『源氏物語』の中に、次のような一節があります。
「このごろの御気色を見立てまつる上人、女房などはかたい
たしと聞きにけり」
意味としては、このごろの帝の様子を拝見している殿上人や
女房などは、「かたはらいたし」と聞いていた、というところで
あります。
この「かたはらいたし」ですが、ちょっと今とは違う意味で使わ
れています。
元々はこの言葉、「傍ら痛し」と書いたのです意味としては、
「傍らで見ているとハラハラする」なのでした。そうなると、私
などは、中日ドラゴンズのせいでどれだけ「傍ら痛い」思いを
させられたか。
それは置いといて、昔は「傍ら」を「かたはら」と書きましたつ
まり、「わ」が「は」だったのです。従って、やがて「傍ら痛し」
が「片腹痛し」に変わってしまいました。
意味も、「見ていて腹が痛いほど面白い」、つまり思い切り笑
えるという意味に、変わっていったのです。そして現在に、至
っています。
平安時代とその後の文化の違いが、表れていると思います。
平安時代の貴族は、笑うことをあまりしませんでした。色々憂
いを帯びて心配事をすることが人間らしい、上品、などと考え
る傾向があったようです。
だから、平均30代後半で、早死にする人が多かったのでしょ
う。そんな中で、清少納言はよく笑ったそうです。だから、当時
としては異例の、80歳近くまで生きたのだと思います。
余談ですが、本日私は久々にハードな二日酔いです。ソフトな
二日酔いはよくありますが、ハードは久しぶりです。もう笑うし
かない1日を過ごすつもりです。