ビジネスの能力でよく出てくる「論理的思考(ロジカルシンキング)」「地頭力」についての一考を述べたいと思う。

法政大学経営大学院での講義でその名も「ロジカルシンキング」というのがあった。受講したのはもう何年も前の話だ。

経営者に必要な思考力の一つとして、経営者養成のためのロジカルシンキング講義だったのだが、意外な発見があった。結局、修士論文を執筆した時もそうだったが、ロジカルシンキングと表裏一体である「直感力」「仮説思考」というものを理解するのに論理的思考はとても役に立った。

経営者の最大の仕事の一つである「意思決定」の場面において、上記の能力は非常に役にたつ。
また、銀行や投資家、取引先や従業員というステークホルダーに対してのプレゼンテーションにも威力を発揮する。

「論理的思考」はよく「問題解決能力」とセットにして考えられている。
というよりも、論理的思考によって、問題解決能力を高めるということになるだろう。

日々のビジネスにおいて、問題は山積みだ。それを一つ一つ丁寧に解決をしていかなければならない。しかし、そこには意思決定が必要である。そのとき、経営者は迷う。どちらの判断が正しいのか。しかもそこに第三者の意見やバイアスも入り、さらに思考は複雑になる。

でも、それは言ってみれば「問題を把握できている」状態である。
あとはそれを文字通り「解決」するだけだ。

これは学校で出てくる勉強と同じである。
あらかじめ「問題」が用意されていて、それを解く。
もちろんビジネスの場面では「何が正解か」というのは結果論でしか分からない。
でも、既に問題が把握できていれば、もう半分以上仕事は終わっている。あとはそれをやるだけだ。

何が言いたいのかと言うと、
経営者、とりわけ創業者に必要なのは、問題解決能力よりも「問題発見能力」である。

社会に顕在的、潜在的(こちらの方が重要だが)に存在する問題をいち早く発見し、それを解決する。これによりビジネスチャンスが生まれる。

問題といっても、別に悪いものを良くする、というだけではない。
より良いものをさらに良くする。これも問題発見能力だ。

体の機能に例えれば、経営者は会社組織の脳である。
いわば「イノベーション」とは問題を発見する能力であり、その解決手段に「問題解決能力」が必要となる。

だから「問題解決能力」に注視しすぎると、それはサラリーマンの仕事と同じなのだ。
もちろん自発的に問題の発見をできる優秀な社員もいるが、ほとんどが、上から与えられた仕事をたんたんとこなすタイプである。

「イノベーション」という言葉を使ったが、
ようは「創造」である。

仕事には二つしかない。

「創造」と「解決」だ。

この二つがあれば会社の存在意義となる。
存在意義はやがて利益をもたらし、人々の生活に価値を提供し、雇用と納税に繋がる。
社会の活力となるのだ。

株式会社の持続可能なゴーイングコンスーンの原則に基づけば、
会社というのは、常に「創造」と「解決」を社会にもたらさなければならない。

これがなくなった時、会社は存在しても存在価値は死する。

そんなことを考えながら、ビジネスの次の一手を考えている。
今日は突然夢に祖父が出てきた。
普段はどんな夢を見たのか忘れてしまうくらいぐっすりだが、
何故か夢のことを鮮明に覚えている。

どうやら僕が仕事で成功して、それについて語っていた。

祖父が生きてた頃、僕はスノーボードに夢中で
仕事のことなんて考えてなかった。

わけあって祖父母の家に預けられていた僕は、
祖父が父親のような存在だった。
優しすぎる父親だった。

勉強もたくさん教えてもらった。


大正生まれで第二次世界大戦では海軍に属し、
鉄砲の弾を体にうけて瀕死の状態で戦地にいたと聞く。
あのとき打ち所が悪ければ、僕はこの世にいない。

「当たり前な奇跡の物語」をふと頭に思い描いた。

僕は祖父から色んなことを教わった。
戦時中のことや日本経済のこと。

当時小学生だった僕は無邪気に色んな質問をしていた。
きっと思い出したくない過去もあったかもしれない。
それをとても柔らかく、ジョーク混じりで教えてくれた。

どんどん戦争のことを語れる人は少なくなっていく。
僕は司馬遼太郎の「坂の上の雲」が大好きだ。
歴史小説が好きだ。

明治になって侍が消滅しても、侍魂で戦後の焼け野原から経済復興を成し遂げた日本。

過去をどれだけ忠実に文章や映画で再現しても、
きっとその時にその場にいた人にしか分からない、壮絶な体験がある。

飛行機にのって敵の艦隊に突撃してこい、とか自分で腹を切れ、なんて現代では考えられない。
歴史を学ぶたびに、どんな過酷な時代を先代は生きてきたのか、想像を絶する。

偉そうなことを書いている僕も、実はとてもデリケートな人間である。
会社の代表として組織を引っ張って行く「人格」はまるで別人のように、
素の自分は弱い人間だと思う。

でも、そんな時祖父の顔を思い出す。
「こんなことで、へこたれてたらダサい。焼け野原で命からがら生き延びた祖父の孫として情けない」

人間は弱い生き物だと思う。
だけど、それは「ひとり」になったときだ。

祖父が心の中に生き続け、目の前には愛娘がいる。

これだけでどれだけ頑張れるだろうか。
最近は六本木店の立上げなどでバタバタしていた。

昔はよくブログを書いていたのだが、最近はやめていた。

色々と思うことも多いので、そろそろ日々の思考や出来事を

日記として残していくことで、頭の整理をしていこうと思う。

って、何か書こうとすると何も思い浮かばなくなったりする。

また思い出したら何か書こう。
今日は営業力について考えてみたいと思う。

僕はこれまでベンチャー企業から上場企業まで
様々な営業経験がある。
その後は営業会社を経営していたこともある。

僕の主観的な経験則に基づく推測によれば、
営業には大きく二つのタイプがあると思う。

「熱血営業マン」タイプと「論理的営業マン」タイプだ。
どちらのタイプにもトップセールスマンはいる。

まずは前者。
熱血営業マンタイプは、
いわゆる「南極で氷を売る」ことができるタイプだ。

文字通り南極で氷を売るのはナンセンスである。
でも、あの手この手の営業トークで売るというよりは、
彼は自分自身を顧客に売り込んでいる。
営業の世界ではよく言われる「◯◯君からなら買うよ」
と相手の心を掴むタイプである。

このタイプは高度成長期に活躍した営業マンが多く、
皮肉を込めて呼べば「昭和の営業マン」だと考えている。
酒と女を絡めた夜の接待や、お歳暮などの贈答品もかかさない。

相手の心を掴むためにはありとあらゆることをする。
これはこれで、売上を上げるためには有効だと思う。

でも果たして、会社からの交際費は削られ、酒を飲む人と飲まない人は分離し、
南極で氷を買うという無駄遣いが出来ないような経費管理がシビアなこの時代に
このような営業マンは生き抜いていけるだろうか?

熱意と様々な根回し”だけ”でやっていけるのは一昔前の時代だと思う。

だが、別に悲観的なことを述べているわけではない。
ここで登場するのが「論理的営業マン」である。

彼らは別に根回しや会社から潤沢な交際費を預かっているわけではない。
会社の商品力を論理的に顧客に説明し、メリットとデメリットを並べ、
顧客に選択肢をせまる。
経費削減や売上アップに繋がる様々な提案をする。
これによって売上を上げていく。

自らも様々な営業マンから営業を受ける立場になって思うのは、
このような「論理的営業マン」が増えたということだ。
期待を込めて彼らを「平成の営業マン」と呼ぼう。

しかしながら、メリットもデメリットも分かった。
確かにお金を出す価値はあるかもしれない。
だけど、何か一押し足りないのだ。

何となく「◯◯君から買わなくてもいい」と思ってしまう。
※もちろん、その会社のその商品を、その営業マンを窓口としてしか
 購入できなければ、話は別だが。

コーヒーブレイクのような会話は皆無で、淡々とビジネスの話だけをする。
これだったらそのうちロボットでも出来るのではないか、と考えてしまうのだ。
もしくは、そもそも営業マンなど必要ない、ウェブや資料送付、説明会などで
多くの顧客に一斉に、半自動的に伝えていっても売れるような気がするのだ。

後者の営業マンとは酒を酌み交わすこともないだろう。
プライベートの話で盛り上がることも、前者の営業マンに比べれば少ないだろう。
それでも、いいものは売れる。

営業能力とは何だろうか?
今後ウェブがさらに発達し、スマホが国民全員に行き渡り、
様々な広告戦略によって顧客にその商品の存在を知らせていく。

もはや「頭がいい論理的営業マン」は単純作業である。
企業が30万円のコストをかけてせいぜい一日に5件ぐらいの商談しかできない
営業マンはコスト削減の対象になるだろう。

最年少東証一部上場を果たしたジョブセンスの村上氏は、
営業マンを抱えないことでコスト削減し、その分をIT部門での
自社開発に当てることで素晴らしいサービスを顧客に提供し、
急成長を果たした。※村上氏については別途記事で論じてみたい。

じゃあ、この文章の結論は何なのだろうか?
それは前者と後者を混ぜた「ハイブリッド型営業マン」の育成である。

会社の経費は削られる一方だが、やはり企業が30万円ものコストを支払って
営業マンを雇うからには、それ以上に利益をもたらさなければならない。

そこでは、論理的単純営業ではその付加価値は小さくなる。
その一方で熱血営業マンでひたすら契約するまで追いかけてきたり、
「商品ではなく”自分”のみを売るタイプ」でも駄目だ。

熱血で自分を売り込むことができて、なおかつ冷静にメリットとデメリットを
共有することができる、そんな営業マンが必要だと思う。

ちなみに熱血営業マンは投資会社に多い。
株を買ったって、値上がりする保証はどこにもない。
でも「その人を信用して」購入するわけだから
高度成長期には投資会社は大もうけした。
でも、今の時代、投資する側の人間も財布の紐は固い。

その人の人間性は認めても、論理的に納得できる
金融商品でないと投資できない。

長々と文章を書いて持論を述べたが、
考えれば当たり前なことを書いているな、っていうのが正直な感想だ。

自分+商品。どちらもバランスよく売る。
じゃないとものも売れない時代だと思う。

次回は飲食や美容といったサービス業の
接客(自分という商品)と
技術(役務という商品)
について考えていきたいと思う。







UNIQLO・ファーストリテイリングについて

同社は元気がない日本企業の中で、増収増益を続けている。また、積極的にM&Aを繰り返し、今や世界企業の仲間入りを果たした株式会社ファーストリテイリングの成功の要因を突き止めたいと考え、同社を調べてみた。
(中学時代の同級生が近年就職したり、友達何人かもファーストリテイリングで頑張ってる。)

※以下、株式会社ファーストリテイリングのM&Aの歴史

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《概要》
株式会社ファーストリテイリングは、その社名に柳井会長の野望が込められている。ファーストフードが「食」の世界で「早い、安い、おいしい」を実現し、瞬く間にどの町でも見かける様になったように、ファーストリテイリングは同じことを「衣」の世界で実現させようとしているのだ。FAST(速い)RETAILING(小売)。

《SPAという新しい業界》
SPAとはアメリカの衣料品小売大手GAPのドナルド・フィッシャー会長が1986年に発表した「Speciality store retailer of Private label Apparel」の頭文字を組み合わせた造語である。製造から小売までを統合した最も垂直統合度の高い販売業態だが、90年代に入ってその概念も広くなった。
 
現在では、素材調達、企画、開発、製造、物流、販売、在庫管理、店舗企画などすべての工程をひとつの流れとしてとらえ、サプライチェーン全体のムダ、ロスを極小化するビジネスモデルと定義されている。
 

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 従来、日本で採用されてきたSPAビジネスモデルは小売業者が製造、企画を担当するものだった。小売業者の方がPOS分析や購入者分析、店舗開 発など「販売」のノウハウを多く所有しており、効率的にSPAモデルを推進できるからだ。株式会社ファーストリテイリングが展開する「UNIQLO」は小売業が起 点となっている日本のSPA企業の代表格といえる。
 アパレル企業でのSPA導入企業は「ファイブフォックス」「サンエー・インターナショナル」「ワールド」などがあり、今やSPAでないと成功しないというのがアパレル業界の常識となりつつあるのだ。

SPAモデル導入のメリットは
①自店の顧客ニーズを的確にキャッチできる
②リーズナブルな価格で製造できる
③情報ネットワークを駆使し、売れ行きをチェックし、早期に対応できる

一方、デメリットは
①自らの企画、生産であるため、リスクが大きい
②顧客リサーチから企画に仕上げる手間がかかる
③工場管理から店頭オペレーションまで広いノウハウが必要である

 同じSPAモデルでも、「ワールド」は「仮説→修正→検証」の繰り返しによる商品作りとクイックレスポンス体制によって、企画から店頭販売の期間を4ヶ月に短縮化することに成功している。一方「UNIQLO」は、部品原料は東レや大手の化学繊維メーカーに任せ、出荷物流もサードパーティを活用、自分たちはマーケティングと企画だけを行い、卸機能と小売に 集中して成功している。どちらのケースも独自の仕組み構築によってこのデメリットを克服して成功しているケースである。

《世界からみた株式会社ファーストリテイリングのポジション》
上記の図を参照すれば分かるように、世界のアパレル製造小売企業(SPA)の業界の中で、4位の売上高を誇り、前期比の成長率はナンバーワンである。同業界で世界を相手に戦える唯一の日本企業だといえる。

時価総額ではギャップを抜き世界第三位という偉業を成し遂げた。【下図参照】

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《財務内容について》
・2006年~2010年の財務内容の期間比較


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売上高は店舗数の増加と共に一貫して伸び続けている。07年に経常利益の減少に伴い純資産、ROE、ROAなどが一時的に下がったが、08年にはリカバリーし、成長している。中でも著しく増加しているのは「従業員数」である。06年に3,990人だったのが、4年後には11,596まで増加した。これほど従業員が増えても他の財務指標にそれほど大きな影響を与えないのは、「アルバイト・パート」などの非正規雇用、賃金の安い中国で製造しているからと考えられる。しかし現在、地域店舗、及び本社採用の人材を今後、非正規雇用→正社員化する動きが見られる。これは、柳内社長の方針として「人を大切にする」を掲げているからである。


配当性向については38%と、2010年4月~9月期における上場企業の平均配当性向が32%を上回っている。
(下図・日本経済新聞2010年9月15日)

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※下のグラフは1998年~現在までの売上高と営業利益の推移を表したものである。
2010年8月期の売上は8148億円(前期比+18.9%)、営業利益1323億円(前期比+21.9%)、当期利益616億円(前期比+23.9%)と、前期と比較して増収増益を達成している。


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《同業他社比較》
日本国内では売上高、成長率共に首位である。【下図参照】

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《感想》
 私が個人的に興味を持っているのは、コーポレートガバナンス及び内部統制である。株式会社ファーストリテイリングの取締役会は5名で構成されているが、柳井社長以外の4名は全員、社外取締役であるという点に注目した。CFOも例外ではない。監査役会においても5名中4名が社外監査役である。会社内の取締役が柳井社長のみということを考えると、独裁体制だと感じる。大企業で今後グローバル化を目指しながらも、管理体制はどちらかというと中小企業で留まっていたいという印象を受ける。また、中心となる株主の大半が首都圏に集中しているのにもかかわらず、 株主総会を本社の山口県で行っていることは、どちらかというとディスクロージャーに支障を与えるものだと考えられる。M&A、従業員へのストックオプションの付与など、欧米型の経営法を取り入れ、英語の公用化を行っている当たり、今後どんどん拡大し、世界へ飛び出す企業だと感じた。
アメリカと日本の雇用を比較するために、いくつかの参考文献(文末参照)を読んで考えてみた。
雇用慣行の違いは起業家精神にも大きな影響を与えると考えられるので、とても参考になった。

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 日本的雇用慣行といえば「終身雇用」「年功序列」を特徴としたものであり、企業別労働組合という労使関係のあり方、日本の労働市場、雇用慣行に特有のもの、ということになっている。言うまでもなく、終身雇用は企業に入ると定年に至るまで働き続ける、又は雇用が保障されていることであり、年功序列とは雇用者の年齢もしくは勤続年数によって賃金が上昇していく制度を意味する。このように単純に日本の雇用慣行を要約していいのか、このような慣行は一部の大企業だけではないか、という議論はあるが、欧米と比較するとこうした要素が強いのは事実である。

このような日本型労働市場と対極であると考えられているのがアメリカ型労働市場である。個々の雇用者は企業に縛られず、各自の資格や職業能力を売りに、条件の良い職場を求めて転職を繰り返す。賃金も勤続年数ではなく、職業能力の対価として支払われる。

「日本の雇用慣行も大きな転換期だ」という議論も多く、日本の労働市場、職業キャリア形成のありかたに国際比較を通して相対的に把握することは極めて重要な課題である。

本レポートの内容は「日米の職業キャリアと学歴に対する価値観」「女性の労働参加率とキャリア形成の実態」を比較検討していくことである。

日本の雇用慣行モデルでは、新規学卒者を定期的に採用し、彼ら新入社員が長期にわたって同じ企業に勤務することを前提とした人事管理、教育、訓練が行われる。この結果、日本企業ではOJTを重視する事になる。また、長期雇用なので、企業内の様々な部署や業務を経験する可能性が高くなる。したがって、ある職務に精通するというよりも、特定の企業内で業績をあげることが重視される。いわゆる「企業特殊的な能力」が重視されるのだ。これを「内部労働市場型」の雇用慣行と呼ぶ。

一方、個々人が特定の職業上の能力を身につけ、それを売り物にして一つの企業に依存することなく転職を繰り返すというアメリカの雇用慣行を「外部労働市場型」と呼ぶ。もちろんアメリカでも内部労働市場型の力が強いセクターも存在するので、あくまで両者の労働市場は理念的なモデルである。

それでは、日米両者の雇用慣行の違いは、実際の職業キャリアにどのような帰結をもたらすのか。


・「新卒一括採用」の日本と「適職探索期間」が長いアメリカ

 日本では新規学卒者を企業が定期的に採用するのが一般的である。このプロセスには学校、公共職業安定所などの公的な組織が大きな力を持って参加しており、長い間日本における人材供給に貢献してきた。この様な制度は他の国々からみると非常に制度されている。一方アメリカの場合、日本のように個々人の求職活動に公的組織が介入することはなく、学校も大きな力を持っていない。学校を卒業して初めて労働市場に入る場合でも、個々人が独自に就職活動を行う。日本のような「新規学卒者」の入社であっても長期にわたって勤務することが前提とされていない。そのため学校を卒業してから、しばらくの間は自分にとって適切な仕事、勤務先を求める適職探しをする機関となる。

いったん仕事に就いた後、再び学校に戻ってより高い学歴を身につけ、その後新たな仕事に就くケースもしばしば見られる。したがって、適職を求めて転職したり、学校に戻るという行動を行う適職探索期間が長くなる。

一方、日本でも1990年代、好景気で労働力不足といわれた時期に「第二新卒」という言葉が生まれ、若年層で一度就職した直後、よりよい就職先を求めて転職する者が増加したが、全体的にみれば、卒業直後に就職した企業にある程度長い間勤務するというのが一般的である。


・職業キャリアにおける「学歴」価値の日米の違い

 日本では様々な学歴を持つものが、学校を卒業する時期に一斉に労働市場に参入し、基本的に長期雇用が前提となっており「企業特殊的」な能力が培われていく。この場合、学歴は労働市場に初めて参入する際の、企業側が学生を見極める「フィルタリング」の役割を果たす。しかし、労働市場に入った後、例えば転職時等に学歴がもたらす効果は弱くなる。

一方アメリカでは個々人の職業能力、すなわち、どの企業でも通用する普遍的な能力が重視される。いわゆる資格社会のアメリカでは労働市場に入った後も個々人の持つ学歴が重要な意味を持つ。だからこそ、いったん仕事を辞め、学校に戻って、再び新しい仕事に就くという行動が一般的にみられるのである。

以上の事から、社会全体で認知されている普遍的な基準の一つである教育の持つ効果も、職業的地位達成に対してアメリカでの方が強いと考えられる。
アメリカでは労働市場に参入した後も学歴の効果が持続するのに対し、日本では転職後の職業に対する学歴の効果は転職前の仕事に対するそれと比べ大きく減少するのだ。


・女性のキャリアにおける日米の違い

 女性の就業パターンの問題は日米の間でみられるもっとも顕著な違いでもある。
現代の日本において、女性の取得学歴が向上したにも関わらず、これが就業率の向上、特に就業継続率の向上に結びつかないという問題もある。それに対してアメリカは歴史的に女性の取得学歴が向上するのと比例して、彼女達の社会進出が実現している。両者にはどのような違いがあるのだろうか。

日本では長い時間をかけて企業内訓練が行われ企業特殊的な技能を重視した人材養成が行われるのは前述した通りだが、問題はこの「人材養成」が「階層的あるいは差別的」に行われていることである。

このような人材育成は内部労働市場におけるキャリア形成を念頭に置いたものである。多くの女性はこの「人材養成対象」からはずれた者として扱われている。その結果、結婚や育児を契機とした離職が余儀なくされる。仮にこの退職が女性就業者側の意志によるものだとしても、退職後に再就職しようとしても、日本の雇用慣行の中では「個々人の持つ職務能力よりも企業特殊的な技能が重視される「労働市場に参入した後は取得学歴は大きな意味を持たない」などの理由によって再就職が難しくなる。


ー起業家を応援する社会人大学院生のブログー-a

日本とアメリカの「女性就業率(図1参照)」の違いは、男女の分業形態が歴史的に異なるという点で説明できる。戦前のアメリカでは「夫は働き妻は専業主婦」というのが典型だった。その結果、戦前アメリカの既婚女性労働参加率は1940年で20%程度、1910年~1930年代にかけては10~20%であった。(Davis,1984)

その一方、日本においては「夫が主たる働き手」ではあったが、妻が家事と同時に家庭内従業者として労働に参加する形態が普通であり、その結果1935~1945年の間では、女性の就業率は48%と高かった。

このことから、日本の女性の労働について戦後大きく変化したのは労働力参加率ではなく、自営や家族従業者が占める雇用割合の拡大や、販売職、サービス職、作業職といった専門職、事務職の割合拡大といった職業の変化であると指摘されている。(Omori,1993)

戦後の日本で家族従業者や自営業者として働いていた女性達にとって、家業への就業は望むか否かに関わらず、当然の義務であった。これに対し雇用職(専門職や事務職)は経済的安定だけでなく、「きれいな職場(OLとして)」で働いている社会的報酬をもたらし、より多くの女性達に対し、就業意欲をかきたてた。


ー起業家を応援する社会人大学院生のブログー-b


 上の図に表示されている通り、日本ではいわゆる「M字型カーブ」が特徴である。結婚・出産で一度退職し、子育てが一段落するとパート等の就労につくというパターンだ。しかしながら、アメリカでも1950年代、1960年代においては明確なM字型をしていた。その後しだいに凹みが減って、1987年前後には凹みのない台形型に至っている。

日本的雇用慣行(内部労働市場)において、女性の離職率がM字カーブになる理由は、結論から言えば「結婚や出産等で退職する可能性が高い女性」に企業が投資することは不合理だからである。企業内訓練を施したとしても、将来的に女性が退社することを想定すると、投資した金額を回収することは難しい。この結果、女性は労働市場のなかで周辺的な立場に追いやられる。

また、現代のアメリカにおいても「内部労働市場としての性格(内部昇進、年功的な賃金上昇、一定の賃金表、新規参入者に対して年齢制限を設けているなど)が強い企業」では、女性が結婚すると退職する傾向が強かったことが報告されている(Goldin 1990 pp.166-67)

現代のアメリカが日本のM字型ではなく台形型を維持している理由は雇用の流動性が高いという事実が挙げられる。このことが女性の再就職を容易にしている。

しかし、技術革新のテンポの速い今日、専業主婦が再就職しようとする場合、知識・技能を再習得することは必須だ。そこで、アメリカの大学・大学院は、若者だけでなく中年の人々にも多く門戸が開かれている。そのため、キャンパス内に託児所も用意されている。大学に再入学するだけの時間的・金銭的ゆとりのない人々のために、大学の多くが、夜間や週末を利用しての、短期間で集中的な職業訓練のための各種コースを用意している。主婦が働こうとするときに、まず突き当たる困難は経験・技能不足、次いで情報不足という問題である。アメリカ女性の「脱・専業主婦」を可能にしたのは、「職業訓練機会の豊富さ」「情報提供機関の整備」によるところが大きい。当然のことながら、女性の職場進出は急激に進んだ。

1960 年に38%であった女性の労働力率は86 年には55%を超え、上・中流階級のステイタス・シンボルは、「妻が働かないこと」から「妻がキャリアウーマンであること」へと変化していった。1983 年の統計では、2600万組の共働きの夫婦のうち500万組は妻の方が夫より高収入であるという結果が出た。

・日米比較雇用研究(最後に)

 このように日米では「内部労働市場型」「外部労働市場型」という理念モデルでは、お互い対極の立場になる労働市場である。しかしどちらにも一長一短があり、一概には優劣をつけることは困難である。しかし、本レポートにも記述した通り、アメリカでも内部労働市場型のセクターは存在する。

バブル経済崩壊以降の長期不況をきっかけとして、日本雇用慣行論を見直そうとする研究は数多く発表されているが、今後わが国の労働市場がどのように変わっていくかと考える際、一つのモデルとなるのがアメリカである。

日本的雇用慣行の特徴である「長期雇用」「年功序列昇進」といったものの力が弱くなるならば、労働市場における人の動きは「アメリカ型労働市場」に近づく可能性がある。すなわち、より頻繁に転職が起こり、個々人の職務能力が重要になる「実力主義」によって支配される労働市場である。

 わが国の将来の労働市場について議論する前に、これまで日米の労働市場にどのような特徴と違いがあったかを確認することが重要だと考え、本レポートの作成を試みた。今後も両者の雇用政策について最新の情報を追い求めつつ、日本国にとって最善の雇用政策を常に考えていきたい。




ー参考文献ー

・『雇用の未来』ピーターキャペリ著 (日本経済新聞)
・『雇用と失業の経済学』 樋口美雄 (日本経済新聞)
・『先進諸国の雇用・労使関係』桑原靖夫 (日本労働研究機構; 新版版)
・『女たちが変えるアメリカ』 ホーン川島遥子著 (岩波新書)
・『職業キャリアとライフコースの日米比較研究』 (日本労働研究機構)
  掲載論文①『消え行く少数派:生涯未就業女性の歴史的減少とその決定要因について』山口一男
  掲載論文②『続き行く職歴中断:結婚・出産・育児による離・転職率の歴史的変化と
                            その決定要因について』山口一男
  掲載論文③『事務セクターの進展:米国と東アジアにおける女性のワークパターンの比較歴史的研究』
                                    メリー・ブリントン
  掲載論文④『初期キャリアの日米比較』 平田周一
・『アメリカの陰と光』日本労働研究機構編 (日本労働研究機構)
・『海外・人づくりハンドブック米国』上西 充子編著  (財団法人海外職業訓練協会)
・『日本の人事部・アメリカの人事部』サンフォード・M・ジャコービィ著(東洋経済新報社)
・外務省HP 『http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/data.html』
・日本貿易振興機構(JETRO)『http://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/』





表題は、実はCNNの記事である。


Life Inside the Happiest Company in Japan
By Jessica Ocheltree 18 Jan, 2011 www.cnngo.com
http://www.cnngo.com/tokyo/life/happiest-company-japan-247780

ECスタジオさんは坂本ゼミでも視察を行った会社の一つだ。
ITを駆使し、社員満足度を上げた会社である。
この取組みをCNNは”The Happiest Company in Japan”と紹介した。

ちなみに、代表の山本さんは著作も出しているが、
坂本先生の「日本でいちばん大切にしたい会社」を意識した題名と考えられる。笑
きっと出版社が売れる題名を考えたとき、この題名になったのだろう。
坂本先生の影響力はすごい。
その後、ゼミで視察となった時には運命を感じたのだが・・。

日本でいちばん社員満足度が高い会社の非常識な働き方/山本 敏行
¥1,470
Amazon.co.jp

さて、さっきの記事↓について、自分なりに色々妄想しながら考えてみた。
http://www.cnngo.com/tokyo/life/happiest-company-japan-247780

(1)記者の問題意識

 この記事は、社員満足度が日本一高いと言われている「EC Studio社」に対し、CNN Asiaの記者がEC Studio社を取材し、記事にまとめたものである。記者の問題意識としては、「顧客と直接会う事もなければ、電話で話すこともないのに20万もの顧客基盤を構築し、それをたった33人で動かしているある意味「非常識」な会社が、「日本でいちばん社員満足度が高い」とされている点である。

(2)結論
「社員満足度が高い」とされている理由として、ITを駆使した無駄のない経営スタイルが社員の生産性および負担を減らしていることが一つ。二つめは1年間に140日の有給休暇などが与えられる、在宅ワークができる、などの福利厚生や働き方のフレキシビリティによるものである。代表の山本氏は、今後もこのようなスタイルで経営を貫くことを語っており、社員に対する対応について色々と考えさせられる雰囲気を残して記事は終わった。

(3)論証の方法 
「社員満足度が日本一高い」という定義に関しては、第三社機関であるリンク&モチベーション社の社員満足度を図る独自システムによるものである。取材の中心は、EC Studio社の代表である山本氏へのインタビュー、社員へのインタビューなどが中心である。

(4)記事の構成 
最初の段落では、論文でいう”Abstract”のような雰囲気で、興味をひく記事の概要について述べられている。次に”The young grasshopper”という小見出しでEC Studio社の代表の紹介、”EC Studio’s beginnings”では、会社の生い立ちについて、”Going Stateside”では山本氏がアメリカへ渡ったエピソード、”Technology and effciency”では、効率性を重視することでコスト削減、また社員への負担を減らすことで生産性と社員満足の両側面を達成していることについて書かれている。後半では初期のEC Studioが味わった挫折、特に従業員が離れていったエピソードが紹介され、この経験をもとに社員満足度を重視する経営スタイルを目指すことになったと書かれている。

(5)記事に対する僕の感想
「株主第一主義」「顧客第一主義」など、会社によってそれぞれ最重要視すべき対象が挙げられるが、明確な答えは出て来ていない。もちろんすべての利害関係者を大切にできればベストだが、日々行われる経営の意思決定において、優先順位を設けないと軸がぶれた経営になってしまう。アメリカ型のトップダウン経営は「株主第一主義」を連想させ日本の伝統的な「ボトムアップ経営は「社員第一主義」を連想させる。記者はおそらく、ある意味で「日本らしい」この会社の取材を通して、我々読者に対し、経営の優先順位に対する示唆を与える目的であったのだろう。しかしながら、「日本」という国は「過労死」や年間自殺者3万人以上など、経済は豊かでも心が貧しくなってきていると言える。そんな中、人生の多くの時間を占める「労働」について、もっと議論を深めていくべきなのは間違いない。この会社の事例は、全ての会社に適用できるものではないが、従業員と経営陣の関係を考えるヒントを与えてくれた。

この記事を発見したのは2011年1月20日。
興味深い英語の記事を探し、それを自分なりに分析しろっていう授業の中でやった。
その後坂本ゼミとEC Studioさんがリンクしのだが、やっぱり同じ方向を向いているヒト同士、繋がるんだなーって思った。
なぜシリコンバレーでこれほどまでにイノベーションが起こるのか?

理由として、シリコンバレーには社会関係資本(ソーシャルキャピタル)があると仮説を立て、
いくつかの参考文献を読んで、自分なりにまとめてみた。論文ではありません。エッセイです。

『シリコンバレーのソーシャルキャピタル』
 
 【目次】
・スタンフォード大学と産業の連携の始まり
・学校と企業と人
・社会資本構築大学
・会社の売買も株式公開も転職も就職も自由
・シリコンバレーの起業家をとりまく環境
・日本とシリコンバレーの違い
・自由な議論と水平的な人間関係がもたらす社会資本


・スタンフォード大学と産業の連携の始まり

 産業集積は元を辿ると個々の志ある起業家が事業を興し、ネットワークが形成された結果である。しかし、会社が成長したからネットワークが出来たわけでもない。会社が創業する前からシリコンバレーには様々なドラマがあった。

シリコンバレーについて研究している学者やジャーナリスト達に話を聞くと、この地域の経済発展はフレデリック・エモンス・ターマン教授の功績であるという事で意見が一致する。ターマンは「シリコンバレーの父」と呼ばれ、地域産業と大学との強調関係を積極的に推進した。今では考えられないが、1920年代当時のスタンフォード大学卒業生は皆、東海岸へ職を求めて飛び立っていたという。

彼の学生だったウィリアム・ヒューレットが発明した可聴発振器の商業化を見抜き、デイビッド・パッカードと共同で会社を設立するよう働きかけた。当時パッカードはゼネラル・エレクトリックのあるニューヨークにいたが、ターマンはパッカードに奨学金を与えることでスタンフォード大学に呼び戻した。また、2人が会社を設立した時も、技術的なアドバイスをしたり、顧客を紹介するなど、彼らを積極的に応援した。

この調子で、学生と起業家精神を共有しながらターマンは「スタンフォード・リサーチパーク」の建設をすすめ、ベンチャー企業の孵化器を完成させる。ウィリアム・ショックレイがターマンの勧めでリサーチパーク内にフェアチャイルド・セミコンダクター社を立ち上げた。これがシリコンバレーの半導体業界の起源である。その後フェアチャイルド社はスピンオフの母体となり、インテル社など、40以上のハイテク企業を生み出している。

優秀な教員の採用、優秀な学生の育成、産業との協調関係、政府からの資金獲得というターマンの戦略は、スタンフォード大学を単なる地域の大学から、世界的に著名な大学へと変貌させた。そしてそ産学官が理想的にマッチングし、ベンチャー精神に満ちた社会資本を持ったシリコンバレーという地域を作り出したのである。

・学校と企業と人

 Apple創業者のスティーブジョブズは、ヒューレットパッカード社のインターンシップで働いていた時にバークレー校のスティーブ・ウォズニアックと出会い、後にApple Computerを創業する。2人はスタンフォード大学の図書館に潜入し、AT&Tの技術資料を見つけ出して無料で不正に長距離電話をかけれるブルーボックスを完成させる等、天才的なイノベーターだった。

1985年、スティーブ・ジョブズは後に自ら招きいれた元ペプシコーラCEOのジョンスカリーに会社を追放させられる。この時絶望感に浸っていたジョブズは、理想のコンピューター像を求めてスタンフォード大学を歩き回っている時に、ノーベル賞受賞者の生物学者、ポール・バーグ教授と昼食をとることになった。「生物学の実験費用は高額な為、実験室で実験をせずに遺伝子組み換えを学生に教えるにはどうすればいいか?」バーグはジョブズに問いかけた。ここでジョブズが構想したのが今日話題のiPadである。電子教科書を開発する事を思い立ったのだ。社会に出てからなお、大学を知恵袋にしていたジョブズ氏には驚かされる。そして、運命のApple共同設立者とターマン教授が生み出したヒューレット・パッカード社で出会うのもこのシリコンバレーという土地を物語っている。


・社会資本構築大学

1996年、スタンフォード大学博士課程にいたラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンはBackRubという検索エンジンの研究プロジェクトに携わっていた。検索エンジン”Google”の原型となる研究であった。1998年、サンマイクロシステムズ創業者のアンディ・ベクトルシャルムから10万ドルの資金援助を受け、友人宅のアパートで創業した。アンディは会社すら設立してない学生2人に小切手を渡したのだ。目に見えない社会資本がなければ実現しなかった投資だろう。アンディはスタンフォード大学博士号を持っており、ラリーとセルゲイの先輩経営者であった。

 アンディがサン・マイクロシステムズ創業に至った経緯も大学だった。同じくスタンフォード大学の学生だったビノッド・コースラがアンディの自作ワークステーションの商業化を持ちかけたのだ。ビノッドはスタンフォード大学大学院でMBAを取得したスコット・マクネリ、カリフォルニア大学バークレー校でBSDを開発したビル・ジョイを誘い、1982年にサン・マイクロシステムズ社を共同設立した。



・会社の売買も株式公開も転職も就職も自由

 ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロの2人はスタンフォード大学で出会った。2人の開発した検索エンジンに目をつけたベンチャーキャピタルが事業化を持ちかけ、1995年3月、会社法人として事業を開始した。YAHOOの誕生である。1996年4月にはNASDAQで株式公開している。
 
 エヴァン・ウィリアムズは故郷のネブラスカ大学を中退後、いくつかのベンチャー企業を転々としていた。その後フリーランスのプログラマーとなり、インテルやヒューレット・パッカード等とフリーランス契約を持つことになる。ウィリアムズは友人と共にプロジェクト管理ソフトを作っていたが、そのシステムが当時はまだ珍しかったブログを作成するツールとなる。ウィリアムズは世界にBlogger(ブロガー)という言葉を流行らせ、同システムを2003年にGoogle社へ売却すると共に同社社員となる。翌年にはGoogleを退社し、Obious社を立ち上げ、Twitterが生まれる。

 会社設立、会社売買、就職、転職というフリースタイルな人生を送るのは日本では考え難い。転職による情報のスピルオーバーや、ベンチャーキャピタルからの出資、株式公開、M&Aなど、これらを可能にするのは大学でも学生でもない。このシリコンバレーという土地に生息するインキュベーター弁護士、会計士などの専門家なのである。


・シリコンバレーの起業家をとりまく環境

❶大学コミュニティ
 ハイレベルな学生が集まり、彼ら起業家の卵たちの非公式なネットワーキングの場となる。彼らの絆は企業形成プロセスにおいて非常に重要な役割を果たす。

❷ベンチャーキャピタルコミュニティ
 積極的に「駆け出しの企業」に投資し(経営陣の学歴をスクリーニングの重要な要素とするあたり、①の大学コミュニティを意識していると考えられる)、経営ノウハウ、マネジメントにおける人材紹介など、資金調達だけでなく、ネットワーキングを深める役割も果たしている。

❸その他のサービスインフラ
 シリコンバレーにはスタートアップ企業が周辺的、補足的活動にエネルギーを消散させることなく、得意分野に集中するための仕組みが充実している。 

・契約製造サービス 
 プロトタイプの開発及びサブシステムや“ピーク負荷”製造に利用可能。

・専門広告会社
 戦略的マーケティング、製品の包装、展示会、企業ロゴ、その他副次的サービス提供。

・会計事務所
 スタートアップ企業、ハイテク企業向けの専門的なサービスを保有。

・人材供給会社
 スタートアップ企業が、マネジメントチームを増強し、新たな人材を雇うために機能。 

・不動産会社
 ハイテク企業向けに設計された設備を提供したり、従業員の発想力を活かす為に大学のキャンパスのような環境を作り出そうとするところがある。

・法律事務所
 著名な法律家同士のパートナーシップが構築されており、ハイテク産業に特化したノウハウを持っている。最初の法人化、企業名の検索、株の割当問題、特許の申請、提携の合意、株式公開の見込み、証券取引委員会(SEC)への書類届け、企業取得契約の準備等の機能を果たす。

 ベンチャーキャピタル、大学、弁護士、会計士、エンジェル投資家などのベンチャービジネスをを囲む人のつながりが、生まれて間もないベンチャーの成長に手を貸している。




・日本とシリコンバレーの違い

・シリコンバレーの産業集積の特徴
開放性、学習、情報の共有、アイデアの共同展開、柔軟性、相互フィードバック

・日本の産業集積の特徴
 鎖国的、情報の遮断、雇用の流動性が低い、企業城下町

・日本にはIPOやM&Aの機会が少なく、キャピタルゲインの確保は難しい。ベンチャーキャピタルも金融機関の子会社でベンチャー育成の経験が少なく、法 律家や会計士でベンチャー支援をしてくれる人も少ない。このようなことから、リスクをとって新しい事業を起こしていく起業家を社会が受入れて励ましていく ような雰囲気は薄い。

・シリコンバレーでは、リスクをとって、仮に失敗したとしても次のチャレンジの糧として評価するという含理性と寛容さが存在する。これに対して日本では一 度でも起業に失敗すると社会からつま弾きにされる可能性高い。雇用の流動が少ない日本においては社会復帰することも困難である。


・自由な議論と水平的な人間関係がもたらす社会資本
 
 「地域コミュニティ」を機能させる為には、自由な議論と水平的な人間関係が重要だ。コミュニティ構成員同士の日常的な信頼関係を構築する必要がある。し かしながら、産業集積においては相互に「競争関係」が生じてしまうため、「自由な議論と水平的な人間関係」を構築するのは非常に難しい。

 特に日本企業の場合は企業における情報を外に漏らすことはタブーとされている。ノウハウ、技術や情報の流出を嫌っているためだ。その結果、競合他社の従 業員と情報交換することは通常ではあり得ない。転職をする=裏切り者というレッテルを貼られるので、雇用の流動性も小さい。

 これとは対照的に、シリコンバレーでは、プロジェクトや企業を渡り歩くことに対しても寛容で、その結果転職が情報のスピルオーバーの重要な役割を果たす。
 同一地域に立地していても、業界や地域の将来について情報を共有して自由に議論する土壌は日本では考えにくい。「自由な議論と水平的な人間関係」という観点からシリコンバレーをみると、もう一つ重要な風習を見つけることができる。
 シリコンバレーの産業集積の構成員として認められる為には、企業の大小を問わずこの地のルールを守らねばならない。
 日本の産業集積の場合、企業間の力関係でルールが決まる。つまり大企業がルール違反を犯しても滅多なことでは制裁されない。企業城下町的な産業集積では、中小企業は大企業に従わざるをえず、「自由な議論と水平的な人間関係」とはかけ離れたコミュニティとなっている。このようなシリコンバレーの風土が産業の発展に寄与したと共に、スタンフォード大学、そこに集まる学生、弁護士や会計士、そして産学連携の実現を追い求めたターマン教授の血と汗無くしてこの土地の社会資本は形成されなかったであろう。

参考文献

・シリコンバレーーなぜ変わり続けるのか上ー
・シリコンバレーーなぜ変わり続けるのか下ー
・シリコンバレーは死んだか
・シリコンバレー創世記ー地域産業と大学の共進化ー
・なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか?

これも大学院にてロープレしたもの。2011年7月頃やった。統計の授業だったんだけど、それを使ってどう市場に挑んでいくかを勉強した。仮説を立てて実際にインタビュー調査し、仮説を検証っていうビジネスにおける調査法を学んだ。使ったのは「コンジョイント分析」




タブレットPC市場への新たな旋風

 

 私たちK4コンサルティングは、株式会社東芝の掲げる“Leading Innovation”の理念に基づき、近頃ブームとなっているタブレットPCの新たな販売領域を創造するため、現状分析、データ調査、新戦略の提案という形でコンサルティング業務に携わらせていただいた。

 

 まず、現状分析であるが、国内PC市場のシェアは世界で347百万台、国内で15百万代となっている。国内市場のうち、東芝のシェアは11.7%となっており、業界では第3位の地位である。業界トップはNEC19.5%、富士通が19.4%で2位の位置についている。上位3社で全体のシェアの50%を占める寡占市場である。世界市場では日本企業は見る影もなく、上位5社は全て米国企業である。

 

 このような状況の中、東芝の強みの一つである “Dynabook”ブランドだけではこれ以上の成長は難しい。PC市場は成熟しつつあり、パイの奪い合いだけをしていても大きな成長は望めない。そこで我々はPC市場のパイそのものを大きくするための戦略を立案した。タブレット型PC市場への本格参入である。タブレット型PC市場はAppleiPadを筆頭に、PCでもスマートフォンでもない新たなユーザー層の開拓や使い方が期待されている。

 

 しかし、我々が考えているのは他社のタブレットPCが獲得しようとしている一般の顧客層だけではない。従来のタブレットPCの宣伝方法、販売チャネル、利用方法では考えられないような画期的な販売戦略を計画している。我々が提案し、東芝が投入を決定したタブレット型PCの製品名は “Guardian”である。コンセプトは「あなたを守るタブレット」となっており、大きく2つの場面を想定して作られている。1つ目は遊びやリラックスを目的としたアウトドアの活動時、2つ目は地震などの天災や遭難などの緊急事態が起こった時である。

 

 1つ目の「アウトドア」シーンでは、例えばウォータースポーツ時に携帯したり、落下しても簡単には壊れない頑丈なボディによって、あらゆるタフな状況で使えるよう設計されている。アウトドアの自然とテクノロジーが集結した端末を利用した新しい楽しみ方を提案する。

 

 2つ目の「緊急事態」時では、アウトドアで登山をしていて遭難してしまった時に、GPSによって現在地の確認をして帰還をアシストしたり、通信によって助けを呼ぶこともできる。端末さえ生きていれば、本人が自主的に端末を操作しなくても、状況を察知した知人などの第三者が遭難者の場所を把握することもできる。

 

 このような状況下では、端末自体の耐久性が重要となるが、タフな場面で使うための様々な設計がされている。頑丈な耐衝撃性と強化液晶画面によってボディを守り、完全防水機能によってあらゆる天候や状況にも対応できる。画期的なのは充電機能がついていることである。想定されるシチュエーションでは充電が切れた時に電源が近くにない。そこで、自家発電機能と太陽光による充電機能を搭載している。これで非常時の時にも端末を立ち上げることができ、助けを呼ぶなどの行動が起せる。尚、バッテリーの持続は業界トップレベルである。

 

 上記2つの使い方は主に外出している時に想定されるが、インドアな使い方も想定されている。例えば、家で一人で留守番をさせている子供が心配な父母が、家庭内に設置したカメラで我が子を見守ることができる。対象はペットでもいい。遠隔地にいる対象の保全にも活用することできる。

 

 様々な状況を加味して設計されたデザインであるが、メーカー側がよかれと思って用意した機能が必ずしもユーザーに支持されるとは限らない。全ての機能を取り込めればベストであるが、コストパフォーマンスが悪くなったり、本体が物理的に大きくなってしまったりと、ハイエンドが必ずしもいいわけではない。ユーザーにとって必要のない機能は逆に邪魔になってしまうこともある。メーカー側とユーザー側の認識のギャップを埋めることがマーケティング戦略の重要な課題の一つとなるのである。そこで我々は製品コンセプトの選好テストを行うため、コンジョイント分析を行った。

 

 今回の分析では “GUARDIAN”のコンセプトのフィージビリティをチェックするため、製品の物理的、生理学的な属性と市場コミュニケーション上の訴求属性の2つに分けて調査を実施した。分析の目的として前述の2つのレベル別に製品属性間の重要度と、各属性内でのカテゴリーの効用の大小を推定することを目的とする。

 分析手続として、レベル別に製品属性の水準の組み合わせを直交計画にすることにより、呈示コンセプトの数を限定する。コンセプトの呈示手続きは被験者の方々に対し、マーケットレベルのコンセプトカードを呈示して選好順位づけを行う。次に製品のプロトタイプを呈示した上でブランドレベルのコンセプトカードについて選好順位をつけてもらう。

 

 東京20km圏内にて、30代の男女合計10人(男性:6人 女性:4人)対して調査を行ったところ「自家発電機能」「デザイン性」「カーナビゲーション」「液晶」「素材」の5つの属性が強く求められていることが判明した。仮説によって絞られた10属性の中で、これら5つの機能を付与したタブレットPCの製品開発を東芝に提案する。

 

 メーカーである東芝、コンサルタントである弊社が想定していたニーズとユーザー間の考えには若干の違いがあったものの、大方一致した。この分析結果に則って製品開発をすれば、最終的なモデルとして、コンセプトである「あなたを守るタブレット」の役割を果たすことができる。

 

 製品の開発コンセプトが明らかになったところで、最後に当製品のマーケティング戦略の概略を述べる。従来のタブレット型PCが販売されている場所と言えば家電量販店でのPCコーナーであったが、このタブレットPCは用途が多様なので、様々な場所で販売活動を行うことができる。例えばホームセンターやアウトドアショップなど、今までPCの販路としては考えられなかった場所で販売することができるのである。デモ機を各店舗に設置したり、貸し出しを行うことでユーザーに体験してもらう機会を設ける。宣伝方法としてはオーソドックスにTVCMを計画している。一般ユーザーへの販売を開始する前に、自衛隊、警察などの国家組織に試用してもらうことでGuardian特有のイメージを消費者に植え付ける方策も検討している。価格は他社のタブレットPCの平均的な水準で提供し、ひと味違う顧客層を狙う。今後の目標として、いち早くタブレットPCを通信機器としての役割だけではなく「身の保全」というイメージも作り上げたい。販売戦略が成功すれば、コンピューター業界といのは他社が簡単に模倣できてしまう弱点があるため、他社によって同じような製品が市場に出回る可能性もある。先行者利益を獲得しつつも、東芝=サバイバルタブレットというイメージを消費者に植え付け、ブランド構築に全力を注いでいく必要がある。

 

ファイナンスの講義にて、とあるケースを使って、自分が会社を経営するつもりで業績の分析を行った。
その時のメモとして下記に記録しておく。
※読者には何が何だかわからないと思うので「大学院のケーススタディでこんなことやる」
 っていう雰囲気だけ分かっていただければ幸いです。


1.配布ファイル「2010年度ファイナンス アルマゲドン」を用いて、自分が担当した会社の業績を分析せよ。

 資金調達の方法として、BS貸方の「負債」を増やすべきか「資本」を増やすべきかの選択肢を一期目から強いられた。資金調達を行わないという選択肢はか ねてから持っておらず、いかに有効な方法で資金調達を行い、設備投資(固定費削減、変動費削減、能力拡大)を行ってマーケットシェアで優位に立つかが課題 であった。

 資金調達の方法は「増資」若しくは「長期借入金」だが、ROEの業績を考慮し、「長期借入金」を選択した。財務レバレッジによって資本を節約するためで ある。驚いたのは、自社を含めた4社全てが同じ戦略、借入金限度額の300億円を調達したことである。私の戦略は、2期目以降も一貫して増資は行わず、業 績を上げ続け、株価最大化を狙うことである。営業利益を安定して毎期、計上することにより、長期借入金を新たに借りて資金調達し、設備投資を続けて他社を 引き離そうと考えていた。

 1期目は能力拡大に200億円投じ、2期目に27万台生産した。全社中首位の生産台数だったが、他社が価格値下げ、販売促進、新車投入などの攻勢を仕掛 けてきたため、在庫数も全社中首位となった。結果、大幅に短期借入を行うこととなり、シェアトップを目指すどころではなく、返済を第一に考えるという、保 守体制を取らざるを得なくなった。

 3期目のフェニックス計画(仮称)は、価格を大幅に引き下げる事であった。もはや設備投資に回す余裕資金はなく、積み上がった在庫処理と、価格値下げに よる売上向上を目指すしかなかった。幸いにも前期の営業利益が184億円あり、長期借入金借入上限額の300億円を調達することに成功した。ただちに当該 借入金を短期借入金に借り換えるという、自転車操業状態におちいった。しかし、思いきって価格を5%引き下げた割には売上は見込めなかった。価格戦略の 敵、加藤カンパニーが10%もの価格引下げを行ったためである。この戦略は、順調に成長していた他社の経営にも悪影響を与え、結果として業界の総売上規模 を縮小させる結果となった。

 4期目も基本的に3期目に行ったフェニックス計画をそのまま実行した。価格を引下げ、長期借入金を限度額まで借入れ、短期借入金の返済を行うというもの である。結果、最終的には短期借入金全額返済、頭痛の種だった在庫もゼロにすることができ、(多少は在庫を残すべきところだが)BSの体裁を整えることが できた。しかし度重なる価格競争により、PL上では始めての損失を出し、5社中3社が赤字という業界破壊を起こしてしまった。結論として大きく2つの反省 点が挙げられる。まず第一に、1期目からの戦略が甘く、他社の行動を予測できなかったこと。第二にその結果、追い詰められて価格値下競争を起こして業界を 破滅へ導いたこと。第1期目の戦略が失敗した結果、最終回の第4期までずっと後始末(在庫調整、借金返済)をするだけの結果となったことが一番悔やまれ る。業績分析として、長期借入金に依存しすぎず、増資も検討するべきであったこと、2期目から自社を過信し、大量生産、他社の販売戦略を考慮しないことに よる在庫超過におちいった点が経営者としての資質に欠ける点であった。

2.競争相手が価格競争を仕掛けてくるとき、どのような要素を考慮するべきか、指摘せよ。

価格戦略はどこの会社でも一番簡単な戦略である。しかし、留意すべきはこの戦略をとることによって、業界全体のパイを縮小させてしまうことである。マー ケットシェアを獲得するため、設備投資などによる企業努力を怠り、安易に価格値下げを実行すると、最終的には自らの首を絞める結果になる。

 どのような企業がこの「安易な戦略」をとってしまうかというと、相対的に業績が良い企業よりも、業績が麗しくない企業である。好業績企業は商品価値を保 ちつつ、設備投資によって商品付加価値創造に力を注いだり、固定費、変動費を下げてBEPを低くし、利益向上を目指す。反対に低業績企業はシェアも商品の 性能も芳しくない場合が多いため、一番安易な価格値下げに走る傾向がある。さらに留意すべきは、価格は一度下げたら再び上げることができない点である。株 価を上げるためには、その企業が利益を出し(つまり価値創造をし)続けることが大切であるが、価格値下げは自ら価値の低下を引き起こしてしまう。これが市 場全体に広がると経済がデフレ傾向となり、経済成長をも妨げる結果となってしまう。


3.その上で、どの様に対処(判断)するか説明せよ。

 対処の方法としては、ただ1つ。市場を守り、経済成長を続けていくためには価格値下戦略は行わないことである。そのためには市場において、他社に値下戦 略をさせない「空気」を作りだす必要がある。市場のプレイヤーである企業群は、新車投入や販売促進などによって他社と正々堂々対決し、目に見えない協定を 結ぶことによって、価格値下げ戦略を封印する。価格値下がもたらす結末は、講義内のゲームの結果でも明らかなように、業界を破滅させるだけである。しか し、私が経営者であれば悪知恵が働いてしまう。「目に見えない協定」を結んでいる間、コツコツと設備投資に資金を投じ、BEPを極限まで下げて営業レバ レッジを効かす。これによって値下げをしても持ちこたえる体力を温存しておき、市場が停滞した瞬間、値下げ抗戦を開始する。科学的管理に裏付けられた生産 性により、他社の追随を許さず、売上規模のパイは縮小しても、結果競争に勝つことができると考えるからである。このような戦略による値下げの他に考えられ るシチュエーションとしては、経済がデフレ状態に陥っている場合である。値段を下げなければものが売れない場合、市場の価値を保つためのコスト(価格を下 げないために生じる販売機会損失)が裏目に出てしまう。この場合は、「目に見えない協定」は撤回され、各社が値下げ競争を繰り広げる可能性が高い。この場 合の対処については、私には対処の方法が思い当たらない。この値下げ競争が起こることを予め予知し、効率的な投資を行っている企業が勝つことは間違いない だろう。BEPを下げる究極の方法は、グローバリゼーションだと考える。生産コストは日本より中国、さらに発展途上国の方が安い。価格値下げ競争が起こっ た際の最終的な戦略は、グローバル化に対する準備と、ITテクノロジーを極限まで活用した通信及び科学的管理法だと考えている。