明治時代になる時の話ですが、睦仁親王が明治天皇になる際
に別の人間にすり替えられたという説があるのです。
実はそういう説が出て来ても、不思議はない点があります。
睦仁親王と明治天皇のキャラクターが、違い過ぎることです。
睦仁親王は天然痘を患っていて、顔面に天然痘特有の後遺症
があったそうですが、明治天皇の顔にはまったくありません
でした。
睦仁親王は虚弱体質で運動も苦手だったそうですが、明治天
皇は側近を相撲で投げ飛ばすほどに丈夫で運動神経も良かっ
たということです。
さらに睦仁親王には「字が下手」「政務に無関心」「乗馬の
記録がない」というエピソードがありましたが、明治天皇は
字が上手で政務に関心があり、乗馬も上手かったということ
なのです。
これだけの、大きな違い。しかも年月をかけて変わって行っ
たというのならまだ納得が行きますが、即位した瞬間に変わ
ったというのですから、疑問は大いに生じます。
当時の人々はこの噂を耳にして、確かめようとしたそうです。
しかし明治に入ると皇室のプライバシーやスキャンダルは公
言が絶対的にタブーとなり、天皇が人前に出ることがなくな
りました。なので追求はかわされたのです。
では明治天皇が睦仁親王でないとしたら、誰だったのでしょ
うか?それは南朝の末裔の、大室寅之助だったというのです。
つまり南北朝動乱で敗れた南朝側、つまり後醍醐天皇らの末
裔だという説です。その辺の真偽は、今となってはわかりま
せん。