どうも我が輩です。
'07年2月3日イベント当日、JR児島駅から電車に乗り、宇多津へ向かった。
その時のワクワクした気持ちは、今もよく覚えている。
『井内さんって、どんな人柄なんだろう』 とか 『やっぱりアントニオ猪木に
似てるのかな?』等と考えている内に、電車はJR宇多津駅に到着した。
宇多津駅からイベント会場のユープラザ宇多津までは、徒歩で数分間の
距離だったので、宇多津の地理に明るくない我が輩でも容易に会場へ
辿り着けた。
イベント会場の入口で、センコー産業の女性社員が受付けをされていたが、
さわやかな笑顔と言葉数は多くないものの丁寧な応対が印象的であった。
大手住宅メーカーのイベント会場や展示場で、嫌味なぐらいの作り笑顔と
しつこい応対で、うんざりさせられた経験が何度もあったので、センコー産業
社員のレベルの高さに感心する我が輩であった。
会場に入ると、建築家毎にブースが区分けされ、それぞれの建築家が設計
された建物の写真が掲示されていた。
折角の機会なので、それぞれの建物の写真を拝見させて頂いた。
熱心にご説明して頂いた建築家もおられ、カッコイイ建物もいくつかあった
が、我が輩がググッと引き込まれる様な建物は残念ながらなかった。
我が輩の崇拝する井内清志ブースは、会場の一番奥に設置されていた。
恐る恐る足を進め、ブースを覗き込むと…。
だ、誰もいない…。 何で? 昼食? 午後3時に? えーっ!?
ブースの外れに一人の男性がおられたが、井内氏には全く似ていないし、
眼つきの鋭さからして、きっとどこかの恐い団体に所属している方だろうと
思い、目を合わせない様に逃げる様にその場を離れた。
絡まれなくて、良かった。ホッ。
井内さんは、他の建築家とお話をされているのかもと思い、もう一度入口
付近から各ブースを見て廻ることにした。
入口付近は、おられず。
No.1ブースも、おられず。
No.2ブースも、おられず…。
各ブースの建築家の方に、苦笑いを振りまきながら、通り過ぎ(辛い)…。
さて、最終ブースは、やっぱりおられない…。
どこにいるんですか、井内さん!
最終ブースで肩をガックリと落としている我が輩がかなり哀れに見えた
のか、センコー産業の方が声を掛けて下さった。
クライアントパートナーの藤澤さんであった。
藤澤さんは、細身で背が高く、清潔感溢れる雰囲気に包まれていた。
センコー産業の社員は、容姿もすばらしいと感心していたら、藤澤さんが
井内さん設計の建物についていろいろご説明下さった。
我が輩が井内氏に会いたいがために、このイベントを訪れたことをお伝え
すると、『井内先生は都合が付かず、このイベントに来られていませんが、
設計事務所の方が来ていますので、紹介します』とおっしゃって下さった。
『どこにおられたんだろう、全く気付かなかった』と思っていたら、藤澤さんが
さっきの鋭い眼つきの男性の方へ歩いていかれるので、『えーっ、まさか?』
と思ったら図星だった。
井内氏の設計事務所って、ひょっとして恐い顔付きの集団?と恐れつつ、
挨拶を交わした。
それが、アトリエSORA 一級建築士の中野氏との初めての出会いであった。
(この写真は男前過ぎるぞ、中野ちん!)
恐る恐る中野氏に我が輩が使える最上級の丁寧語で、井内氏設計の建物
に対する感想とAROSの魅力をお伝えしたところ、Life-Labへ一緒に行って
くれるとのこと。眼つきは恐かったが、なかなか優しい人ではないか。
もう少ししたら、センコーホーム岡山の方が来て下さるとのことだったので、
その方と合流してLife-Labへおじゃますることになった。
待つこと十数分、センコーホーム岡山の方が来られた。
クライアントパートナーの谷さんであった。
小柄ながら、かなりのスゴ腕なんだろうなぁと感じさせるオーラがあった。
別名;グレイトネゴシエター谷 m(_ _)m
挨拶もそこそこに、谷さんの車でLife-Labへ移動する我が輩たちであった。
この続きはまた今度。 See Yaっ 