「多文化共生」は、全国の自治体、地方が先行していた?「多文化共生」を、年代の推移とともに、 国の動き、清瀬国際交流会の動きから改めて考えてみると・・・・。 さて、いかがですか? 意外にも(?)、日本語教室などは、地方自治体関係が、 外国人への対応として、国より実情に即して先行していた。 2000年代の初め、 国が、日本での外国人対応として「多文化共生」を掲げ、 本格的に自治体に働きかけを始めて行った。 「多文化共生」は、国際関係の団体(「清瀬国際交流会」など 名称は異なりながら)の、今や、ベースになっている。