前略

5月7日毎日新聞第1面「神への挑戦~人知の向かう先は」第2部生命科学から📰


ケニアで保護されているキタシロサイは世界で最も絶滅の危機に瀕した動物で、残っているのは母と娘の2頭だけ。もはや自然には繁殖出来ない。1960年代にはアフリカを中心部に2000頭以上生息していたが、漢方薬の材料や装飾品として角が高値で取引され、密猟や環境破壊で激減。国際自然保護連合のレッドリストで「野生絶滅」とされている。


絶滅から救うため国際プロジェクト「バイオレスキュー」が進む。


まだ生殖機能がある娘から採取した卵子と、すでに死んだ雄の個体の凍結した精子や体細胞を使い、人工的に繁殖させる試みだ。ただし、仮に子供が生まれても、同じ遺伝子同士の「近親交配」を繰り返すことになる。遺伝的多様性は失われたままで長くは子孫を残せない。


そこで考えられているのが「同性生殖」だ。キタシロサイの雄の体細胞は5頭分が保存されている。もし雄同士のペアから子供が出来れば、遺伝的に多様な子孫が出来る可能性がある。そんことが可能なのか。カギを握るのがこのプロジェクトに参画している大阪大学生殖遺伝学・林克彦教授の研究である。


マウスを使った実験で雄同士から実際に子供を作ることに世界で初めて成功し、2023年3月英科学誌ネイチャーに発表した。雄のiPS細胞から卵子を作り、別の雄の精子と受精させ、雌のマウスの子宮に入れた。


雄のiPS細胞には性染色体のXとYがペアで入っている。ところが、1週間ほど培養しているとY染色体だけが欠けた細胞1〜5%の割合で現れる。「通常、体内での細胞分裂ではこうした現象はほとんど起きない」ところがiPS細胞は不安定で、この不具合が起きやすいという。この細胞を分裂させるとほとんどの場合、細胞にX染色体が1本ずつ分配される。しかしわずかな確率で、X染色体が2本とも同じ細胞に入り込む。これでX染色体が2本ある雌の細胞に「性転換」し、雌雄の壁を乗り越えるのだ。


林教授は、この確率を高くする化合物も見つけた。「これが起こるびは性染色体だけで、他の染色体は均等に分配されることも確認した」現にこの手法で生まれたマウスに異常はなく、生殖能力もあった。


林教授は22年にキタシロサイのiPS細胞から、卵子や精子の元となる細胞を作り出すことに成功している。マウスと同様キタシロサイの雄同士の受精卵を作り、キタシロサイの亜種で生息頭数の多いミナミシロサイを代理母にして子供を産ませることを見据えている。しかし、林教授によるとキタシロサイのIPS細胞はマウスに比べ安定性が高く、Y染色体が欠落しずらい課題もある。まだ研究は3合目だと。


ヒトでも「男性の卵子」が出来るのだろうか。そのためには、まずヒトのiPS細胞から卵子自体を作れるかが焦点だ。京都大学の発生生物学の斎藤通紀教授によるとヒトの卵子は①始原生殖細胞②卵原細胞③未成熟な卵胞④卵子という4段階で成熟する。現状では第2段階の卵原細胞のような細胞を作れている状況だが、その後のステップがまだ確立されていない。「ヒトの体内では卵子の成熟に半年もかかる。それを再現するのが難しい」と話すが、研究は着実に進展している。


マウスと同じようにヒトの細胞で「性転換」が出来れば、男性同士のカップルから子供が生まれる技術は揃う。ただし現状ではiPS細胞由来の卵子や精子を受精させることは禁じられている。

女性同士のカップルについてはどうか、というと、人工的にiPS細胞から精子を作ることは卵子よりも難しいという。横浜市立大生殖医学の小川毅彦教授によると、精子は体内で、細長い円筒状の精管を通過しながら作れれており、この過程を試験管内で再現することが難しく、21年でマウスで成功するのに四半世紀もかかった。今はサルでの実験日取り組んでいるが一筋縄ではいかない。ヒトで成功するにはさらに10年必要」


女性のiPS細胞を男性へ変化させる難しさは、Y染色体は男性しか持たないため外から持ってくる必要があっるからで、第三者の介在が必要になり純粋に女性の卵子とは言えないかもしれない。


iPS細胞のDNAには思わぬ変異が多いことも、ヒトでの応用を難しくする。斎藤教授は「卵子や精子にすると、発症に異常が出たり、変異が次世代に引き継がれたりするリスクがある。安全性が確保出来ない限り、生殖に直接使うのは現実的ではない」「絶滅の回避という究極的な状況でない限り進められない。男性同士の子供を許容する社会的な議論も必要である」


その倫理的・法的・社会的課題の抽出と対応策を市民とともに考えるプロジェクトなども進行していて、研究者と市民が話し合う場も出来てきた。基礎研究や応用を止めることが倫理でなく、市民が関心を持って考えることこそが倫理である、と大阪大医学倫理の加藤和人教授は強調する。


進化とは何か、を考えさせる問題でもありますね。

そうそう