【秋色のバス通り】

<冬>
 私は、私立の中学校に通う中三の女の子。中学校入学と同時にこの街に引っ越してきました。
 中学校には毎朝バスに乗って通学しています。そのバス通りは桜並木が道路の両脇に連なっていてとても素敵です。その並木道のバス停で、大好きなアガサ・クリスティーを読みながらバスが来るのを待つのが私の日課です。
 私、寒がりだから冬はあまり好きではありません。でも、すっかり葉を落とし、春に芽吹くまで木枯らしに耐えているような姿の冬の桜の樹を見るのは、何だか勇気を貰っているようで好きなんです。
   私は中学を卒業しても、併設されている付属の女子高に通うので、更に3年間同じバスに乗って通学する事になります。中学生活は割りと単調だけど友達もたくさん出来て、それなりに楽しかったな。4月からの高校生活はどうなるんだろう。付属校以外の人も入学してくるし、楽しみ半分、不安も半分なんだ......
    
  <春>
 この春から高校一年生になった僕は、真新しい制服に袖を通し、初めてのバス通学に毎日ウキウキしている。
    そして、道路を隔てた向こう側のバス停に、女子高の新一年生と思しき可愛い女の子がバスを待っているのに気付いてからは毎日のウキウキ度も倍増さ!
 その子もこの近辺に住んでいるはずなのに見覚えの無い女の子なんだ。きっと中学校から私立に通っていたんだろうなあ。彼女が着ている制服は、僕の中学の同級生が通っている高校と同じ物なので、どこの学校かは知っているんだ。
    桜は満開に咲き、並木道はさながらピンクのトンネルの様だ。花になんて興味は無いけれど、こんなに見事に咲き誇る桜のトンネルを通る時は思わず見惚れてしまうね。
   僕、勉強はあまり好きじゃないけれど、本を読む事が子供の頃から大好きなんだ。今は高校で出来た新しい友達に借りたコナン・ドイルのミステリー小説にハマっている。朝のバスの待ち時間にも本を開く毎日だけど、彼女の存在に気付いてからは、バス停での読書にあまり集中出来なくなっちゃった。
     本を読んでいる人を見かけると、その人が何を読んでいるのかが気になる僕。彼女もいつも何か読んでいるけど、どんな本を読んでいるのかな?

<夏> 
 あと数日で夏休みが始まるという頃、私は向かいのバス停にいつもひとりの男子高校生がいる事に気がつきました。たまたまクリスティーの本を家に忘れてしまって、ぼんやりと向かいを眺めていた時に彼の存在に気付いたのです。他県から引っ越して来た私はこの近辺の学校をほとんど知りません。彼の通っている高校はどこだろうなあ。背が高くて、詰め襟の学ランがとっても似合うチョッとカッコイイ彼。最近夏らしく髪を短く刈って、それもまた良く似合うんです。
    彼もいつも何か本を読んでいます。「クリスティーだといいのになあ」なんて思ったけど、そんな偶然はある筈ないか......
    それからは毎日、本を読むだけじゃなく、彼に会える密かな楽しみも増えました。彼は私に気づいているのかなぁ?向こうは全く意識をしていないかもしれないのに、勝手にそんな事を想う私です。
     そして、悲しい事にそのあとすぐに夏休みに入って、一ヶ月ほど彼には会えなくなりました…… 

<秋> 
 夏休みが終わって、二学期になりまたバス通学の日々が始まった。あの子は夏休み前より少し大人っぽくなった様で、チョッピリまぶしく見える。僕は髪を短く刈り、部活の水泳部で毎日泳いでいたので真っ黒に日焼けした。身長も少し伸びたようだ。 
 秋はどこの学校も文化祭シーズン。僕は友達と一緒に、あの子の学校の文化祭に行ってみた。その女子高に通っている中学の同級生に遊びに来いと誘われていたんだ。 
 女子高らしい華やかな催し物が多い中「ミステリー研究会」といった地味なブースを見つけた。その中にアガサ・クリスティーのコーナーが有り、彼女の生涯を年表にしたり、作品を紹介するパネルなどが壁に張られている。あまり人気が無いみたいで、受付の女の子も暇そうに文庫本を読みながらそこに座っていた。 
 僕は入場者名簿に名前を書いて彼女に渡したんだけれど、よく見ると、その受け付けの女の子はバス停で見かけるあの子だった! 僕は恐る恐る声をかけようと思っていたんだけど「あ!こ、こんにちは。私、毎日あなたと反対側のバス停からバスに乗っているんです......」彼女の方が先に僕を見て、はにかみながらそう言ってくれた。 
「あ、ありがとう。僕のことに気付いていたの?僕は春から君に気づいていたよ。お互いにいつも本を読んでいるから、なかなか目が合わなかったね」 
「私、夏休みが始まる前くらいにやっとあなたに気づいたんです。鈍臭いですよね......ところで、いつも何を読んでるんですか?」 
「ドイル。コナン・ドイルさ。君はアガサ・クリスティーが好きだったのか……」 
「はい。私、ミステリーが大好きなんですけど、アガサ・クリスティーが一番好きです。コナン・ドイルも興味は有るんだけど、まだ読んだ事無いなあ……」 
「僕の本で良ければ、いつでも貸してあげるよ!だから、僕にもクリスティーを貸してくれるかな?」 
「は、はい!も、もちろん!」

 僕たちは、次の月曜日から30分早く家を出て、バスが来るまで近くの公園のベンチでお喋りデートをするようになった。
    桜並木の葉は秋色に色付き、少しづつ歩道に舞い始めて、僕らの肩にハラリと一枚落ちてきた。 fin