反骨の白拍子・静御前の意地とパフォーマンス(前篇) | 山科薫マニアックな世界を楽しみましょう

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先の14日と15日に、源義経について続けて触れました。そうなると、義経

と縁の深い静御前についても、扱わないわけにはいきません。


静御前は、元々トップ白拍子です。白拍子というのは、舞を踊り、歌も歌う、

いわば芸能界のスターで尚且つ巫女という霊能者でもある、いわばスーパ

ーウーマンなのです。時に体を売るのは、男性に元々備わっていない陰の

因子を与えるためでした。


静御前は、その白拍子の中でも、またトップに君臨していたわけですから、

実は源義経なんかよりはるかにスターだったのです。しかも、母親の磯禅

師も同じく白拍子ですから、生粋のスターというところですか。


ただ、この静御前、舞のいでたちと芸風が、当時としては変わっておりまし

た。白い水干、金色の立烏帽子がトレードマークだったようです。これはい

ずれも、男性の装束でした。つまり、男装の麗人がウリだったのです。従っ

て、踊りも、優美というより颯爽という表現が似合う感じだったと思われます。


宝塚男役の元祖。静御前は、そう言えると思います。いわば、白拍子及び

日本の芸能に対して革命を試みた。そんなところでしょう。


彼女自身のキャラクターも、冷静クールが特徴。静御前という呼び名も、そ

の冷静さから来ているといわれます。


義経と結ばれてからも、その冷静さは発揮されました。或る日、義経の兄・

頼朝が土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)という男を義経のもとへ送ります。

義経は怪しんだものの、その男が起請文(きしょうもん)まで持っていたので、

面会し、和やかに談笑しました。しかしそれを見ていた静御前は、


「あの男は、しきりに屋敷の方を観察しておりました。そもそも、危険な”気”

のようなものを感じます。恐らく、攻めてくるでしょう。あの息遣いからして、

今夜あたりの来襲かもしれません。絶対、刀と兜をつけて下さい」


きつく言って、無理やり義経に鎧を着けさせたのです。


実際、その夜、攻めて来ました。義経は土佐坊の一軍を退けましたが、終わ

ってみると、義経の鎧には矢が刺さっていました。静御前の助言が、義経を

救ったのです。


頼朝は、元々静御前の能力を評価、警戒していました。そこへ、この一件で

す。更に警戒を強めました。そこで彼が取ったのは、義経と静御前を引き離

す作戦でした。


ということで、義経の話が2話に及んでしまったわけですから、更に大物であ

るこの女性の話も1話で終わるのは無理でした。明日、彼女がとったパフォー

マンスについても触れようと思います。