ワンシーンの物語
【冬のカンガルー】

 空の青さが目に眩しいくらい晴れわたった冬の朝、僕はこの部屋で飲む最後のコーヒーの香りに包まれて、まどろんでいた。あいつは僕の荷物を避けながら外に出たり入ったり、何だかせわしない。

「ねえ、引越し屋さんのトラックが着いたみたいだよ。チョッとこっちに来てよ」
「うん、わかった、今行くよ。俺の荷物、たいして無いんだから、時間は掛からないと思うよ。君は何もしなくていいからね」
 僕はもう気持ちが離れてしまったあいつを何故か「おまえ」とは呼べず、つい「君」なんて呼んでしまった......
 あいつはそんな事は気にも止めず、作業員が淡々と手際よく僕の荷物をトラックに積み込むのを見ている。僕は、もう何もすることがなく、トラックに描かれているカンガルーを見ながらぼんやりとしていた。あいつと行った最初で最後のオーストラリア旅行を思い出したりして......
 一緒にいることがごく自然だった僕たちは、どこでどうやってボタンを掛け違えてしまったのだろうか……
 あっと言う間に荷物はトラックに納まり、僕は作業員に呼ばれた。

「じゃあ行くな」
「うん、元気でね」
「君も元気でな。今までありがとう」

 あいつとの最後の言葉を交わし、僕はトラックに乗り込んだ。 fin

*ほんのワンシーンの物語。数年前に短編小説の同人サイトで「冬のカンガルー」のタイトルで競作した一編です。この二人の背景に有るものは読者様のご想像とご創造におまかせします。
色んなパターンを想像&創造するのもまた楽し。