大小の気泡や不純物があったり、
ふわふわと都度、形が変化する。
あらやだ。詩人っぽい表現でしたか?
だから人が同じような状況におかれていても、同じよう
なケアが必要に思えても、
『この人って今どんな感じ?』
『どこら辺を、どんな風に浮かんでいるのかな?』と、つい
心の目で覗きこんでしまうんです。
そういう時の私は、間違いなく固まって相手を凝視して
いますね (@_@)
脳の方で、いろんなものをイメージしまくりです。
だから、ウケが悪いです。
すかさず優しく声をかけ話を聞いてくれたり、背中を
さすってくれたり、そんな風に接してくれる看護師の方が
心地よく感じますよね。
看護って「観察」が要ですが、それに徹していても
いいケアにはならないんです。
当たり前ですが、看護ってすごく奥が深いことを毎日痛感
させられます。
それだけ人間が一筋縄ではいられない、複雑極まりない、
時に面倒で、強気だったり弱気だったり、
果たして対象と自分が分かり合えているのか、実のところ
謎めいた存在。
Aさんに通用したことが、Bさんには全く通用しない。
そんなことは日常茶飯事。
何をどう工夫すればいいのか、知恵比べのようでもあります。
だから面白いのですが。
そして、訪問看護は対象が病院に入院しているのと違って、
生活の延長線上にあるので関わりの期間が限定されていない。
だから、いくらでも編みなおすことができる。
それが醍醐味なんですね。
ちなみにダイヤモンドにも不純物が入っているの、
ご存知ですか?
きれいなものにこそ、個性があるみたいです。
(管理者:二木)
