(105) 魏志倭人伝の謎[5] 大足彦忍代別は大足彦太白別
『魏志倭人伝』そのものではありませんが、『魏略』逸文や『晋書』、『梁書』などの中国史料には、倭人は「自ら太伯の子孫だと称している」という記述があります(参照資料1)。
前回の記事では、「載斯烏越は大足彦忍代別である」という考察を示しました。
忍代別(おしろわけ)の「おしろ」とは金星を意味すると考えられます。
金星は中国語で「太白」と呼ばれ、古代の倭人はこの「太白」を「おしろ」と読んだと考えられます。
太白は太伯の別表記でもあります(参照資料2,3,4)。
この語源をたどると、「大足彦忍代別」という名前は「大足彦太白別」と書き換えることが可能になります。
つまり、「大足彦太白別」は名前で「自ら太伯の子孫だと称している」といえます。
※参照資料1
太伯・虞仲 - Wikipedia
(前略)
日本に関する伝承
(中略)
中国では早くから、日本は太伯の末裔だとする説があり、たとえば『翰苑』巻30にある『魏略』逸文や『晋書』東夷伝、『梁書』東夷伝などには、倭について「自謂太伯之後」(自ら太伯の後と謂う)とある。
(後略)
※参照資料2
『儺の国の星』第二版 著者:眞鍋大覺
171ページ
金星の漢名を太白という。これを倭人は”をしろぼし”と訓じた。景行天(71~130)御名は大帯日子淤斯呂和気天皇(おほたらしひこおしろわけのすめらみこと)であるから、この頃筑紫は呉越の民族が大いにその勢力を競っていたものとみえる。肥前風土記 藤津郡能美(のみ)の郷の条に
比の里に土蜘蛛三人ありき、兄の名は大白(あしろ)、次の名
は中白(なかしろ)、弟の名は(をしろ)なり。
氏性は熊子(ゆうし)であり、溶鉄の業に卓抜した技能を承継する家系であった。遠く神代の昔からその名が出る土蜘蛛及び熊襲は、その子孫とみること出来る。
※参照資料3
金星の和名(1) : ひもろぎ逍遥
(前略)
金星を中国語で「太白」と言うのはよく知られています。
(中略)
今回も眞鍋大覺の『儺の国の星・拾遺』を紐解いて、
古代の日本での金星を見て行きましょう。
(中略)
をしろぼし
「太白」を倭人は「をしろぼし」と読んだ。景行天皇の名は「大帯日子オシロワケの天皇」なので、(金星の名が入っている)、この頃、筑紫は呉越の民族が大いにその勢力を競っていたものとみえる。
(中略)
「オシロ」が金星だと言う事は
「太白」をそのまま「おゝしろ」→「おしろ」と読んだということですね。
(後略)
※参照資料4
太白 - Wikipedia
太白(たいはく)は、以下の物を指す。
・古代中国での金星
(中略)
人物
・李白 - 唐の詩人。字は「太白」。李白が生まれた時に、母が懐に長庚星が入る夢を見たために、名づけられたとされる。
・太伯 - 呉(中国春秋時代)の祖。別表記「太白」。
(以下、略)
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