江戸時代は、昨日紹介したポルノ小説のみならず、数々の戯作や学術書、
『養生訓』のような健康指南書がベストセラーになったり、女性がビジネス
ハウツー本を買い漁るなど、出版文化が花盛りだったといって良いと思わ
れます。
しかしその本の形態は、旧態依然とした木版でした。この理由を、現代風
の活版印刷が文明開化で初めて我が国に伝わったためこの頃はまだなか
ったため、と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、実は違います。
活版印刷は、安土桃山時代にすでに、日本に伝わっていました。1590年、
イエズス会の宣教師バリニャー二に率いられてポルトガルに渡った天正
少年使節団(1590年は天正17年)が、活版印刷機を持ち帰っているので
す。
これを使って、日本語の文をローマ字で書いた『サントス御作業の内抜書』
を皮切りに何冊もの本が印刷されています。アルファベットの他、漢字やひ
らがな、片仮名の銅活字もつくられました。
それが、何故江戸時代にはすたれてしまったのか? 言われている大きな
理由は「金属で活字を鋳造するのに特別な費用と技術がかかる上、再販の
時は活字を拾い直さなければならないため、出版部数が少ないと採算が取
れない」とのこと。
確かに、それも大きな理由ではあったでしょう。テレビもラジオもないため、
宣伝媒体に乏しく、ファンやマニアの口コミがすべて。それも、今のような
ネット媒体など遠い話。となると、短期間に一気にベストセラーが生まれる
可能性は少なく、そうなると、少ない部数で発行してから再販を繰り返すや
り方で行くのが妥当というところでしょう。
しかしそれとは別に、作家や業者に儲けようという欲が少なく、また社会全体
がアナログ体質だったことが大きいのではないでしょうか。だから、読者側も
あまり紙やつくりの精度、高級感のようなものに関心がなかった。むしろ木版
の親近感に生の暖かみを感じていたことが、大きいような気がします。
作家の存在の身近さが、良かったのかもしれません。