未だに… | コーチのブログ

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教育に対する熱い想いを発信中! 毎日更新!Koshin Educeの講師はコーチとして子どもたちに接しています。

 こんにちは、国分校のニュータイプ、「ヤマ」です。〆切をすっかり忘れており慌ててこのブログを書いております。私の特技の一つに「忘れる」というのがあります。ご容赦下さい。

 さて、今回は少しシビアな話を。


 皆さんは「四十九日」というものを聞いたことがあると思います。この言葉は仏教用語であり、なぜ「四十九」という数字なのかはいろいろな諸説があると聞いています。私が以前聞いたのは、人は悲しいことがあると大体7日の周期で安定する。その周期を7回繰り返すことで人はその悲しみを受け入れることができるのだ、というものでした。「人はそういうものなんだな」とぼんやり考えていたのを覚えています。

 話は突然変わりますが私は無神論者です。つまりこの世の中には神様はいない、悪いことが怒ると自分(または他人)の所為だと思うし、良い事が起こると「さすが俺様(←ここに注目!)」と思う、ある意味非常に我侭で自分大好きな人間です。結局何が言いたいのかというとその「四十九日」という言葉は仏様が教えてくれたありがたい言葉なんでしょうが、私には通用しなかったということです。

 先週、仕事が忙しいなか上司に無理を言って休みを貰い、母と二人で父の墓参りに行きました。父の墓は国分からはかなり離れており、車で結構長い時間運転し、道中母から生前の父の話を聞いていました。当然私が知らない話が母の口から出るんですがそうするとやっぱり悲しくなって涙が出てくるんですよね。もう父が死んで半年経っています。四十九日どころか百八十日過ぎているのにやっぱり自分には受け入れられません。ということで私には仏様のありがたい言葉も受け入れられなかったのです。

 そう考えるとありきたりなんですが、もっと話をしておけば良かった、という後悔がでてきます。ただ話をするといってもいい加減に話すのでは意味がありません。やはり相手の話を良く聴き、誠意を持って相手に言葉を伝える、まさに今我々がコーチングとして実践していることです。父と話す、果たしてこれがコーチングになるのかどうかは別として、私ももっと父から色々な話を聞きたかったです。皆さんも皆さんの周囲には大切な人がいると思います。その人とちゃんと話をしているでしょうか?