「芥川」という苗字でまず思い浮かぶのは、芥川龍之介でし
ょう。しかしそれよりはるかに古く、「芥川氏」という忍者
が、活躍しておりました。
忍者の芥川氏は元々は、「甲賀者」です。ただ1672(寛
文12)年に、美濃国加納藩主の松平光永に芥川九郎左衛門
義道が召し抱えられたことから、芥川家の運命が変わります。
光永が松本藩に移って戸田(松平)家4代藩主になった後も、
義道は戸田家に仕えます。そして義道は、「松本藩芥川家」
の初代当主になるのでした。
芥川氏の特徴は、明確に「忍術を駆使した」と伝えられてい
ることです。4代・義矩(よしのり)は、手を触れることな
く囲炉裏の火を点けたとされています。
芥川家は松本藩に忍術を教え、7代目の九郎兵衛は風の如く
速く走ったそうで、松本・江戸間を5日間で往復したという
記録も残っているそうです。
そしてこの芥川家で特筆すべきなのは、幕末から明治にかけ
ても活躍を続けているところです。開港した箱館の状況見聞
や、生麦事件後の品川から横浜の状況探索、桜田門外の変の
後に水戸城下に見聞に行くなど、重要な仕事を任せられてい
るのです。
伝えられる「忍術」がどこまで事実かはわかりませんが、か
なり特殊な力を持っていたことは、確かかもしれません。