江戸時代に空を飛ぶことに取りつかれた男の惜しい功績 | 山科薫マニアックな世界を楽しみましょう

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江戸時代中期に人生を送った浮田幸吉という男、恐らく知る

人ぞ知るといったところでしょう。

 

彼は、空を飛ぶことに取りつかれた人、そしてもしかしたら、

実際に飛んだと言えるのかもしれない人物です。

 

傘屋と表具屋の両方で働き、そこで覚えた技術を利用して彼

は、竹と紙を使って2枚の翼を作り上げました。1カ月余りか

けたその翼は、2メートル近くあったそうです。

 

それを背負って2階から飛び降り、翼を振り続けたのですが、

20メートルほどで落下。足を怪我したそうです。まあ20メー

トルでもよく飛べた方だと思いますが、空を飛んだとは言えな

いということで、本人は不満でした。

 

彼はその後、飛ぶ鳥を捕まえて、翼の構造だけでなく、解剖

して内臓の構造まで調べるといったところまでのめり込み、

1785(天明5)年、29歳になったところでその成果を試すこ

とになったのです。

 

彼の住む岡山の旭川にかかる京橋にやって来た浮田幸吉は、

翼につけた輪に両腕を通し、欄干から河原目掛けて飛び降り

ました。

 

ただその河原はとても賑やかで、屋台が並び、多くの納涼客

でごった返していたのです。その人たちは幸吉の挑戦のこと

など知らず、空を見て大騒ぎします。

 

巨大な鳥かと思ったら人間のようで、「天狗かあ!」と口々に

叫ぶ人が出ています。ただ最初は見事な飛行で、皆見入った

そうです。しかし人だかりを避けようとした幸吉ですが、方向転

換が上手く行かず、群衆の真っただ中に転落してしまったとい

うことです。

 

結局浮田幸吉は、世間を騒がせただけでなく一歩間違えば大

惨事を招いたかもしれないということで、「所払い」を命じられて

しまったそうです。

 

この挑戦を予告していたらもっと違っていたかもしれません。ま

あそれでも、彼の試みに興味を持った人が多かったから、彼の

名は一部で根強く語り継がれているわけです。