IBMを事例とした「機械的組織」と「有機的組織」の対比
IBMの機械的組織としての成長から、業績が急落した1990年代にルイス・ガースナーによる大変革(機械的組織→有機的組織)を事例として、機械的組織と有機的組織を対比して論じてみたい。
1980年代、IBMは株式市場価値の点で世界最大の会社にランクされた。世界中で雇用を創出し、その労働力は40万7000人にまで膨らんだ。
1990年代、決して失敗することはないと考えていた会社に投資をした人々は現実を直視することができなくなっていた。60億ドルの収益を上げていた会社は、2年後に損失額50億ドルというとんでもない数字を報告し、IBMの株は「スウェーデンの国内総生産」にも匹敵する750億ドルという損失を出した。この企業に関係していたすべての人が被害を受けた。
IBMの運命の変転は「機械的組織」による成長と衰退、「有機的組織」への変革による再生を物語る企業ストーリーである。
IBMの人件費は1963年~1966年までに130%も上昇したが、売上高の伸びはおよそ97%だった。
当時のIBMは会議が多くて意思決定が迅速にできず、終身雇用によって人が増え続け、長く勤めた人が経営陣に抜擢されていくという典型的な官僚的組織だった。
この為、IBMは業界の変化に適応するのに必要なビジョンと柔軟性を失っていた。パソコン市場への進出が遅れ、経営陣は「メインフレーム・コンピュータ」の収益を保持するという「安定」を重視した方向へ舵を切っていた。これが結果的に「不安定」を引き起こすことになる。
経営陣は過去の価値観や政策、用心深さ、従業員の訓練に拘泥すること、顧客のニーズを予測するよりもその後追いに焦点を絞ること、終身雇用の保証等、急激に変化する環境ではもはや有効ではないことに気づかなかった。
これは典型的な「機械的組織ー官僚的組織ー」を意味する。
形式的で恒常的な規則に基づいて運営される。
上意下達の指揮命令系統を持つ。
一定の資格・資質を持った者を採用し、組織への貢献度に応じて地位、報償が与えられる。
職務が専門的に分化され、各部門が協力して組織を運営していく分業の形態をとる。
1993年、ナビスコ社から引き抜かれたルイス・ガースナーが会長兼CEOに就任し、不採算部門の売却、世界規模の事業統合、官僚主義の一掃、顧客指向の事業経営を行い、独自システムと独自OSによる顧客の囲い込みをやめ、オープンシステムを採用したシステムインテグレーター事業へ戦略を大きく転換した。また顧客の要望を聞き、顧客はトータルなサービスを望んでいると考え、IBM分社化の動きを停止した。
-ガースナーの改革-
・固定的報酬からインセンティブ制度へ
外部の人間を重要な部門の長として招き入れ、トップマネジメントに対する経済的インセンティブを劇的に変えて、彼らの報酬の約75%を会社全体のパフォーマンスに合わせて変動させることにした。
・組織構造の見直しと人員削減
各国で終身雇用を行っていたが、これを方針転換しリストラの実施が開始された。後には最終的に、最盛期には全世界で40万人いた社員を22万人まで削減することになる。年功序列制から実力主義に変革し、外部から優秀な経営陣を連れてきた。
・企業文化の変革
創業当時から、IBMの創始者トーマス・ワトソンの意向によりダークスーツに白のワイシャツ、レジメンタル・タイというスタイルがIBMマンの一般的な服装であった。機械的組織の典型的な出立ちである。ガースナー就任後は、西海岸のベンチャー企業の社員を彷彿とさせる「ジーンズにTシャツ」という対照的な服装(有機的組織の象徴)に転換させることにより「硬直で官僚的な組織文化を、砕けた適応しやすい組織文化」に変革させた。
・フラットな情報収集、伝達
意思決定を鈍らす要因となっていたトップマネジメント間の会合を廃止し、従業員や顧客と直接話しをするようになった。
ガースナーが就任する前にIBMが抱えていた「機械的組織文化」における課題
・各事業部門の調整をして、効率を促すコントロール・システムを設計できなかったこと
・新しい技術の可能性を探る対策に遅れるなど、迅速な意思決定がてきなかったこと
・強力なトップ・マネジメント・チームが不在で、IBMを混沌へと追いやったこと
・イノベーションや変革を沈滞させる時代遅れの企業文化がはびこっていたこと
ガースナーによる変革の前(機械的組織文化)と後(有機的組織文化)には次のような特徴が挙げられる。
【有機的組織の特徴】
・低い公式化、少ない中央集権化
・トレーニング及び経験が必要
・狭いマネジメント統制範囲
・水平方向のコミュニケーション、会議
※フラットで小規模チームのイメージ
【機械的組織の特徴】
・高度の公式化、高度の中央集権化
・トレーニングや経験は必要なし
・広範囲のマネジメント統制範囲
・垂直方向、書面によるコミュニケーション
※軍隊等の統制が取れた組織のイメージ
機械的組織とは、職務権限が明確かつ公式的で、上層部に情報が集中し、上からの命令・指示といった垂直的なピラミッド型の伝達構造をもつ、いってみ れば官僚制組織に近い組織である。これに対し、有機的組織とは職務権限が柔軟かつ非公式的で、情報は組織内のあらゆる場所に均等に分布し、水平的なネット ワーク型の伝達構造をもつ、非官僚的な組織だ。
バーンズ=ストーカーの研究から、技術革新の速い環境では有機的組織が採用されているのに対して、技術革新が比較的緩やかな安定した環境では官僚制組織のような組織構造が採用される傾向にあることが発見された。言い換えると、環境の安定/不安定性という外部要因によって、高い業績を達成する 組織構造は異なるということである。たとえば企業経営者の多くが否定的な意見を持っている官僚的な組織構造は、安定的な状況や定常的な環境下で能率を追求す ることには適しているが、革新には適していないことがわかった。
IBMの場合、順調に成長してきた同社にとって「機械的組織」になる事は当然と言える。しかしながら市場競争の中で時流に柔軟に適応できなかった点が同社の急落を引き起こしてしまった。そこでガースナーによる変革が行われた結果、有機的組織文化を育むことに成功し、柔軟な意思決定を促すことができたのである。
1990年代のガースナーの変革以降は経営を見事に立て直し、成長を続けることとなった。各国に現地法人を設立し、世界規模で活動を行う多国籍企業(グローバル企業)となり、170か国に事業展開、世界で8箇所の基礎研究所、24箇所の製造施設を持つ。
高収益と豊富な資金力を背景に基礎科学の研究にも力をいれ、ワトソン研究所やチューリッヒ研究所からはノーベル賞受賞者を輩出している。1993年~2008年の16年間、米国での特許取得件数は連続トップとなった。
IBMの歴史は「大企業」だからといって安心できず、常に「変革」が求められるという示唆を表す代表的な事例である。特にコンピューターという変化の激しい業界だからこそ、時に組織の大変革を迫られる必要が起こった。「機械的組織」と「有機的組織」のどちらが良い悪いということよりも、経営環境が異なれば有効な経営組織は異なるというのが最終的な結論である。あらゆる経営環境に対して、有効な唯一最善の経営組織は存在しないという「コンティンジェンシー理論」と言える。
IBMの機械的組織としての成長から、業績が急落した1990年代にルイス・ガースナーによる大変革(機械的組織→有機的組織)を事例として、機械的組織と有機的組織を対比して論じてみたい。
1980年代、IBMは株式市場価値の点で世界最大の会社にランクされた。世界中で雇用を創出し、その労働力は40万7000人にまで膨らんだ。
1990年代、決して失敗することはないと考えていた会社に投資をした人々は現実を直視することができなくなっていた。60億ドルの収益を上げていた会社は、2年後に損失額50億ドルというとんでもない数字を報告し、IBMの株は「スウェーデンの国内総生産」にも匹敵する750億ドルという損失を出した。この企業に関係していたすべての人が被害を受けた。
IBMの運命の変転は「機械的組織」による成長と衰退、「有機的組織」への変革による再生を物語る企業ストーリーである。
IBMの人件費は1963年~1966年までに130%も上昇したが、売上高の伸びはおよそ97%だった。
当時のIBMは会議が多くて意思決定が迅速にできず、終身雇用によって人が増え続け、長く勤めた人が経営陣に抜擢されていくという典型的な官僚的組織だった。
この為、IBMは業界の変化に適応するのに必要なビジョンと柔軟性を失っていた。パソコン市場への進出が遅れ、経営陣は「メインフレーム・コンピュータ」の収益を保持するという「安定」を重視した方向へ舵を切っていた。これが結果的に「不安定」を引き起こすことになる。
経営陣は過去の価値観や政策、用心深さ、従業員の訓練に拘泥すること、顧客のニーズを予測するよりもその後追いに焦点を絞ること、終身雇用の保証等、急激に変化する環境ではもはや有効ではないことに気づかなかった。
これは典型的な「機械的組織ー官僚的組織ー」を意味する。
形式的で恒常的な規則に基づいて運営される。
上意下達の指揮命令系統を持つ。
一定の資格・資質を持った者を採用し、組織への貢献度に応じて地位、報償が与えられる。
職務が専門的に分化され、各部門が協力して組織を運営していく分業の形態をとる。
1993年、ナビスコ社から引き抜かれたルイス・ガースナーが会長兼CEOに就任し、不採算部門の売却、世界規模の事業統合、官僚主義の一掃、顧客指向の事業経営を行い、独自システムと独自OSによる顧客の囲い込みをやめ、オープンシステムを採用したシステムインテグレーター事業へ戦略を大きく転換した。また顧客の要望を聞き、顧客はトータルなサービスを望んでいると考え、IBM分社化の動きを停止した。
-ガースナーの改革-
・固定的報酬からインセンティブ制度へ
外部の人間を重要な部門の長として招き入れ、トップマネジメントに対する経済的インセンティブを劇的に変えて、彼らの報酬の約75%を会社全体のパフォーマンスに合わせて変動させることにした。
・組織構造の見直しと人員削減
各国で終身雇用を行っていたが、これを方針転換しリストラの実施が開始された。後には最終的に、最盛期には全世界で40万人いた社員を22万人まで削減することになる。年功序列制から実力主義に変革し、外部から優秀な経営陣を連れてきた。
・企業文化の変革
創業当時から、IBMの創始者トーマス・ワトソンの意向によりダークスーツに白のワイシャツ、レジメンタル・タイというスタイルがIBMマンの一般的な服装であった。機械的組織の典型的な出立ちである。ガースナー就任後は、西海岸のベンチャー企業の社員を彷彿とさせる「ジーンズにTシャツ」という対照的な服装(有機的組織の象徴)に転換させることにより「硬直で官僚的な組織文化を、砕けた適応しやすい組織文化」に変革させた。
・フラットな情報収集、伝達
意思決定を鈍らす要因となっていたトップマネジメント間の会合を廃止し、従業員や顧客と直接話しをするようになった。
ガースナーが就任する前にIBMが抱えていた「機械的組織文化」における課題
・各事業部門の調整をして、効率を促すコントロール・システムを設計できなかったこと
・新しい技術の可能性を探る対策に遅れるなど、迅速な意思決定がてきなかったこと
・強力なトップ・マネジメント・チームが不在で、IBMを混沌へと追いやったこと
・イノベーションや変革を沈滞させる時代遅れの企業文化がはびこっていたこと
ガースナーによる変革の前(機械的組織文化)と後(有機的組織文化)には次のような特徴が挙げられる。
【有機的組織の特徴】
・低い公式化、少ない中央集権化
・トレーニング及び経験が必要
・狭いマネジメント統制範囲
・水平方向のコミュニケーション、会議
※フラットで小規模チームのイメージ
【機械的組織の特徴】
・高度の公式化、高度の中央集権化
・トレーニングや経験は必要なし
・広範囲のマネジメント統制範囲
・垂直方向、書面によるコミュニケーション
※軍隊等の統制が取れた組織のイメージ
機械的組織とは、職務権限が明確かつ公式的で、上層部に情報が集中し、上からの命令・指示といった垂直的なピラミッド型の伝達構造をもつ、いってみ れば官僚制組織に近い組織である。これに対し、有機的組織とは職務権限が柔軟かつ非公式的で、情報は組織内のあらゆる場所に均等に分布し、水平的なネット ワーク型の伝達構造をもつ、非官僚的な組織だ。
バーンズ=ストーカーの研究から、技術革新の速い環境では有機的組織が採用されているのに対して、技術革新が比較的緩やかな安定した環境では官僚制組織のような組織構造が採用される傾向にあることが発見された。言い換えると、環境の安定/不安定性という外部要因によって、高い業績を達成する 組織構造は異なるということである。たとえば企業経営者の多くが否定的な意見を持っている官僚的な組織構造は、安定的な状況や定常的な環境下で能率を追求す ることには適しているが、革新には適していないことがわかった。
IBMの場合、順調に成長してきた同社にとって「機械的組織」になる事は当然と言える。しかしながら市場競争の中で時流に柔軟に適応できなかった点が同社の急落を引き起こしてしまった。そこでガースナーによる変革が行われた結果、有機的組織文化を育むことに成功し、柔軟な意思決定を促すことができたのである。
1990年代のガースナーの変革以降は経営を見事に立て直し、成長を続けることとなった。各国に現地法人を設立し、世界規模で活動を行う多国籍企業(グローバル企業)となり、170か国に事業展開、世界で8箇所の基礎研究所、24箇所の製造施設を持つ。
高収益と豊富な資金力を背景に基礎科学の研究にも力をいれ、ワトソン研究所やチューリッヒ研究所からはノーベル賞受賞者を輩出している。1993年~2008年の16年間、米国での特許取得件数は連続トップとなった。
IBMの歴史は「大企業」だからといって安心できず、常に「変革」が求められるという示唆を表す代表的な事例である。特にコンピューターという変化の激しい業界だからこそ、時に組織の大変革を迫られる必要が起こった。「機械的組織」と「有機的組織」のどちらが良い悪いということよりも、経営環境が異なれば有効な経営組織は異なるというのが最終的な結論である。あらゆる経営環境に対して、有効な唯一最善の経営組織は存在しないという「コンティンジェンシー理論」と言える。