『ユ豆腐』


やけに、道が空いてるな。

人通りも少ない。
時折、通り過ぎるバスには国旗がひらひらと風邪をうけている。そうか、敬老の日か。


振り返ると、そこには死んだじいちゃんがいた。湯豆腐とお酒をちびちびやっている。畳みの匂い、相撲中継の実況、夕暮れ時の寒さ、じいちゃんの部屋だ。

懐かしい、ツルッパゲのじいちゃん。いつも穏やかに優しく、おおらかに湯豆腐を食っている。テレビの奥では、千代の冨士が劇的優勝!尋常じゃない盛り上がりのなか、もくもくと湯豆腐を食っている。


そんなじいちゃんが大好きだった。

そんなにうまいか湯豆腐。
じいちゃんの食いっぷりを確認するのが好きだった。


この日のじいちゃんは、優しく穏やかに湯豆腐食っている。。いつもとなんら変わらない。


でも、時々まわりの状況が変わったりする。じいちゃんはなんら変わらんのに。一匹のハエが、プ~~~~っとじいちゃんの湯豆腐を狙っている。蛇行飛行しながら少しづつ湯豆腐を狙っている。じいちゃんは気付いていない。くそ~なんとしてでも阻止しなければ。小さい俺はハエ叩きを手にとり、湯豆腐を蝕もうとするハエに照準をあわせた。


そして、ハエは止まった。


じいちゃんの頭に。



ハエが狙っていたのは、湯豆腐ではなくじいちゃんのハゲ頭だった。


止まったら叩く!俺のコンピューターにはそのデータしか入っていない。ハエが止まっったのはじいちゃんのハゲ頭だから叩いちゃだめ!そんな大量のデータ瞬時にインプット出来るわけがない。


バヂッ!!!!!


部屋中に響いた。


千代の冨士のハリ手の音ではない。


ハエ叩きで人の頭を叩いた音だ。



グォラーーーーーーーーーーー!!!!!


人の声である。じいちゃんの声である。カミナリとはこの事!と、言わんばかりの怒鳴り声。じいちゃんが、とてつもない声を出した。出せた。あの温和すぎるじいちゃんがハンパない声を轟いた。


そこから先は覚えていない。叩かれたかもしれないし、ハリ手をくらったかもしれない、けども覚えていない。ト・ラ・ウ・マ。

じいちゃん。


大好きです。


湯豆腐も。