黒船で来航したペリーは、カツラをかぶることで自分を立派
に見せていました。これもハッタリの1つと言えないことも
ないですが、彼はもっと凄まじいハッタリを江戸幕府に対し
て連発しています。
「友好的な意図で訪れたことの証拠として、わずか4隻の小
型艦艇のみを率いて来たのですが、必要とあれば来春にはよ
り大規模な艦隊を率いて江戸へ戻って来るつもりであります」
というのは、ペリーが将軍に渡した書簡の一部の内容です。
はっきり言って、脅しですね。小型船4隻で来たけれど、も
っと大きな船をいくつも率いて来る準備がある。ということ
ですが、交渉内容を優位に進めるための圧力です。
しかしこれが完全なハッタリでして、ペリーが率いて来た船
はいずれも小型船などではなく、当時アメリカが用意出来る
最大級の大型船だったそうです。
また2回目の来航でペリーは10隻の輸送船を率いて来まし
たが、「条約が上手く行かなかったら100隻用意すること
になる」と脅し、さらには、戦争の準備にも入れるともほの
めかしたそうです。
しかし実際にペリーに用意出来る艦艇の数は、この程度が限
界で、アメリカ自体の戦力もその程度だったということです。
またペリーは大統領から、戦闘開始を判断する権限は与えら
れておらず、アメリカ自体も日本に対して「戦争」までも仕
掛けるともりは全くなかったそうです。幕府は完全にペリー
のハッタリを信じて屈してしまったわけですね。