「自分の使命ってなんだろう?」

「私にとっての使命って、本当にこれだろうか?」

 

私も含め、多くの人が1度は考えたことがあるんじゃないだろうか?

 

ある程度、やりたいことをやって、苦しいことも楽しいことも経験してきて

ふと岐路に立った時、あるいは迷ったとき、この問いはやってくる。

 

私も1年前までは、ずっと問うていた。

あるとき、メンターに「どうやったら見つかりますか?」とストレートに聴いてみた。

 

彼が説明してくれたのは以下のようなストーリーだった。

 

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始めは海の上をたゆたうように、漕いでいく。

すると、やがて陸が見えてくる。

そしたら、そちらに向かって漕いでみる。

陸について上がってみる。

森があったら、入ってみる。

山になったら登ってみる。

そうやって、こっちかなーと思って進むうちに段々と

わかってくる。

そして、やがて山の頂上にたどり着いたとき、

素晴らしい世界を見ることができるだろう。

 

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ここでいう陸や森や山というのは、何か行動しているうちに

気づく何かだ。

誰かに言われた一言だったり、入ってきた情報だったり。

気づいたら、そっちへ進んでみるということだ。

 

これは、まだ本当に何もわからない状態から始まって

「こっちかもしれない」という仮定のもとに進んだ場合。

つまり、とにかく行動していくことで、これだったと気づく。

 

でも、ある程度進んで来たら、こう考える方がいいかもしれない。

 

「自分は何を求められているんだろう?」

 

誰でも最初は、自分を満たすこと、利己に偏る。

でも、自分が満たされてきたとき、自ずと誰かのためにできることも

考え始める。それが利他だ。

 

ただし、ここで注意しなければならないことがある。

 

自らが好んで、進んですることも利他だけれども

他人から求められることは、必ずしも自分が望んでいることではないかもしれない。

例え、そうだったとしてもやることも利他だし、それこそが使命となることもある。

 

メンターがよく話してくれるのはガンジーのことだ。

ガンジーはインド人ながら、弁護士だった。

いわば将来を約束された人生を歩んでいた。

ところが、弁護人としてアフリカに赴いたとき、彼は列車から放り出された。

当時のアフリカはイギリスの植民地で、インド人などは奴隷扱いだったのだ。

そこから、アフリカの国の現実を見たガンジーは、

それまでの約束された人生を捨てて、奴隷解放のために生きた。

すなわちそれが自分の使命であると気づいたのだ。

 

使命とは、「自分にしかできないこと」でもあるのだ。

 

だから、メンターはいう。

 

 ”使命というのは、往々にして自分が望んではいないこと

 どちらかといえば、嫌なことだったりする。

 でも、あなたにはそれを拒否する選択肢もある。

 それが自由意志だ。

 人にはすべからく「自由意志」がある。

 

 使命だからといって、それを選ばなければならないわけではない。

 とはいえ、使命を選ぶか選ばないかで人生はやはり大きく変わる。

 

 使命を選べば、宇宙が応援して多くの協力者が現れ、

 自分だけでは成し遂げられないことを、成し遂げることができるだろう。

 逆に、使命を選ばなければ、宇宙の応援はそれほどには得られない。

 成し遂げられることは有限になるだろう。”

 

使命を生きたいと思うなら、覚悟もいるし

 

与えられた我が命は何を求められているのか

 

を見ていく必要がある。

 

この話を聞いて、頭では理解できても

では自分はどうなのか、どうすればいいんだろうと思っていた時

必要な出会いはやってきた。

 

それが、もう一人のメンターだった。

その人の言うことをやってみようと、やっと素直に思うことができた。

もちろん、本当にそれが自分にできるのかはわからなかったが

1つ1つ、チャレンジして、経験を積んでいくことで

やっと道筋が見えてきた。

 

今まで、いろんな講座で自分と向き合う中で

これをやってみたら?と言われても、どうしても動けなかった。

それは、私自身の思い込みもあったと思うが

やはり魂の部分でyesと言えなかったんだろうなと

今は思う。